第22話 再会

 クレアが放った槍の一撃は青白い閃光を上げながら大気を切り裂き、悪魔大蛇デビルバイパーに直撃する。


 まるで、雷が落ちた様な轟音が鳴り響き、凄まじい衝撃波が辺りを呑み込む。

 その余波で悪魔大蛇デビルバイパーから離れていたアリスも吹き飛ばされてしまう。


「――いたた……」


 アリスは痛む身体を起こし傷の状態を確認する。幸い腕や脚を軽く擦りむいた程度だ。 

 

 治癒魔法で一通り目立つ傷を治したところで辺を見渡すが、今の衝撃で砂煙が舞い上がっているため視界が悪く何も見えない。


「……すごい威力……これがドラグル王たちが繋いできた力……」


 クレアはこの土壇場で、王になるための力を自分のものにした。

 それがどれだけ難しいことか、今日会ったばかりのアリスには想像することしかできない。


 だが、これだけは分かる。

 クレアは賭けに、いや、自分自身に勝ったのだ。


「おーい! アリスー!」


 砂煙の中からアリスを探す声が聞こえる。どうやら彼女も無事な様だ。


「――クレア! 私はここです!」


「良かった! アリスも無事だ……あれ……?」

 

 クレアはアリスの元に来ると、寄りかかるようにして倒れてしまう。

 

「だ、大丈夫ですか……?」


「――大丈夫、大丈夫……! 慣れないことしたから、ちょっと疲れただけだよ」


 あれほどの技を使った後では流石のクレアも疲労困憊のようだ。

 怪我であればアリスの治癒魔法で治すことができたが、体力を回復させることはできない。


「クレア、私が見張りをしますので、ここで少し休んでいてください」


「でも……まだ魔物部屋モンスターハウスから出てきた大量の小鬼ゴブリンが近くにいる筈だよ」


「多分大丈夫ですよ。悪魔大蛇デビルバイパーのお陰で小鬼ゴブリンたちはしばらく寄ってこないと思います」


「確かに……じゃあ、少し休ませてもらうことにするよ」


 そう言うとクレアは壁に背を預け、その場に座り込んだ。


「――きゃっ!?」


「――な、なんだ!?」


 刹那、轟音と共に空洞内に瓦礫が飛散し、耳をつんざくような音が発せられる。


 音が発せられた方にアリスとクレアは目を向けると、悪魔大蛇デビルバイパーがアリスたちを睥睨へいげいしていた。


「――ダメだったのか……」


「どうしてですか!? クレアの技は悪魔大蛇デビルバイパーに直撃した筈です!!」


 あの威力の技が直撃して生物が生きていられるとは思えない。再び絶望の淵に立たされ、アリスは取り乱す。


「――不完全だったんだ。本来の蒼雷壊槍そうらいかいそうはこんなに無駄な破壊をする技じゃない。ボクが技の制御をしきれなかったせいで威力が分散し、悪魔大蛇デビルバイパーに致命傷を与えることができなかったんだ……失敗だ……」


 初めて使った技だ。仕方がないだろう。

 しかし、これで振り出しに戻ってしまった。 いや、状況は更に悪くなったと見るべきだ。

 クレアは技の反動でしばらくは動くことはできないだろう。

 

「どうすれば……」


 アリスは頭を全力で回転させ、打開策を考えていると悪魔大蛇デビルバイパーの様子がおかしいことに気付く。


「――これ以上何をするっていうんですか……!?」


 悪魔大蛇デビルバイパーは小刻みに震え始めるとメキメキと音を立てて姿が変わっていく。

 

 全身を覆っている漆黒の鱗が桃色に変色し、六つの目とは別にギョロっとした大目玉が額に開眼する。

 更には頭から触手の様なものが髪のように生え始め、口元が裂け、大きな牙が剥き出しになる。


 悪魔大蛇デビルバイパーはあっという間に悪魔と呼ぶに相応しい風貌へと変化した。


「――形態変化か……!?」


「形態変化……?」


「魔物には稀に自分の姿形を変えるものがいる。その理由は様々だけど、戦う時に姿を変えるタイプは戦闘能力の大幅な強化。

 ……本来の姿は魔力消費量が激しいから戦う時にしかならないんだ」


「つまり、今まで悪魔大蛇デビルバイパーは戦いとすら思っていなかった、ということですか……まるで遊ばれているような気分です」


「実際遊びだったんだろうね。でも本気にならざるをえなくなった。形態変化がその証拠だよ。奴の胴体を見るんだ」


 アリスはクレアに言われた通り、悪魔大蛇デビルバイパーを見ると、丸太のように太い胴体の一部分が黒く焼け焦げ、肉が大きく抉れていた。


「鱗が桃色に変色するまで気付かなかったけど、不完全とはいえ、蒼雷壊槍そうらいかいそうの一撃を受けて無傷とはいかなかったようだね」


 悪魔大蛇デビルバイパーにももう余裕は無いというわけか。

 それならまだ勝機はあるかもしれない。


「――だから、アリス。ボクを置いて逃げるんだ」


「――え……?」


「あの傷じゃアリスが逃げても深追いはしてこない。ボクが注意を引けば絶対に逃げ切れる」


「なら一緒に逃げましょう!」


「今のボクは足手纏いにしかならない……深手を負っているとはいえ、形態変化した悪魔大蛇デビルバイパーからお荷物を抱えて逃げるのは不可能だ……」


「でも――」


「アリス……! お願いだ……もう時間は無い……!!」


 決死の形相でクレアはアリスに懇願する。

 

「――そんな、そんなことを言われても……! 私は、私は……!」


「怒鳴ってごめん……でももうこれしかない――そうだ……最期にギャンツさんに伝言を頼めるかな?」


「――伝言……?」

 アリスは溢れそうになる涙を必死に堪えクレアの言葉を聞き漏らさないよう意識を集中させる。


「……ボクは、いや、私は――」


 クレアが遺言を言いかけたその時、大空洞内に再び轟音が鳴り響く。


「邪魔くさい小鬼ゴブリン供を避けて通れるなら、最初から壁をぶっ壊して進めば良かったなあ!!!!」


「――レ、レン様!?」


 アリスが会いたくて会いたくて仕方がなかった相手が今、大空洞の壁を悪魔大蛇デビルバイパー以上の規模で破壊し、唐突に現れる。


「その声は……アリスか!?」


「レン様ぁぁぁあmあああああ!!」


 レンの姿はかなりボロボロだが、レン自身に怪我は無いように見える。

 それを見てアリスは今まで溜めていた感情が決壊した。

 

「……あれがアリスの探していたレンか――危ない!!」

 

 再会を果たしたレンとアリスだが、このダンジョンの主がそれを黙って見ているわけもなく、レンに向かって無慈悲にも攻撃を仕掛ける。


「おわ!? なんだこの化け物は!?」


 レンは悪魔大蛇デビルバイパーの高速で伸縮する腕の攻撃を紙一重で躱す。


「気を付けてくださいレン様! その魔物はこのダンジョンの主です!」


「――ダンジョンの主がなぜこんなとこに……まあいい。お前をぶっ飛ばしてこの迷宮からさっさと脱出だ!!」




〜〜〜




「遅すぎる!!」


 レンは高速で襲い来る悪魔大蛇デビルバイパーの腕を躱し掴まえる。

 そして思い切り後ろに引っ張り、根元から引きちぎった。

 すると、悪魔大蛇デビルバイパーは絶叫を挙げながら、無数にある腕をレンに向かって射出する。しかし、縦横無尽に立ち回るレンを捉えることができず、レンに腕が捕らわれ続け、次々と引きちぎられていった。


「――彼、すごすぎない……!? 悪魔大蛇デビルバイパーが力負けしてるんだけど……」


「だから言ったじゃないですか! レン様はすごい人だって!」


 魔物部屋モンスターハウスに落ちたというのにレンの生存を信じてやまなかったアリス。

 現実を見れないだけだとクレアは思っていたが、レンの戦いぶりを見た今なら魔物部屋モンスターハウスからの生存も可能だと思えた。

 

「――これじゃどっちが化け物か分からないね……」




〜〜〜




 調子がいい。あの魔物部屋モンスターハウスを脱出してから、いや、あのゴキブリたちと戦ってる時から、レンの調子は上がり続けていた。


 別人の身体で異世界で覚醒したレンは以前の、龍園蓮の身体とのギャップによる違和感を感じていた。


 それがこの蛇魔じゃまの迷宮に来て、戦っていくうちに徐々に薄れつつあった。

 決定的になったのはゴキブリたちとの長時間の戦闘。

 おそらく身体を全力で動かし続けたことで、身体がレンに馴染んだのだろう。


「今ならなんだってできそうだ!!」


 レンは悪魔大蛇デビルバイパーの最後の腕を引きちぎり、跳躍する。


「鬱陶しい腕が全部無くなったようだな蛇野郎」


 悪魔大蛇デビルバイパーはレンの挑発が伝わったのか激昂し、桃色の皮膚を真っ赤に染め上げ、自身の裂けた大口をレンに向ける。


 次の瞬間悪魔大蛇デビルバイパーの口から猛毒のブレスが吐き出された。


「そんな攻撃が当たるかああああ!!!!」


 レンは大空洞の天井を蹴り悪魔大蛇デビルバイパーのブレスを身を翻しながら回避、その勢いで悪魔大蛇デビルバイパーの懐に潜り込んだ。


「だあああああああああああああッ!!!!」


 レンは悪魔大蛇デビルバイパーの胴体を両腕を交互に突き出し連続で殴り続ける。

 レンの拳と悪魔大蛇デビルバイパーの硬い鱗が衝突し、凄まじい打撃音が大空洞に響き渡る。


「終わりだあああああああああッ!!!!」


 流石の悪魔大蛇デビルバイパーもこの猛攻には耐えきれず、次第に胴体が崩壊していき、空中に血肉をぶち撒け爆散した。




〜〜〜





 悪魔大蛇デビルバイパーを倒したレンはアリスの元へと向かう。


「レン様――!」


「おおう!!?」

 

 するとアリスがレンに向かって飛びついて来た。

 それを優しく抱き留めるとアリスはレンの胸で泣き始めてしまう。


「――あ、アリス……?」


「本当に、本当に心配したんですからね……」


「……悪かった。それと、ただいまアリス」


「おかえりなさい……レン様……っ!!」


 アリスはレンの胸から顔を上げると涙を拭い微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る