第25話 来訪者③

「――貫け、蒼雷壊槍そうらいかいそう!!!!」 


 クレアはアリスの魔法を迎撃しているリリムに向かって、青白く輝く長槍を突き出す。

 刹那、青いいかづちが槍から放たれ、リリムを一直線に貫いた。


「――伏せるんだアリス!!」


「――っ!!」


 直後、耳をつんざくような雷鳴と共に衝撃波がクレアとアリスを襲う。しかし、一回目の蒼雷壊槍そうらいかいそうで二人は経験済みなので、受け身をとり衝撃を和らげる事に成功する。

 

 今度の蒼雷壊槍そうらいかいそう悪魔大蛇デビルバイパーを倒し損ねた未完成のものではない。 

 完成した蒼雷壊槍そうらいかいそうだ。

 その威力はこの国のどこかで眠っていると言われている、四大害獣の一匹をも退けることができるほど。これを生身の人間が受ければ肉片すらも残らずに灰と化すだろう。


「……大丈夫ですか?」


 クレアは技の反動で地面から立つことができなくなっていると、そこにアリスがゆっくりと近づいてくる。


「ごめん。アリス。レンの敵を横取りするような形になってしまった」


「――それは、構いませんが、本当にアレを倒せたのでしょうか」


「あの状況で蒼雷壊槍そうらいかいそうを避けるのはまず不可能だよ。悔しいことに、リリムはボクの事を敵とすら認識していなかったようだしね」


「そうですか……」


 リリムを倒せた事への喜びの感情はアリスからは感じられない。当然だろう。あれほど想っていたレンが殺されたのだ。

 かたきが死んだところでレンが生き返るわけではない。


「私はレン様の所に行きます……きっと、一人で寂しい思いをしている筈ですから。クレアはここで休んでいてください」


 アリスはそう言うと大空洞の奥へと歩き出す。アリスも相当な無理をした筈だが、その足取りには疲れを感じさせない。

 いや、今にも倒れそうな顔をしているのを見るに、レンの元へ一刻でも早く向かいたいという想いだけで動いているのかもしれない。

 それが達成された時、アリスも死んでしまうのではないか、そう不安に感じるほどには今のアリスは危うい。


「いや、アリス、ボクも行くよ。君一人じゃレンは抱えられないだろう?」


「……ありがとうございます」


 やはり心身ともにかなり限界の様だ。礼を言うアリスの顔からは生気が感じられない。


「……イテテテ……あー、よいしょっ……と」


 ここで自力で立てなければアリスは一人で行ってしまうだろう。

 技の反動で痛む身体に鞭を打ち、なんとか立ち上がるクレア。


「――待たせたねアリス……アリス? どうしたの――」


 先に歩き始めていたアリスが、突然その場に停止する。

 ついに限界が来たのかと思ったが、なぜアリスが歩みを止めたのか直ぐ理解することになった。


「……やってくれたね。今のは流石のリリムも冷や汗をかいたよ」


 アリスとクレアの目の前に蒼雷壊槍そうらいかいそうによって死んだ筈のリリムが再び現れたのだ。


「――嘘……だろ……」


「そんなガッカリしないでよ。こっちは驚いてるんだから。大したことないと思ってた槍のお姉ちゃんが、あんなとんでもない必殺技を持ってたんだからね。完全に油断してた。

 術を発動させるのが間に合わなかったら、間違いなく致命傷になっていたよ。

 誇っていいよ。この魔将リリムを一瞬とはいえ本気にさせたんだからね」


「……術だって……?! そんなもので完成した蒼雷壊槍そうらいかいそうを防いだって言うのか!?」


「そんなものとは失礼だなー。一応リリムの奥の手なんだけど?」


 リリムに目立った外傷が無いので、技を外した可能性を考えたが、どうやらなんらかの術を使い、技自体を無効化したらしい。

 当然だ、どれだけ早く動けても、生物が光の速さで動けるわけがない。つまり、普通であれば蒼雷壊槍そうらいかいそうを見てからの回避は不可能。


「それに今『魔将』って言ったのか……? その単語には聞き覚えがある……確か、三百年以上前に封印されたと言われている魔神の配下で、『将』の称号を持った魔族たちの総称」


「……へー、詳しいんだね」


「立場上、古い文献やら記録はいくらでも見れる環境にあったんでね。おとぎ話の類だと思っていたけど……それが本当なら大問題だよ。魔神の配下が今も存在していて、何が目的なのか知らないけど、このドラウグル王国に現れたんだからね」


「ま、リリムの事はどうでもいいんだよ。知ったところでお姉ちゃんたちは死ぬんだからね。

 でも、その前に、お姉ちゃんたちにいくつか訊きたいことができた。

 まずは、さっきの槍のお姉ちゃんの一撃、あれは称号すら持ってないような一介の冒険者風情が使えていい技じゃない。一体どこであんな技を習得したのかな?」


「教えないよ。教えたら今すぐ殺すんだろ?」


「そう。じゃあ、そっちの魔術師のお姉ちゃんに先に質問しようかな。お姉ちゃん、リリムと会ったことない?」


「……あなたみたいな人でなしとは会ったことも見たこともありません」


「うーん。それじゃあ質問を少し変えるね。『魔将』と会ったことはあるかな?」


「――無いで――――」


「嘘だね」


「――――っ!?」


 間髪入れずに嘘だと言われアリスは動揺する。


「今、リリムが『魔将』を名乗った時、リリムを見る目が変わった。それまではずっと憎悪の感情を向けていた瞳が再び怯えへと変わったんだよ。

 それはつまり、『魔将』がなんなのか、どういう存在なのかを知っているということ。

 これは槍のお姉ちゃんのように文献で見たとかそういうレベルの反応じゃない。

 確実に直接見ている。『魔将』の本質をね。だから怯えるんだ」


「――そ、それは……」


「お姉ちゃんこの国の人間じゃないでしょ。もしかしてレスタム王国の人間なんじゃない?」


「ち、ちが――」


 アリスはリリムに知られてはいけない何かがあるのか震える声で必死に否定する。


「図星だね」


「――っ……フ、フレイムア――カハッ……ゲホッゲホッ……!?」


「アリス!?」


 アリスはリリムの詰問に耐えられなくなったのか、火炎矢フレイムアローによる迎撃をしようとする。 

 しかし、アリスは魔法を発動させようとした瞬間、膝から崩れ落ち、口から血を吐きながら咳き込む。


「やっと魔力が無くなった様だね」


「まだ、まだ倒れるわけには――」


「もういいよ。大体わかったから。お姉ちゃんはレスタム王国の王族もしくはそれに近い一族だってことが。

 そして、直接死んだのを確認してない王族が居たのを今思い出した。

 そうでしょ? レスタム王国第三王女、アリス・レスタム」


「――な……アリスがレスタム王国の王女!?」


「どうやってここまで逃げてきたのかは知らないけど、レスタム王家に関わる人間は皆殺しにしなきゃならないんだよねー」


 リリムは双剣を抜き放ちアリスの首にぴたりと付ける。


「――逃げるんだアリス!!!!」

 

 アリスを守ろうとクレアは長槍を抜き、リリムに立ち向かおうとするが、うまく身体が動かず、その場に転倒してしまう。目の前でアリスが殺される。そう思っても今のクレアにはアリスの首が飛ぶのを黙って見る事しかできない。


「おやすみ、お姫様。リリムと遊んでくれてありがと!」


 アリスの首に当てられた双剣が振り抜かれ、鮮血を撒き散らしながらアリスの首が宙へ舞う――――と思われたが、リリムは無言で立ち尽くしている。


「――――驚いた。生きてたんだ?」


「よお、クソガキ。そして、さようなら」


 次の瞬間、リリムの華奢な身体が大きく吹き飛ばされ、大空洞の壁へと激突し轟音が鳴り響く。


「危なかったなアリス……ん? 幽霊でも見た様な顔をしてどうしたんだ?」


「――レ、レン様が――生きてるっ!?!!」


 アリスを殺そうとしていたリリムの顔面に向かって盛大な回し蹴りを放ったのは、なんと死んだと思っていた男、レンだった。


「――いや、勝手に殺すなよ」

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