第32話 監獄

 そこでは色々な人が捕えられていた。大半の人が一つの大きな牢屋に押し込まれるように閉じ込められ、そんな牢屋が壁沿いに大量に並んでいる。見たところ、個人用の牢屋は数が少ない。

 妙な設計だ。普通なら、囚人同士の脱獄の計画立てを妨害するため、囚人間のコミュニケーションは取りづらいようにするだろう。少年院や刑務所も、そういった理由で牢屋が分けられているのだと思っていた。

「囚人を同じ場所に押し込んで大丈夫なのか?」

「ああ、脱獄の心配か? それは地下に作ることで対策してるが……正直、コストと数の問題だな。捕まえとかなきゃならんやつが多すぎて、個室の牢屋だけにすると囚人が溢れちまう」

「なんでそんなに捕まえてるんだ?」

「大半のやつが俺らのシマで殺しや暴力沙汰をやったやつらでな。それも、よそ者だ。イカれたやつしかいねぇから処理に困ってんだよ」

「へぇー……」

「ま、ここに用はねぇ、奥に行くぞ」

 篠原の後ろを着いて行くが、囚人の大半が篠原に向けて恐れの表情を向けている。一体彼らにどんなことをしたのかと俺まで怖くなる。

 俺に向けられる目はと言うと嘲笑の視線であり、中には大口を開けて爆笑している者までいる。

「たいそうな装備だなァ! 誰と喧嘩するためなんだ? おい、喋ってくれよォ!」

「俺たちを怖がってつけてきたのか? ビビりちゃん? ここはお前が来ていい場所じゃねぇぞ!!!」

 なんでこいつらは初めて会った俺を威嚇しているのだろう。訳が分からない。

 檻をガシャガシャ鳴らして大きい音を出し、こちらをビビらせようとしているのが見て取れる。

 おそらくここにいるのは、こういった連中ばかりなのだろう。処理に困るのも納得がいった。これでは、外に出してもトラブルを起こすだけだ。

「……チッ」

 篠原が舌打ちをした。直後、何かを取り出したかと思うと、牢屋で手前の方にいた男の足首が血の花を咲かせた。

「あああぁぁッ!」

「六号室、お前ら二十人は全員処分だ」

「は!? なんで俺らまで!」

「俺らには関係ねぇ!」

 篠原の手には拳銃が握られていた。銃口からは煙が出ている。音が全く出なかったが、おそらく発砲したのだろう。

 それよりも、篠原の目が、今まで見たことのない様相を呈している。

 さきほどまで、静香の苦労話が爆発していた彼はそこにはいない。今の篠原は、俺の想像していたヤクザそのものだった。

「なら、お前ら全員での多数決で、一番票が集まった奴だけ助けてやる。ここは民主主義国家だからな……ああ、多数決の前に死んだ奴は無効票だ、当然な」

 篠原はそれだけ言って監獄の奥への歩みを再開した。

 囚人たちはと言うと、最初は彼の言葉の意味を測りかねていたが、理解した者から順に、別の囚人へ殴りかかっていた。

 これは……つまりそういうことだろう。

「ふぅ────これで牢屋が空いたな」

「最低の民主主義だ……」

「やつらにはお似合いだろ?」

 一見酷いことをしているようにも見える。しかし、篠原はここには「殺しや暴力沙汰を起こした連中を閉じ込めている」と言っていた。それに、今まで篠原と接してきて、人の命を軽く扱うような奴ではないことは分かっている。

 まぁそれでも怖い物は怖い。俺は篠原の後ろを、三歩ほど下がって歩いていた。


 しばらく歩くと、一人用の牢屋が並んでいる区画まで来ていた。

 ただ、そこに収容されている人は少なく、五つのうち一つだけ人が収容されているような具合だった。

「ここは同じく、俺らのシマで馬鹿をやった連中を閉じ込めてるが、詐欺だの盗みだの万引きだのをやったやつらを閉じ込めてる。まぁ、こいつらはいつか外に出すつもりだが……」

 その区画の、最も奥の牢屋までたどり着いた。なぜかその牢屋だけ他の牢屋と離されて設置されており、檻も格子状になっていて厳重さが強調されている。

 それでも中の様子は確認することができる。見ると、同い年位の女が格子状の檻をガジガジと噛んでいた。

「……はぁ」

「えぇ……」

「……(ガジガジ)」

 当然だが、檻は金属製だ。スナック菓子や砂糖の塊でできているわけではない。

 さらには、檻を噛むのに必死で俺たちが来たことに気付いていない。こんな間抜けなことがあるだろうか……まぁ、ドローンのランプがついていたことを考えると、あまり頭のいいやつではないのかもしれない。

「何やってんだ」

「んがっ────あっ! お前、篠原和彦と私のドローン壊した変態!」

「へ、変態!?」

「うるさい! 変な見た目で、私の邪魔しやがって……この変態!」

 俺の姿を視界にとらえるなり、その女は俺を変態だと罵った。

 女は手入れのされていないぼさぼさの長髪で、ボロボロの布でできたTシャツとズボンを身に着けている。

 服に関しては、ここまで来た時に見た囚人たちも同じものを身に着けていたため、ここの囚人服という扱いなのだろう。ただ、髪はもう少し手入れした方がいいと思った。まぁ、山暮らしで髪もひげもそのままだった俺が言えたことじゃないが。

「……こいつが浦部瑞樹だ」

「めちゃくちゃ凶暴だな……よく捕まえられたな?」

「捕まえる時、まだ余裕があったらしくて大分暴れたらしいが、能力の扱いが雑なのと制御がお粗末すぎて普通の女を攫うのとあんま変わんなかったらしいぞ」

「うっさい! 絶好のチャンスだったのに────お前みたいな変態がいなければぁぁぁ!」

「うるせぇ! また溶鉱炉に沈めんぞコラァ!」

「いやぁぁぁ!?」

「何したのお前……?」

 もはや尋問とは言えないほど残酷な尋問の様子が頭に浮かんできたが、身震いがするので、その妄想を振り払う。

 篠原の一喝で静かになった浦部瑞樹は、ぺたんと座って鼻をすすっている。目に当てた手の甲を水が伝ったのを見て、ちょっとだけ気まずくなる

 叫ぶほど激昂していたかと思えば、今度は篠原に怒鳴られて大泣きだ。とても感情豊かだが、その様子を見ていくつか気になることがある。

「浦部は、三笠組合で監禁されてたのか?」

「いや、違う。放浪していたところを三笠組合で拾われて育てられてたらしい」

「てことは……ROはそこで移植されたのか?」

「それが分かんねぇんだよな……加工前なら森にでも行けば拾えるが、加工後のROなんてそう簡単に手に入るもんじゃねぇ。三笠組合にそれが入れば雀が教えてくれるはずなんだが、そういった報告は、三笠組合に限らず、ここ十五年くらいは入ってない。日本軍を除いてな」

「雀って隠語か?……まぁつまり、どこで能力を手にしたか分かんないと」

「ああ、聞いても『いつの間にかあったんですぅ~』とか言うだけで、まともに情報が引き出せやしねぇ」

 ROの加工に必要なのは何千度もの熱と大量の放射線、と静香から教えてもらった。

 前者は俺がいなくとも、ちょっと大きめの炉を用意すれば何とかなるだろう。だが、大量の放射線というのが問題だ。それは用意するだけで危険すぎる。

「いつ能力を手に入れたって?」

「十年前だってよ。ちなみに今はニ十歳らしい」

「ふーん……」

 ────やはり。

 俺の想像していることが本当なら、この子は本当にバカなことをしたということだ。

 あと一つ確認したいことがある。それ次第では、俺はこの子に謝らなければならない。

「篠原、ちょっと浦部と話していいか?」

「いいぞ。元々、そのためにここに来たんだろ?」

「ありがとう」

 篠原の前に出て、浦部と檻を挟んだ正面で腰を下ろす。

 近くまで来たことで分かったが、浦部の手足には金属の腕輪が嵌められ、鎖で繋がれていた。その中の二つは以前、静香に見せてもらったものと同じ、腕輪型の制御装置と同じ形をしている。おそらく、これで能力を封じているのだろう。

「なあ」

「ぐすっ、ひっ……なに、もう話せることないけど」

「十年前……東北水爆の一ヶ月後に、誰かと東北まで復興の様子を見に行かなかったか?」

「えっ……いや、えっと……」

「そうか、分かった」

「いや! 行ってない! 行ってないから!」

 まぁ、否定するのは当然だ。十歳の時にそんな危険な場所まで行くなど、子供にとってはちょっとした冒険でも普通に見れば自殺行為だ。

 篠原が口を開けて驚いている。彼がこんな驚き方をするのだ。彼女の当時の親や教師がこのことを聞いていたら、説教どころでは済まなかっただろう。


 俺はこの子に────瑞樹に謝らなければならない。

 だが、十年も顔を見せなかった男が、急に何も言わず姿を消した男が、どう謝罪をすればいいのだろうか……

 結局、その日は謝罪もせず監獄を後にした。

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