episode.5 死人に口なし

街に帰ってきたウィスタリアとライラックは一直線で宿に戻り、部屋に入る。


2人とも今日は魔道具の話をする気分ではないようで、ライラックが先にお風呂に入りなおす。




「ライラック、先にお風呂入ってきていいよ。私はこの部屋を整理しとくから」




そう言ってウィスタリアがシーツを直し始める。




「わかった」




ライラックはその言葉に頷いてお風呂場に向かう。


浴槽に浸かったライラックは今日の出来事を思い返す。






昼、盗賊を殺したときのお姉ちゃんは心を凍らせていたように思う。あの顔は2度と忘れることはないだろう。なんの感情もない、ただ『無』を感じさせるあの瞳は思い出しただけでも鳥肌が立つ。


それに、あの後のお姉ちゃんはずっと考え事をして、顔を歪ませていた。何を考えているのか分からないけど、お風呂から出てきたらいつも通りだったから解決したのかな?


魔道具の話をしているお姉ちゃんは輝いていた。僕はお姉ちゃんがいつまでも、笑って魔道具の話をできるように側でお姉ちゃんを支える。改めてそう、心に決めた。


そのために僕は魔道具に関する知識を片っ端から頭に入れる。そうすれば、僕にもアイデアを出せる。アイデアを出せればお姉ちゃんはいつまでも研究ができる。その時にお姉ちゃんが浮かべる笑顔を僕は見てみたい。




ライラックは上を見上げて、想像を広げる。




村にいた頃に想像していた未来はワクワクするようなことや楽しみなんてものは何一つなかったのに、今ではワクワクや楽しみなことが湯水のように溢れ出てくる。ただ、それはお姉ちゃんが僕にくれた未来。




──だから僕は、死ぬまでお姉ちゃんに僕の持ちうる全てを捧げるんだ。






ライラックは再決心すると、お風呂を上がり、寝室に戻る。




「お姉ちゃん、出たよ」




「あら、思ったよりも早かったね。眠かったら寝てていいよ。魔道具の話は気分的にできないかもしれないし」




ライラックが声のボリュームをあげて、ウィスタリアに駆け寄る。




「あ!そうだよ!お姉ちゃんがお風呂から出たら魔晶振動遠話機テレフォンのこと教えてよ!衝撃的すぎてすっかり忘れてた。魔道具の話をして、少しでも楽しい気分で眠りについた方がいいよ」




「....それもそうね。それじゃあ、今日は魔晶振動遠話機について解説したら寝ましょうか」




ウィスタリアはライラックの言葉にうなずき、1度片付けた研究資料をマジックバッグから取り出し、ライラックに渡す。




「それじゃあ、これ渡すから自由に考察しててね」




ウィスタリアは20分ほどお風呂に入り、寝室に戻ると、ベッドに座った。


その前にライラックが机を移動させ、研究資料を広げる。そして、ウィスタリアの隣に腰を下ろす。




「それで、どこまで話したかな?」




「仕組みは一通り聞いたと思う。魔晶に魔力を流したら振動して、それを増幅して、放出するみたいな」




ライラックが省略しまくってウィスタリアに伝える。




「あ、思い出したわ。それで、どうやって国家元首のコミュニケーションが可能にしているか、ね。今現在、魔晶振動遠話機は23個存在しているの」




「.....でも、それだと2つ余るよね?21の国しかないんだから」




「そうよ。でもね、私たちが行こうとしているアウトバーン王帝国には王様と皇帝、2人のトップがいるの。だから2つ必要だったのよ。片方だけに渡したら無駄な争いが生まれるかもしれないからね」




「それでも1つ余ってるよ?」




ウィスタリアがその言葉を待ってました、と言わんばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべ、マジックバッグに右手を突っ込む。




「最後の1つはっ!ここに、、、あるの!」




ウィスタリアがマジックバッグから勢いよく右手を出し、そのまま掲げる。


箱ティッシュほどの大きさの金属塊に、ボタンが9つ付いているそれはかなり重いらしく、ウィスタリアの腕がぷるぷる震えている。




「なんでお姉ちゃんが持ってるの!?」




「開発者特権、よ!」




ウィスタリアの腕に限界が来たらしく、勢いよく腕を下ろし、ベッドで数回バウンドさせる。




「と言ってもこれは完全なものではないわ。さっきも説明した通り魔周波を高いところまで上げて、増幅、放出しなければならないのだけれど、そうしている理由は魔周波が届く限界値を延ばすためなの。でも、これはその装置が付いてないからこれ単体では使えないの。ただ、これ自体は各国の最高権力者が使っているものと同じよ。それから、世界に魔周波を届けるために王城に設置されている拡散機とは別に、国に1つ他国から来た魔周波を集めて、もう一度増幅・放出する集積拡散機があるのよ」




「そうなんだ。使ってるのを見てみたかったけど無理みたいだね」




ライラックが残念がって後ろに倒れる。




「....そもそも国の最高権力者にしか繋がらないから使うのは無理よ」




ウィスタリアが呆れたように寝転がったライラックを見る。




「あ、そうか。じゃあ、無理だね」




ライラックが足を大きく振り上げ、起き上がる。それを微笑ましそうに眺める。




「これで、一通りの説明は終わったと思うけれど、質問はある?」




「集積拡散器のすぐ側なら使えたりする?」




「.....試したことはないけれど使えるとは思うわ。まあ、使うことはないと思うけれど」




「わかった。ありがとう」




「他にはある?」




「う〜ん.......一応、理解できたと思う」




ライラックが手を顎に当てて考える様子を見せながら口にする。




「凄いわね、ライラックは。1回の説明で理解できるなんて.....一緒に研究してた研究者でも1回だけの説明で理解できた人は多くなかったのに」




ウィスタリアがライラックの頭を撫でながら褒める。ライラックは少し恥ずかしそうに俯きながらも嬉しげな笑顔を見せる。




「それじゃあ、今日はここまでにして寝ようか?」




「うん。スッキリしたし、寝る!」




ウィスタリアは研究資料を片付け、机の位置を元に戻す。ライラックはもう1つのベッドに移動して、寝転がる。




「明日の朝、復習するからね」




「わかった。じゃあ、寝る前に整理するよ。おやすみ、お姉ちゃん」




「うん、おやすみ」




照明を消し、ウィスタリアも横になる。ライラックはしばらくボソボソと呟いていたが、眠気に勝てなかったようで声が次第に小さくなっていき、それは照明を消してから数分後には聞こえなくなった。






翌朝、起きたウィスタリアはライラックに複数の問題を出した。




「さて、ライラック。昨日の復習よ。それじゃあ、1つ目の問題は魔石に魔力を流したら魔周波が発生するけれど、どうやって他国に飛ばしているでしょう」




「えっと...金属線に流して、拡散機で魔周波を増幅、放出する!」




「そうね。合ってるわ。次、私が持っている魔晶振動遠話機が使えない理由は何?」




「拡散機がないから魔周波を遠くに飛ばせない」




「正解。簡単に言えばそうね。ちゃんと覚えてて偉いわ」




「えっへん!」




ライラックが手を腰に当て、胸を張る。ウィスタリアが慈しむような眼差しをライラックに向け、優しく頭を撫でる。




「.....お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしい、です」




ライラックが嬉しさと羞恥の狭間で葛藤しているのか、顔を赤くしながらウィスタリアの腕を払い除けようと右腕を上げる。




「大丈夫よ、誰も見てないわ。それでも、恥ずかしいならこうすればいいじゃない」




ウィスタリアが布団を引っ張ってきて、ライラックに被せて、布団の上から頭を撫でる。




「そういう問題じゃ.....」




ライラックはそれでも恥ずかしそうに下を向く。




これはなにも恋愛的な意味での羞恥ではない。普段、褒められ慣れてない人が急に褒められて、嬉しいけれど恥ずかしくもあり、どうすればいいのかわからないという類のそれだ。


10歳の少年が15歳の綺麗なお姉さんに褒められて嬉しくないわけがないというものだ。




ウィスタリアは10秒ほどライラックを撫でまくった後、布団を元に戻し、解放した。




「それじゃあ、朝ごはんを食べに下に降りましょうか」




「...うん」




ウィスタリアが弾むように部屋を出て、ライラックが少し不貞腐れて、前を歩くウィスタリアにジト目を送りながら後ろを付いて行く。




ライラックが朝食中はウィスタリアに話しかけられても素っ気ない返事しかしなかったため、ウィスタリアは少し反省したのか話しかけるのをやめた。


朝食を平らげた2人は部屋に戻り、次の街へ向かう準備を始めた。準備と言っても部屋の整理整頓をするくらいのため、すぐに終わる。




「ライラック、もう行ける?」




「行けるよ。荷物なんかそもそもないし」




「それもそうね。私たちは荷物がこのマジックバッグしかないんだったわ」




ウィスタリアが可笑しそうにマジックバッグを軽く叩く。




「それじゃあ、次の街に行こうか」




ウィスタリアはライラックの手を取り、宿を出る。途中で市場に寄って食材や水を確保し、街の門をくぐる。街を出て、数分経った頃、ライラックが思い出したようにウィスタリアに尋ねる。




「そういえば、この街の領主様には用はないの?」




ウィスタリアがキョトンとした顔でライラックを見やり、口を開く。




「ヘリクリサム伯に伝えなきゃいけないことは特にないわよ。前の街では奴隷商がいることと、ダークウルフの出没をカポック侯に伝えるためだし、ダークウルフはカポック侯が倒してくれるでしょうから伝えなくてもいいわ。それに、多分もう王都に向かっているわよ」




「そうなの?」




「ええ。ピストルの出力を最大にしておいたから気絶程度ならさせられると思うわ。気絶させてしまえば首を斬るのだって簡単になるの。闇魔法を使われたら厳しいかもしれないけれど、ウルフ型の魔物は格下に見ている相手には魔法は使わないから大丈夫でしょう。大抵のウルフ型の魔物は人間を舐め腐っているもの」




ウィスタリアは微笑をこぼしながら話していたが、すっと哀愁を含んだ表情に変わる。




「でも、そうね。チェイス伯爵家に心残りがあるとすれば、ローズ嬢かしらね。彼女は私のことをとても慕ってくれていたし、学院でも何度もお話をさせてもらったから。学年が違うとは思えないくらい仲が良かったわ」




「学年はいくつ違ったの?」




ウィスタリアは懐かしそうに空を眺め、呟く。




「私の方が1つ上よ。は休み時間も放課後も私のところに来てたくさん話しかけてくれたの。卒業式の日には『リア様と一緒に魔道具の研究をするのが夢なんです!だから待っててくださいね!』って言ってくれたわ」




「...そうなんだ」




「だから、ショックでしょうね。慕っていた人が殿下と伯爵令嬢を殺したなんて知ったら......彼女には申し訳ないことをしたわ。私のせいで彼女の肩身が狭くなるかもしれないし、罪も償わずに逃げているなんて軽蔑もいいところよ」




「え、お姉ちゃん王子様殺したの!?」




「.....なんでここにいるのか詳しいことは話してなかったわね。そうよ。私は王子を殺した。本当に救いようのないバカよね」




「.......お姉ちゃんのことだし、自分の中で許せないことでもされたんでしょ?」




「それはそうだけれど、だからといって人を殺していい理由にはならないわ。それに私が殺したのは王族。この国で最も貴き血が流れている御方よ。国家反逆罪に問われるでしょうね。だから、私たちは......私はこの話が広がる前に国を出なければならないの」




「王子って3人いるよね?どれなの?」




「どれって......言い方...」




ライラックが「誰?」ではなく「どれ?」と言ったことに渋い顔をする。




「僕からしたら王族とか貴族とかよくわからないんだ。この国で1番偉い人ってのは分かるんだけど、所詮はただの人でしょ?僕と何も変わらない人。ただ、生まれた家が特別なだけ。それだけで敬うっていうのはよくわからないんだよね」




「それ、私の前以外で言っちゃだめよ?」




石を蹴りながらした発言にウィスタリアは呆気にとられて溜め息を吐きながらライラックを嗜める。




「流石に言わないよ。不敬罪で殺されちゃう。で、どれなの?」




「第1王子よ。アザミ殿下」




「第1王子......ついこの前、村に来た気がする」




「.......え゛?」




あまりの驚きに普段のウィスタリアの高い声からは想像できない低い声が出る。




「なんか、偉そうに村長に命令してた。女の人だけ集めて何人か連れて行かれてた。ボンキュッボンの人たちばっかり。誰かの奥さんだったり、恋人だったりしてたんだけど、無理やり馬車に乗せられてたよ。抵抗した男の人たちは剣で刺されてたし」




「......え゛、ホントになにそれ。私知らないのだけれど」




詳細を聞いて、またもや低い声が出たウィスタリアは最大限の軽蔑を込めた瞳でライラックを見てしまう。




「人攫いに村に来たなんて人に言ったりしないでしょ、普通。あと、その目で僕を見るのやめてよ。僕は軽蔑されるようなことしてない」




「あ、ごめんなさい。話を聞いていく内に軽蔑が大きくなっていってしまって。でも、たしかに、言われてみればそうね。犯罪をしたなんて言わないわ」




「それに王子様。王子様が人攫いをしたなんて露見すれば大問題だからね」




ライラックがウィスタリアの様子を伺うように顔を見ながら言う。




「.....その話を聞いたら罪悪感が少し薄まったかも」




「うん。だからお姉ちゃんは必要以上の罪悪感なんかに駆られなくてもいいんだよ」




ライラックは安心したように微笑み、胸に手を当てる。




(死人に口なし。顔も知らない王子なんかより助けてくれたお姉ちゃんの方が僕にとっては大切だから。王子は死んでるし、これくらいの嘘は我慢してもらおう。罪を犯した以上、人はその罪を背負って生きていかなければならない。でも、罪を意識しすぎると人は壊れる。僕はお姉ちゃんに壊れてほしくない)




「...ありがとうね、ライラック」




「ど.......見透かされてる気がする」




ライラックは感謝の言葉に顔をパッと輝かせ、ウィスタリアの顔を見たが、一瞬で視線を外した。そして、細々とした声で呟く。それはウィスタリアの耳には届かなかったようで不思議そうにライラックに声をかける。




「なにか言った?」




「...うんう、どういたしまして」




ライラックが不安げにウィスタリアを見て、落ち込んだように顔を曇らせる。


会話を終えると、エアボートに乗り、街から遠ざかる。




(....ローズちゃん、元気にしてるかな。それにライラックにも気を遣わせちゃった)




ウィスタリアは鮮やかな青紫色の髪をなびかせ、空を見上げながら数日前に別れた友人の姿を思い浮かべる。

そして、自分の膝の上に座る少年に視線を移した。その少年と出会った日からの記憶がフラッシュバックし、たった数日、されど濃密な日々が頭に浮かんでは消える。




「...本当にありがとう」




ウィスタリアは独り言ちる。




「なに〜?」




微かに聞こえたのであろうライラックが顔を後ろに向ける。ウィスタリアは慈愛のこもった微笑みを浮かべた。




「なんでもないわよ。ほら、危ないから前を見て?」




ライラックは素直に体勢を戻す。ウィスタリアはハンドルを強く握り、魔力をさらに流して速度を上げた。

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