第21話 鎮火と反発
静香の事務所が見えると同時に、外でタバコを吸っている男が目に入った。
そいつの姿には見覚えがあった。というか見覚えしかない。
静香をボッコボコにしていた男────檜山凛だ。
「できれば会いたくない奴おる……」
事務所に入ろうにも、あいつが立っているので何かしらの言葉を交わす必要があるだろう。礼儀的にも、ヤクザ的にも。
だが、話したくない。どうしても話したくない。
なぜなら、俺はあいつが苦手だからだ。
「あいつ普通に罵倒してくるからなぁ」
だが、今の俺の姿は以前と違う。静香から貰ったフレームのおかげで、俺が俺だとバレることはないはずだ。
そう思って事務所に入ろうとしたが、普通に肩を掴まれた。
「待てよ。無視すんな」
「知らない人です。さようなら」
「バレてんぞ
バレた。
できれば話したくなかったのに、結局声をかけられた。本当に面倒くさい。
というかなぜバレたのだろう。俺がこの姿をしていることはここの組員にしか見せていないはずなのに。
「はぁ……何すか?」
「奏から頼まれたんだわ。そのフレーム、隙間があってちぃぃと雑な機構でそれを誤魔化してるから、一旦回収させてほしいって」
「……ん? これ作ったの、お前のとこなの?」
「ああ、そうだよ」
まさかのメイドインキサラギだった。
確かに静香だけでこれを作れるとは思っていなかったが、まさか別の組に製作を依頼していたとは思わなかった。
それに、隙間があると言っても、なぜかそこから出る熱はめちゃくちゃ冷まされていたので、特に問題はないと思っていた。
「別に問題ないけど? えげつない冷却機能のおかげで、隙間熱もそんなに熱くないし」
「……静香の頼みで作ってるから、できるだけ完璧にこなしたいんだと」
「なんだそれ」
「ちょうど依頼も終わったところだろ? 多分三日でお前に返せるから、一旦俺によこせ」
「へいへい」
俺は体からそれぞれのパーツを取り外し、檜山に手渡し────すると熱で彼が焼けるので、地面に置いてその場から何歩か離れた。
「気持ちわりぃ気遣いすんなよ。寒気が走る」
「はぁ?」
悪態をつきながらも、檜山はパーツを全て回収した。
パーツは一つ一つが大きいのでとても持ちづらそうにしていたが、それは大きさの問題だけではなさそうだ。
「クソッ、デカいし重いし……覚えてろよ奏」
俺が四苦八苦する檜山を眺めていると、事務所から静香が出てきて声をかけてきた。
「あ、おかえり。どうだった?」
「酷い目に遭ったけど、終わったよ」
「そ、全部?」
「ああ、全部」
「……ありがと」
静香は、とても安心したような表情を浮かべていた。
しかし、その声にはどこか悲しさが混じっているようにも思える。
静香がこの依頼を選んできたこと、梶原さんの話、そしてROの性質……それらを考えると、一つの妄想のような考えが浮かぶ。
だが、今はまだ追及はしない。
多分、彼女もそれを望まないだろう。
「てか、凛はなにしてるの」
「デカいし重いんだよこれ! クソッ、お前も手伝えよ!」
「一人で頑張ってよ。腐っても私の彼氏でしょ?」
「……ぇ?」
大声が出そうになった。
だが、それを必死でこらえ、出た声は情けないくらい小さい。せいぜい口の中にしか響かないような声だった。
「能力使ってそれとか、ダサいにもほどがあるでしょ」
「あーうるせぇ……仕方ない、出力を上げるか」
檜山は一瞬無言になったあと、先ほどまでの様子が嘘のように軽々と全てのパーツを持ち上げ、事務所を後にした。
それを見送ったあと、静香も事務所の中に戻ろうとしたが、茫然としていたはずの俺の口が勝手に開き、静香に声をかけた。
「……え、彼氏?」
「ん、何?」
「あいつ、お前の彼氏なの?」
「え、言ってなかったっけ」
何かが俺の中で崩れる音がした。
膝をつきそうになるほどの衝撃だ。頭が空っぽになるとはこういう感覚なのかと、なぜか俯瞰的な自分がどこかにいる。
顔が焼けて表情が死んでいるお陰か、静香に俺の感情はバレていなさそうなのが唯一の救いだ。
「まあ、組は別だし、対立もかなりしてきてるんだけどね。会うことも中々ないし」
「ああ、そう……」
何か言っているが、何も頭に入らない。久々に寒く感じるような気さえする。
俺はなんとか言葉を残し、事務所の扉をくぐった。
「あ、絶対に炎は出さないでよ!」
「へい……」
どうせ、これから三日間はあのフレームもないことだ。
地下室でずっと寝ていよう。多分、寝れないけど。
「何? 変なの」
後ろで静香がなにか呟いていたが、文字通り燃え尽きた俺にはその言葉は届かなかった。
◇
仕事中だというのに、舎弟から電話が来たときは怒鳴りつけてやろうかと思った。
ただ、その電話の内容が衝撃的過ぎて、そんな怒りも直ぐに忘れてしまった。ただでさえ考えることが多いのに、最近聞いた報告の中でも最悪の内容で、しばらく思考が停止していたほどだ。
日本軍との決着はできるだけ短期で行わなければならない。そのための人員は同盟のおかげで腐るほどいるが、獅子堂会でも如月組でも反発が凄まじい。
しかし、その反発ももうすぐで収まると思っていた。幸い不穏分子は大体特定できていたし、その中に目を向けるべき人物はいなかったからだ、この時までは。
「……それはどこの情報筋だ?」
「いつもの雀です、篠原さん」
俺は舎弟の
窓が閉め切られているか確認し、ドアロックを確実にかけ、俺は湊からその情報の詳細を尋ねる。
「黒川組の反発か……それは組全体か? それとも一部か?」
「いえ、それはなんとも。ただ────」
「ただ?」
「主に反発しているのが、
「あー……クソッ!」
怒りで車の床を蹴ってしまった。それにビクッとした湊が運転を乱すが、今はそれも気にならない。
籏崎が反発しているのはまずい。
それ以外の組員なら何人裏切っていようと問題はないが、籏崎が敵に回るとなると、こちらも大規模な損害を考慮しなければならない。
「よりによって、被移植者のあいつが……」
籏崎の能力は光の放出型。
如月組の檜山ですら容易に蹴散らせるような強さを持っている。
あいつがもし暴れるようなことがあれば、獅子堂会はおろか、如月組にまで被害が及ぶかもしれない。そうなれば、
そんないざこざが起これば、同盟の話は自然消滅するだろう。それだけは避けたい。
だが、それは籏崎を超える戦力を用意できない場合の話。
もしも黒い炎の"あいつ"の力を借りられれば、それらの懸念が一気に解消されるかもしれない。なんせ、あいつの力も檜山をゆうに超えるのだから。
「……いや、親父に相談するのが先だ」
だが、そう易々とその手を取ることはできない。
立場上あの男は一般人で、傭兵ではあるものの、本来獅子堂会とは関係のない人間だ。安易に頼ることは、獅子堂会としてのプライドを下げることになりかねない。
車が止まった。湊が「着きました」と言っている。
とりあえず、親父に相談するのが先だ。電話で今から行くことは伝えたので、急いで向かわなければならない。
「湊、黒川組の情報は集めとけ。それと、籏崎の制御装置の在処についても調べられるか?」
「危ない橋を渡ってもいいなら、可能です」
「頼むぞ、俺は親父と話をしてくる」
車から降り、速足で獅子堂会の本部へと入る。入り口にいたやつらも、俺を一瞥した後、邪魔をすることもなく通してくれた。
あのクソガキが現れてから問題続きだ。いつか絶対に排除してやろうと思う。
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