返信 「異世界に行っても仕事しろ!」


「うそだろ………」


 俺は、机に机にカラスの羽根のような黒い羽根で留められていた手紙に目を通して頭を抱えていた。


 昨晩、戸締りはちゃんとした。今も窓は閉まっているし、扉も開いていない。

 それなのに、この手紙が机の上にとめられていた。

 だから、この手紙がどこから来たのか、それが不思議で理解できないのだ。


「それに、この内容、いくらなんでも、非現実的すぎるだろ!」


 この手紙の送り主である三浦君と連絡が取れないものだから、とうとう俺の夢に出てきたのかもしれない。この状況は、娘が見ていたテレビの内容が脳にインプットされて、三浦君の無断欠勤の理由を異世界転移にしてしまいたいと思う俺の願望かもしれない。


 ――― そうだ。これは夢だ。


 目の前の光景を夢であると結論づけていると、俺の後ろでバサッバサッと鳥が羽ばたく音がした。俺は恐る恐る後ろを振り返ると、そこには俺の膝くらいまである大きな鳥が立っていた。真っ黒な羽はカラスみたいだ。真っ赤なくちばしは先がとがっていて、目は金色。真っ暗な闇の中で、ぎょろりと目が輝いている。そして、黄色い幼稚園バックのようなものを首からぶら下げていた。


 「ヘンジクレ」


 鳥は俺の向う脛をつつく。 夢だというのに、向う脛に痛みが走る。


 「ヘンジクレ」


 鳥が、もう一度俺の向う脛をつつく。


 「ヘンジクレ」

 「痛い! やめろ!」

 「ヘンジクレ」

 「痛い! やめろ!」

 「ヘンジクレ」


 鳥は向う脛をつつくのをやめない。


 「わ、わ、わかった! 返事を書くから! ちょっと待ってろ!」


 返事を書くという言葉を聞いた途端、鳥はつつくのをやめて、床に座り込むと羽づくろいを始めた。俺はもう一度、三浦君からの手紙に目を通した。


 事故ってなんだよ。

 会社を辞めるってなんだよ。

 ふざけんな!


 確かに、三浦君はここ2週間ほど、休みの連絡もないまま、会社に来ていない。

この手紙にあるように、俺は何度も三浦君の携帯に電話をいれたのは確かだ。


 そりゃそうだろう? 

 彼のデザインが、本庄大橋デザインコンペティションで最優秀賞をとったんだぞ??

   

 そりゃ、このコンペのために、三浦君にはかなり無理をさせて、俺と三浦君は深夜残業も続いた。仕方ないだろう。わが社は大手設計事務所と違って、橋梁の設計図を描けるのは三浦君と俺しかいない。それに、俺と違って三浦君には才能がある。


 これからだというときに、寝ぼけたことを言いやがって!

 俺にはない才能を持ちながら、仕事を辞めるだと? 馬鹿も休み休み言え!



 俺はふつふつと湧き上がってくる怒りを押さえながら手紙を書き始めた。


*****


 拝復


 お手紙拝見いたしました。ありがとう。

 三浦君の手紙の内容を理解するには少し時間がかかりそうなので、ここでは連絡事項のみを書きます。


 三浦君のデザインが本庄大橋デザインコンペティションでわが社初の最優秀賞に選ばれました。わが社初の快挙であり、上司である私もとても鼻が高いです。社長も社運を賭けた大プロジェクトにすると張り切っています。今後は、先方と細かい点をつめて、実際に本庄大橋の設計に移っていきます。そのため、退職願を受理するわけにはいきません。


 出社が難しいとのことなので、在宅勤務で仕事ができるよう手続きをしておきます。また、無断欠勤の分は社長にかけあい、長期休暇申請をしておきます。魔王討伐との両立が難しいのならば、正社員ではなくフリーランス契約の申請をしておきますが、いかがしますか? 


 そういえば、三浦君がいる世界は剣と魔法の織り成す世界なんだそうですね? ということはCADは使えないのでしょうか? それならば、手書きででも魔法でもいいので、設計図を描いて送ってください。データ化については私の方でなんとかします。


 三浦君には橋梁デザイナーとしての才能があります。魔王討伐もいいですが、三浦君のデザインした橋がこの世界の人々の生活に貢献することも忘れないでください。よろしくお願いします。


                                   敬具


三浦來斗様

    

*****


 ま、こんなもんだろう。


 手紙を書き上げると、俺の後ろでうずくまっていた鳥の目の前に置いた。鳥は器用に手紙をくちばしで加え、幼稚園バックのようなものの中に入れた。そして、「ダイキンクレ!」を叫んだ。


 代金?

 まあ、異世界に手紙を出すのにも金がかかるのか。

 夢だというのに、こんなところは妙に現実的だな。


俺が苦い笑いを浮かべながら「代金って何を渡せばいいんだ?」と聞くと、鳥は目を細めて「キラキラクレ! キラキラクレ!!」と答えた。


 キラキラしたものか。

 宝石なんてないしな。

 ビー玉はリビングのおもちゃ箱の中だしな。


 ふと、机の上に無造作に置かれていたクリスタルペーパーウェイトが目に留まった。


「これでいいか?」

「キラキラ!! クレ!」


 鳥は満足そうにそれを受け取ると、黄色い幼稚園バックのようなものの中にしまい込み、バサッバサッと羽を動かした。すると、大きな風が舞い上がって、あっという間に鳥は消えてしまった。





 朝、目覚ましの音で起きたとき、俺はなぜか机につっぷしたまま眠っていた。そして、クリスタルペーパーウェイトはなくなり、手紙と黒い羽根が机の上にあった。


「うそだろ………」




                      

 

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