返信 「手紙が届いて、ほんと、よかった」


突然、ばさりっと鳥の羽音と一緒に、目の前に現れた大きな鳥。

黄色いバックから取り出した手紙。

右あがりの角ばった文字。

いつもながらの能天気な内容。


いろいろ信じられないけれど、今、私の前にある手紙は、お兄ぃからの手紙であることは間違いようがなかった。


「…………、お兄ぃ……」


鼻の奥がつんとする。


『人との出会いっていうものは、なにがあるかわからん。だからこそ、大切にしなきゃいけないと俺は思うんだ。腹が減って駆け込んだ定食屋で、たまたま、隣の人としゃべったら、意気投合しちまって、そのおかげで、今の会社に就職も決まってさ……』


 座右の銘は一期一会だと言っていたお兄ぃ。

 でも――――――。



 お兄ぃがロンドンで行方不明になって、次にシャングーノから30kmほど離れた場所にむかったという連絡をうけたのは4年前。

 

「お兄ぃって、ほんと、心配ばっかかけるんだから!」

「ユウコ、そんなに怒らないの」

「でも、母さん。シャングーノって場所の情報は、何もないのよ!」

「それでも、タカヒロの居場所がわかっただけでもよしとしなきゃ」


 そして、やっと、シャングーノに関する情報を手にすることができたのは2年前。

 

 宇宙事故が原因で、宇宙デブリとなった人工衛星の欠片が地球にシャングーノに落ちた……、というより、シャングーノに各国の研究者たちが相談して、万全の体制をしいて落とした。…………、ただ、計画通りにはいず、死者286人(現地人285人、日本人1人)という犠牲がでた。

 犠牲者が出た原因の一つは、お兄ぃが滞在していた村を含めいくつかの村に避難警告が伝わっていなかったから。ネットニュースやSNSで情報を拡散したといっても、電気も通っていない村に情報がいくはずなかった。もう一つは、予想以上に多くの有毒ガスが発生して、シャングーノに3カ月近づけなかったから。

 当時の研究チームのリーダーは、お兄ぃの眼鏡と片方だけのピアスが入った白い小さな箱を手渡しながら、母さんにそう説明をした。


 それから、私と母さんは、何が何だかわからないまま、世界中からの注目を浴びた。

 同情、哀れみ、励まし、…………、それから、興味本位な言葉、罵倒、陰湿な嫌がらせ。


 人間はどこまで無責任で残酷になれるんだろう?

 

 私も母さんも、なぜ、お兄ぃがそこにいたのかもわからず、お兄ぃを失った悲しみを感じることもできず、なぜ、お兄ぃが死ななければならなかったのか怒りをぶつける先も見つけられず、ただ、ただ、人の目を避けるように暮らしてきた。


 い!??? ………… い、痛い!!!

 

 突然、ふくらはぎに痛みが走る。我に返って、ふくらはぎのほうをみると、鳥が私のふくらはぎをつついていた。


「!!! ヘンジクレ!!」

「はい?? ……、ヘンジ?」

「クレ! クレ! ヘンジクレ! キラキラクレ!」

「返事?? キラキラ??」


 当然とばかりに、鳥は大きく頷いた。そして、「ヘンジクレ! キラキラクレ!」と、やかましく騒ぎ始めた。


「はぁ…………、わかったわ……。でも、この手紙の返事は母さんに見せてからでいい? それから、キラキラってなあに?」

「キラキラ! キラキラ!!」

「うーーーん。代金ってことかしら?」


 鳥は大きく頷くと、その場に座り込んで羽繕いを始めた。私は母さんにお兄ぃからの手紙を見せるために部屋を出た。




お兄ぃへ


手紙、無事に届いたわ。

そして、お兄ぃが私と母さんの心配なんか気にしてくれないことがよくわかった。

ほんと、心配していたんだからね!

シャングーノっていう全然知らない場所にいるから大丈夫そうだって会社から連絡がきたときは、薄情者!!って母さんと二人で怒鳴ったよ!

お兄ぃがいるっていうシャングーノって場所を調べても、全然情報がないからどれだけ心配したと思ってんの!


でも、よかった。

手紙が届いてほんとよかった。


お兄ぃが元気だったってこと。

お兄ぃが幸せだったってこと。

そして、すべては、お兄ぃが選んだ結果だって、知ることができて、よかった。

いろんな人にいろんなことを言われて、母さんも私も疑心暗鬼になっていたから。


よかった。

お兄ぃの手紙が届いて、ほんと、よかった。

 


そうそう、私と母さんは、なんとかやっているよ。ただ、大家さんともめて、引っ越ししたんだ。今は、札幌から少し離れた場所にいる。ここはね、実は、上下水道が整備されていないんだ。こんなにインフラが発達している日本で、井戸水を汲むとは思わなかったよ。まあ、不便といえば不便だけど、その分、時間がゆっくり進んでいるような気がする。ぎすぎすした気持ちが少し減って、最近は、母さんと話す時間が増えた。お兄ぃの手紙も届いたことだし、お兄ぃの話もこれからできると思うんだ。      


手紙を書いてくれて、ありがと!


                            ユウコ



 大きな鳥がいなくなった場所をぼんやりと見ている母さんに声をかけた。


「母さん、辛くない?」

「あ……、ああ、大丈夫よ。……、すべてはタカヒロの自業自得で、……、タカヒロらしくて、ほっとしたわ」


「………そうね」と私は小さく相槌をついた。


 (確かに、あの場にいたお兄ぃのことを英雄気取りのジャーナリストだとか、スパイだとか、拉致された人質とか、いろんなことを言われたものね)


「それに、タカヒロが何を考えていたかわかったから、手紙をもらえて、ほんと、よかったわ」

「そうね。………、ところで、母さん、あれを渡してよかったの? お兄ぃの渾身の作品だったんでしょ? 母さんの誕生日にくれたからってずっと大事にしていたんじゃないの?」

「うーーーん。……正直言うと、ちょっと持て余していたのよ。タカヒロには悪いけど、五円玉で作った鎧兜って、私の趣味じゃないのよ。できるなら返したいってずっと思っていて、…………、神様にタカヒロのところに持っていってもらって、ほんと、よかったわ」


  大きな鳥がいなくなった場所を見ていた母さんが、少しだけ口角をあげて笑った。

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