27話『攻略!バンドマンとのドキドキデート!③』

メタホエール号内部、カラオケバー『グッドペインナイト』(本当はアルファベットらしき横文字で書かれていたがその詳細なスペルは割愛)。

 調べた限りでは魔王軍内部の店で、最も凪音さんの趣味に合っていそうな店だった。


「それにしても蜂の毒で全然死なないのに何で酔えるんだろう・・・・・・胃袋に入れるのと血に直で注入するのは違うとか?」


 店の前でぶつぶつと疑問を呟いている、歌って踊れるオシャレで可愛い少女は、何を隠そうこの私だった。

 しかも今日はドレスバージョン。先の誘拐で得たボーナスをはたいて買った、オフショルダーのカクテルドレスである。色は緑色、素材は絹。

 メイクはばっちり。髪もちゃんと整えた。

 凪音さんをエスコートするには完璧な準備だ。


「毒を調整・・・・・・? 脳が無意識に――意識的にできない理由は――?」

「待たせた」

 凪音さんの服装はサスペンダーやハーネスをゴテゴテに付けた拘束具にも似た服だった。ブラックでとげとげで、最高にクールで格好いい。


「こんばんは凪音さん。待っていませんでしたよ。それにしても似合ってますねー。凪音さんはやっぱりそういう服が一番似合います」

「おまえが私のなにを知ってんだ? ついこの間まで会話もしたことなかっただろ――ほら入るぞ」

 凪音さんはこなれているようで、さっさと店の中に入ってしまった。私もそれに続く。



 足を踏み入れたらそこには別世界が広がっていた。

 妖しい照明に、流れる音楽に乗って歌っている男。その曲を聴き盛り上がっている他の客。

 幻想的で蠱惑的な、私の知らない世界だった。


「カウンター席にどうぞ」

 初老のバーテンダーらしき男性が私たちを席まで案内してくれる。


「ご注文はございますか?」

「私はマルガリータ。お前は?」

「シンデレラで。後バーテンダーさん。なんかお進めのおつまみありません?」

「ポテトサラダなどはいかがでしょう。ブルーチーズを混ぜているので、好き嫌いが分かれはしますが・・・・・・」

「私はそれで。凪音さんはどうします?」

「タコキムチで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 バーテンダーは注文を聞き終えると、すぐに酒を作り始めた。


「・・・・・・酒、飲まねえのな」

 そう、シンデレラはノンアルコールカクテルだ。一応これだけはちゃんと調べている。というか、これ以外調べてきていないので飲めない。


「ちょっとお酒にいい思い出がなくて――5歳の時に日本酒飲んで死にかけたんですよ」

 昔、父に盃で飲まされたことがある。

 そしてそのあとアルコール中毒になって死にかけた。

 そうじゃなくても酒に飲まれていた母を何年も見てきたし、あまりいい思い出がない。


「じゃあなんでここを選んだ? もっと別の場所選べばいいだろ」

「? 凪音さんの好みだと思ったからですよ?」

 デートをするなら誤魔化せる程度の苦手意識など無視して、相手にとって最良の選択を選んだ方が良い。そう判断しただけである。

 しかし私の言葉の何が気に食わなかったのか、凪音さんはなぜかそっぽを向いてしまった。


「別にそんな好みでもねえし。ばーか」

「あらら。それはすいません。まあでもせっかくだし楽しみましょう」

「お待たせいたしました。こちらがマルガリータ、こちらがシンデレラでございます」

 噂をしていれば、カクテルが来たようだ。涼しげな黄色のカクテルと、濃霧のような白色のカクテルが並ぶ。

 続いてバーテンダーのおじさんは二つの小皿を取り出した。


「こちらがポテトサラダ、こちらがタコキムチでございます。ごゆっくり」

 私はグラスを持ち上げる。一拍おいて、凪音さんもグラスを持ち上げた。


「それでは・・・・・・この素晴らしい夜と、私達。そして最後まで戦い続けて、生き続けた煙託さんに、乾杯」

「・・・乾杯」

 私はまずカクテルの匂いを嗅ぐ。なるほど、全然わからない。美味しそうな果実の匂いではあるが。


 次に口に含む。清涼な果実の風味が口いっぱいに広がる。酸味と甘みがここ数日間、溜まり続けていた緊張感とストレスを和らげてくれた気がした。

 次にポテトサラダを口に運ぶ。チーズの癖を、井本マヨネーズが和らげてくれ、とても食べやすい。


「いやー、バーっていうのは良いもんですね。美味しいカクテルとおつまみが最高ですよ」

「あんまバーにドリンク以外を期待すんじゃねーぞ。ここはつまみもうまいけど、他の所はナッツだけみたいなのも珍しくないし」

「やっぱお酒好きなのもあって詳しいですね」

「一終にいが教えてくれたんだよ」

 少し、微妙な間が開いた。


「煙託さんがですか・・・・・・あの人お酒好きだったんですか?」

「下戸だったけどな」

 凪音さんはクククと噛み殺したように笑った。


「私が殺せるのはどうでもいい奴ばっかだし、私が守れるのもどうでもいい奴ばっか。嫌いな奴は殺せないし、好きな人は守れない。清美も、麗梨も、新華も、一終にいすら、私は守れなかった」

「煙託さん以外の三人って・・・・・・」

「バンド仲間で、親友。死んじゃったけど」


 凪音さんはいつの間にか頼んでいた新しいブルーマリン色のカクテルを飲みながらポツリポツリと語り始めた。






「まあ、控えめに言っても最高のチームだったよ。私ら『マッドベリー』は。


「特に文化祭のライブあれは傑作だった。

「あの時以上の盛り上がりはきっと二度とねえって断言できるぐらい、傑作だった。


「高校最後のライブはもっと最高になる予定だったんだけどな。

「あの日、私を残して3人とも死んだ。


「清美と新華は崩落した岩の下敷きになって死んだ。ムードメーカーでいつも明るかった新華は恐怖で声も出せて居なかったし、いつも冷静で頼りになった清美は、いつにもなく取り乱して、今置かれている状況を飲み込むことすらできていなかった。


「私は、痛みと絶望で動けなくなってたよ。

「まだカタギだった私は、親友の血を被る経験も、それ単体の目ん玉も見たことなかったからな。


「そんな私を麗梨は見捨てず、おぶってくれた。

「そんなことをしなければ麗梨は死ななかったのに。

「先に逃げてしまったファンとは別方向に麗梨はいった。いつもは抜けていたけれど、勘とここ一番の閃きは一番鋭かった麗梨は、逃げるべき場所をわかっていたのかもしれない。


「もしくは――ううん。さすがにそんなことは考えていないと信じたい。

「結論から言って麗梨は死んだ。

「藍銅仁とか言うやつが出した刃に巻き込まれて死んだ。

「麗梨は膝より下を厚切りハムみたいに切られてた。


「それでも、麗梨は最後の力を振り絞って、私を刃の射程外に投げ飛ばしてくれたから。

「偶然生き残ったとかいうやつもいるけど私が生き残った理由は、麗梨が私を背負っていて、下からの攻撃を避けれたからであり、麗梨が私に刃が届く前に投げ飛ばしてくれたから。

「偶然でも何でもねえただの必然だ。


「そのあとは単純。腕の力で這ってマンホールに入って、ことが終わるまで恥もなく隠れていただけだよ。

「死んでればよかった。あの時。


「私一人じゃ何にもできない。


「作曲も作詞もスケジュール管理も編集も機材管理もできない。一人だけの私なんて何の価値もねえ。

「他の奴とバンドをするには、あの三人は最高すぎた。


「私は天国には行くわけにいかない。あのときに死ねず、のうのうと生き残ったから。合わせる顔がない。


「私は死んだ後、みんなに合わないために罪を重ねている。重奏みたいに、色々な罪を」

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