第7話 お風呂場にて①

「はふぅ~」


 湯船に浸かると気の抜けた声が出る。


「足がパンパンだ……」


 あの丘からこの家までほとんどノンストップで走ってきたからな。

 そういえばこのことはサクラさんには内緒にしておいてもらわないとな。ユズさんに知られたら怒られそうだ。


「……でも、楽しかったな」


 新しいことを知れたことはもちろんだけど、何よりもサクラさんとかなり仲良くなれた気がする。


「歌、か」


 それに彼女が歌っていた歌。

 丘の上でもう一度聞いて確信した。僕はあの歌を知っていると。

 あの歌を思い返していると、おぼろげに浮かんでくる影。サクラさんは教えてくれた人がアオイさんに似ていると言っていたけど、どうなんだろう。

 僕にはその陰から伝わってくるのは優しさというより、愛情に近いような気がする。

 だとしたら、僕の近くにいた人がサクラさんの探していた妖精……ということになるのか。


「わからない……」


 この世界に来てわかったことの方が少ないけれど。それでも自分自身のことがわからないのが、かなりもやもやする。

 僕がここに来てしまった理由も、無くした記憶も、変える方法も、いつかは全てわかる日が来るのだろうか。


「父さん、母さん……」


 姿しか思い出せない両親。だけど、なんとなくこんな時は二人なら前を向いて歩き続けろ、って言うんだろうな。


「……よしっ! くよくよするのはここまで、ここからは前を向いていこう!」


 これが空元気でも構わない。今は一歩ずつでも前に進むしかないのだから。

 早速お風呂から出てユズさん達の手伝いをしようと思ったところで、扉の先……脱衣所のところでもぞもぞと動く影が見える。


「あれ? 誰かそこにいるんですか?」


 扉の先に向かって問いかける。すると返ってきたのは、


「はーい! わたしですよ!」

「さ、サクラさん!?」

「はい!」


 元気な声とは別に、微かに聞こえてくる衣擦れの音。

 なんだか嫌な予感だけが募っていく。


「サクラさん、今何してますか?」

「服を脱いでます!」

「……どうして?」

「ふぇ? お風呂に入るときは服を脱ぎませんか?」

「いや脱ぎはするんだけど……って!?」


 もしかして、サクラさんこれからここに入ってくるつもりなのか!?


「あの、もうすぐで僕上がるので、少しだけ待っていてくれたら嬉しいな、なんて」

「それなら丁度良かったです! 肇さん、わたしともう少しだけお話しましょう!」


 同時に開かれるお風呂場の扉。

 そこには文字通り一糸まとわぬ姿のサクラさん。

 慌てて後ろを向く。


「わわっ、前! せめて前を隠して!」

「? どうしてお風呂で隠す必要があるんですか?」

「どうしてって……恥ずかしくないの?」

「はい! 肇さんになら恥ずかしくないです! あ、もちろんユズお姉ちゃんとアオイお姉ちゃんもですけど」

「だって肇さんはもう家族みたいなものですから!」

「だとしても、普通は男女でお風呂は入らないの!」

「どうしても、ダメ、ですか……?」

「うっ……」


 そんなねだる様な声色で言われると、少し断りづらい。けど、


「ど、どうしてもって言うなら僕が先に出るから!」


 そう言って立ち上がった時だった。


「ダメですっ!」

「うわっ!?」


 後ろから抱き着かれ、背中にふにゅっとした柔らかいものが当たる。


「(これって、もしかしなくてもサクラさんの……)」


 服の上からとはまるで違うダイレクトな感触に、心臓の鼓動が早くなる。

 落ち着け……。こういう時は何かの数字を数えるのが良かったはず。

 えーっと、えーっと、確か数えるのは円周率で、円周率はパイで……。

 パイっ!?

 いやいや、待て待て。これじゃ全然落ち着けていないじゃないか。


「まだ出ちゃダメです!」

「いやいや、このままの方がダメですって!」

「このままじゃないと肇さん出て行ってしまうじゃないですか!」

「わかった! 出ていかないから、とにかく離れて!」

「……離れたら一緒にお話ししてくれますか?」

「します!」

「一緒に洗いっこもしてくれますか?」

「しま……ん?」

「その後、一緒にお風呂に入ってくれますか?」

「それはダメ!」

「じゃあダメですっ、離れません!」


 強く抱きしめられ、先ほどよりも強く彼女の女の子の部分を感じてしまう。


「(ダメだ、これ以上は僕の方が持たない……っ!)」

「さ、サクラさん、わかりました、洗い合うことも一緒にお風呂に入ることもするので、離れてくださいっ!」

「はいっ!?」


 ようやく彼女の温もりが背中から離れる。


「(はぁ、はぁ……これでひとまずは……)」


 窮地を脱したことに胸を撫でおろし、そのまま視線は下半身の方へ。


「…………」


 そこには勇ましいほどいきりたった自分の肉棒があり。流石にこんなグロテスクなモノを彼女に見せるわけにもいかない。


「さ、肇さん。こっちに来て洗いっこしましょうっ」

「ご、ごめん。洗いっこはする、するから五分……いや、三分でいいから待って!」

「? 洗いっこしてくれるなら待ちますけど……どしたんですか?」

「あはは、色々あるんだよ、本当に色々と」

「そう、なんですか……?」


 サクラさんすみません。でも本当の事は言えないんです……。

 結局、すぐ後ろにいるサクラさんを意識してしまって、収まるまでに長い時間がかかってしまった。

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