第四章:地蔵
おもしろくない。
すっかり大人たちの注目を独り占めしてしまった一太に対してそんな思いを抱き、九星は村々に施された罠を片っ端から壊していた。
太陽はもう真上にある。
村の家々から墓場まで伸びる長い行列が、朝から途切れもなく続いている。
村唯一の寺では、今頃ひっきりなしに弔いの火が焚かれているに違いない。
ぱきん。
九星の手元で、また一つ、一太たちが拵えた罠が壊れる。
それを冷めた目で見やって、九星は昨日息絶えた二人の子供のことを思っていた。
目の前で、鎧武者に斬られた二人は、最期に何を思っただろう。
背中を袈裟に斬られ、痛かったに違いない。
いや、そんなことを感じる暇もなく息絶えたのかもしれなかった。
もう、二人はいない。
この時代、子供が死ぬのは珍しくはない。
九星にしても、幼い子供が死ぬのを見るのは初めてではなかった。
しかし、誰かが誰かに殺されるのを目の当たりにするのは、これが初めて出会った。
なんということが、起きる世の中なのだ、と思う。
末法の世とは言うが、あんまりではないか、と。
「なにしてるの」
ふいに、声がした。
「誰」
そう言って振り向くと、一太がいた。
九星は唇を噛んだ。
罠を壊して回っていることが、一太にばれた。
なぜ、こう、おもしろくないのか。
「べつに」
九星は、さも何でもないふうを装う。
「なんでその罠を壊しているの」
一太が、九星にすごむ。
「せっかく拵えたのに、台無しじゃないか」
一太は、九星の手元の壊れた罠を直そうと、九星のすぐそばまで足を進めた。
「大人に混じって、得意になってるんじゃないの」
九星は冷たく言い放った。
「そんなこと、ないよ」
「一太ひとりじゃあ、何もできないんだからね」
「そんなこと、ないよ」
今度は一太がむっとする番だった。
「じゃあひとりであの鎧武者と対決してみなさいよ。できないでしょ」
「そんなこと――」
一太が言葉に詰まる。
「九星だって」
ぽつり、と一太がこぼす。
「九星だってひとりじゃ何もできないじゃないか」
一太、渾身の一言であった。
「なんですって」
九星は目を見開き一太を上からねめつけた。
「あんたなんか、あいつに斬られて死ねばよかったのに!」
気づくと九星は、そんな言葉を一太に投げつけていた。
一太はそれを受けて、しばらく立ち尽くした後、何も言わずにその場を去っていった。
あとに残された九星は、一太が直した罠を、再び壊したものの、そのいらだちはまったくおさまらないのであった。
村のはずれの四辻で、今まさに地面に伏して、息絶えようとしている者がいた。
九星と喧嘩別れした一太は、やりきれない思いを抱えたまま、地蔵の前に崩れ落ちているその兵を見つけた。
「どうしたんですか」
思わずかけよる。
肩を抱いて引き起こすと、鎧をまとった兵は、胸をばっさりと斬られていた。
「なんてこと、ひどい……」
抱きかかえられた形になった兵は、一太の顔を見て笑顔を見せた。
「大丈夫だ。坊主、村の者か」
息も絶え絶えである。
「はい」
「俺は、平氏の侍だ。乞われてこの村へ援軍をよこしにきた。大人を呼べるか」
平氏――。
一太の目が輝いた。
しかし、その平氏の兵が、なぜここで倒れているのだろう。
「おじさん、どうしたの」
「海賊に斬られた。奴ら、もうすぐそこまで来ているぞ」
一太は「え」と言葉を詰まらせた。
「俺は平氏の知らせだ。一足先に村を見に来たがやられた」
一太が支える脇で、血がだらだらと流れ出ている。
「そんな、僕、どうしたら」
止む様子のない血流に、一太は顔を青くさせる。
「何か、書くものはあるか」
一太は言われて辺りを探す。
そうは言っても、目に入るのは四辻に立つ地蔵くらいのものである。
すると兵は地蔵を指さして言う。
「地蔵の、前掛けを、くれ」
「前掛け?」
見ると、村人の手によるものだろう、地蔵には大きな白い前掛けがほどこしてあった。
一太はすばやくそれをほどいて兵のもとへ持ってきた。
「おじさん、どうするの、これ」
兵はそう言われ、一太にふふ、と笑いかけた。
「俺の目の前に持ってきてくれ」
一太は果たして、そのようにした。
すると兵は、自分の肩から流れる血に指をひたすと、前掛けに何やら文字を書き始めた。
勿論、一村人である一太には、文字などというものは無縁である。
「おじさん、何それ」
「これはな、暗号だ」
「暗号?」
会話をしようとしたが、兵はその場で大きく何度もせき込んだ。
口からは血が流れ出る。
「坊主、俺はもう長くない。お前が、これを持って、大人たちの元へ走れ」
そう言うと兵は、血塗られた地蔵の前掛けを、震える手で一太に手渡した。
「行け」
兵がそう言った時、大きな影が、二人を覆った。
「そうはいかねえなぁ」
一太は声のする方を仰ぎ見た。
次の瞬間、一太の目が大きく見開いた。
声だけでも分かった。
それは、みっちゃんとけんぼうを斬った、あの鎧武者だった。
「おじさん」
そう一太が叫んで兵をかばおうとしたが同時に、きらりと光る一閃が、一太の胸に走った。
「坊主」
その刀は、一太を貫き、横たわる兵の胸元へと届いていた。
「悪ぃなぁ、ここまでする気はなかったんだがな。仕方ねぇ。おめえの連れによろしく言ってくれや」
そう言うと、鎧武者の男の口角が、ぐいとあがった。
しかしその声を聞く者は、もはやその場にはいないのであった。
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