返信 「アップルパイは看護婦さんに焼いてもらってください」
「もう、やだぁ! 凜華ちゃんも読んでみてよ」
そうお姉ちゃんに言われて、渡されたのは、一枚の手紙。
お姉ちゃんは私が読んでいる間もくすくす笑っている。
私は読み終えると、ベッドの上で上半身を起こしているお姉ちゃんに手紙を渡した。
『Dear 子猫ちゃん』で始まり、『永遠にキミだけの王子様、より。』で終わる手紙は、確かに、イタイ内容の手紙だった。
「これって、誰が書いたの?」
「ヒモ男だったサイテーな男。ここに帰ってくる前に別れた元カレ」
お姉ちゃんの口から元カレの話が出るのは初めてだ。
三年前、お姉ちゃんは体も精神もボロボロな状態でここへ戻ってきた。当時付き合っていた人とトラブルがあったんじゃないかなとお母さんと話したことはあったけど、何があったのか踏み込んで聞けずにいた。それほど、お姉ちゃんの精神は脆かった。だから、私は思わず目を泳がせた。
(でも、くすくす笑っていられるってことは、もう大丈夫なのかな?)
「あいつって、どうしようもないくらいイタイやつだったのね。なんで、私、あいつがいないと生きていけないって思っていたんだろう……」
「お姉ちゃん……」
私の不安な気持ちがわかったのか、お姉ちゃんが私の方に手を伸ばした。私はお姉ちゃんの手を握る。お姉ちゃんも私の手を握り返して、にっこりと笑った。
「……、もう大丈夫。凜華ちゃんやお母さんがいてくれたからもう大丈夫。それよりも、この手紙に返事を書かなきゃいけないんだけど、凜華ちゃんに代筆を頼んでもいいかな? ほら、私、手に力が入らないから……」
「え? 返事を書くの?」
私は思わず聞き返した。
「この手紙を持ってきてくれた鳥さんが返事を書いてくれっていうからね」
「鳥さん??」
ここは病院だ。鳥が入り込む余地はない。そもそも、伝書鳩でも使わない限り、鳥が手紙を持ってくるはずはない。「お姉ちゃん、それって……」といいかけて、…………、私は目を見張った。というのも、おねえちゃんのベットの上に、カラスみたいな黒い鳥が急に現れたからだ。大声で叫ばなかっただけほめてほしい。
「ヘンジクレ!」
黒い鳥はそう叫ぶと、赤いくちばしを動かして毛づくろいを始めた。お姉ちゃんはヘンテコな鳥をみて、にっこりと笑った。
「凜華ちゃん、オリバーデリバーはお手紙を届ける鳥さんなんだって。私、連絡先も教えていないのに、あいつからのお手紙を届けてくれたのよ。すごい鳥さんだと思わない?」
「ヘンジクレ!」
「ね? それでね、返事が欲しいみたいなの」
つっこみどころ満載だけど、お姉ちゃんは目の前に現れたヘンテコな鳥に手紙を渡したいということだけはわかった。
「…………わかった。……、何を書けばいいの?」
私は目の前の光景を理解することを放棄して、お姉ちゃんに言われたとおりに手紙を書くことにした。
*****
お手紙拝見いたしました
三年という時間は、気持ちが変わるには十分な時間でした
アップルパイは看護婦さんに焼いてもらってください
*****
「これでいいの?」
「うん。十分! ありがとね。この手紙をオリバーデリバーの前に置いてくれる?」
お姉ちゃんに言われた通り、私が書いた手紙をヘンテコな鳥の目の前に置いた。ヘンテコな鳥は器用に手紙をくちばしで加え、幼稚園バックのようなものの中に入れた。
「ダイキンクレ!」
「そうだったわね。……、凜華ちゃん、そこの引き出しに入っている折り紙をとってくれる?」
「折り紙?」
「金色と銀色の折り紙があったでしょ。代金はそれにしようと思って……」
金色と銀色の折り紙が代金?
私はお姉ちゃんに言われるまま、引き出しから折り紙を取り出して、ヘンテコな鳥の前に置いた。鳥は満足そうにそれを受け取ると、黄色い幼稚園バックのようなものの中にしまい込み、バサッバサッと羽を動かした。すると、大きな風が舞い上がって、あっという間に鳥は消えてしまった。
「…………行っちゃったね。………、これで、あいつのことを思い出しても、私も大丈夫だってわかったし……、…………オリバーデリバー、ありがと」
お姉ちゃんの小さな呟きに、私は「そうだね」と頷いた。
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