第20話 悪魔大蛇VS二人の王女①

「――こっちであってる?!」


「ハア……ハア……そこを右に曲がった先です!」


 悪魔大蛇デビルバイパーに背を向け、アリスとクレアは通路の奥へと駆け抜ける。


 あのまま悪魔大蛇デビルバイパーと戦えば近くにあった魔物部屋モンスターハウスの壁まで破壊されかねない。

 なので、近くに危険が無い、広い場所へと悪魔大蛇デビルバイパーを誘導することにした。


(一番は悪魔大蛇デビルバイパーが私たちを追うの諦める事ですが……それは流石に無理な様ですね)


 当然、悪魔大蛇デビルバイパーがこのままアリスたちを逃してくれるわけもなく、狭い通路に己の巨体を捩じ込み、壁を破壊しながらアリスたちを追って来る。

 このままでは直ぐに追いつかれてしまうが、なんとか、悪魔大蛇デビルバイパーの餌食になる前にアリスたちは目的の場所へと到着する。


 この場所は全長五十メートルを超える悪魔大蛇デビルバイパーが暴れても問題ないほどの広さがある大空洞だ。大きな岩や石の柱など、隠れながら戦えそうな場所も多い。


 アリスがエターナルマップを見た記憶では、この辺りで一番悪魔大蛇デビルバイパーと戦うには最適な場所だろう。


「アリス、今のうちに息を整えておいて」


「……クレアさん、何をする気ですか……?」


「まともに戦ったら絶対に勝てないからね。ここにアレが来たら不意打ちで一発入れようと思う。さっきも見せたろ? 先手必勝だよ」


 さっきとはアリスを助けてくれた時の事を言っているのだろう。

 確かにあの不意の一撃によって悪魔大蛇デビルバイパーから逃げる事ができた。

 今回もそれが決まれば、大きな隙を作ることは可能かもしれない。


「――来た!」


 クレアは悪魔大蛇デビルバイパーの破壊音を聞き、今通って来た通路へ向かって走り出す。


 次の瞬間、通路が爆散し、悪魔大蛇デビルバイパーが姿を現す。


「はあああああああ!!」


 クレアは悪魔大蛇デビルバイパーの頭が大空洞内に入ってきたのを見ると、壁を蹴り跳躍、鼻先に向かって長槍を突き出す。

 しかし、悪魔大蛇デビルバイパーは首をしならせ、クレアの一撃をすんでのところで回避した。


「――な!?」

 

 回避されるとは思わなかったクレアは驚きの声を上げる。


「なんて筋力……あんな大きな頭で今の一撃を回避するなんて……」


 アリスから見ても完璧な一撃に見えた。しかし、悪魔大蛇デビルバイパーは至近距離で放たれたクレアの一撃を見た後に、回避したのだ。

 あの巨体では考えられないほどの俊敏さだ。


「ならもう一発!!」


 クレアは身を翻し、もう一度長槍を振るおうとする。しかし、完全な不意打ちすら通用しなかった悪魔大蛇デビルバイパーに当たるわけもなく、長槍は虚空を切り裂いた。


「――まっず!!」


 二撃目を外し体勢を崩したクレアに向かって、悪魔大蛇デビルバイパーが大口を開け、凄まじい速度で突撃して来る。

 しかし、クレアは長槍を持った手とは逆の手で身体を支え、バク転しながら悪魔大蛇デビルバイパーの攻撃を紙一重で回避する。


「――あっぶなー……」


 クレアが立っていた場所を見ると、悪魔大蛇デビルバイパーに噛みちぎられ地面が抉れている。

 この顎の力で噛み砕かれていたらと思うとゾッとするが、問題はそれだけではない。


「――あれは、毒ですか……?」


 抉れた地面が一部、溶けているのだ。

 おそらく、悪魔大蛇デビルバイパーの強力な毒によって融解したのだろう。


 見つけた獲物を鋭い牙と顎で噛みちぎり、それで死ななければ、流し込んだ強力な毒で殺す。

 まさに『悪魔』と呼ばれるに相応しい魔物だ。


「……掠っただけでも死んじゃうなこれ……だからって諦めるつもりは無いけどね。

 アリス! 援護お願い!」


 再びクレアは悪魔大蛇デビルバイパーに向かって地面を駆ける。

 

「分かりました! 火炎矢フレイムアロー!!」


 アリスは炎で構成された六本の矢を放つ。

 狙いは悪魔大蛇デビルバイパーの胴体だ。


(頭を狙った方がダメージを与えられるかもしれませんが、クレアさんの一撃を躱した以上、私の魔法など当たらないでしょう。なら、あの大きな長い胴体に確実に当てます)


 アリスの放った火炎矢は放物線を描きながら、狙い通り悪魔大蛇デビルバイパーの胴体に着弾し炎上する。

 すると、悪魔大蛇デビルバイパーは燃え上がった胴体をうねらせ火を消そうとする。


「――クレアさん!!」


「分かってる!!」


 その一瞬を突いてクレアは跳躍し、先程は避けられた頭部に向かって槍による連撃を放つ。


「はあああああああああああああ!!!!」


 クレアの高速の突きに悪魔大蛇デビルバイパーの頭部が吹き飛ばされ、壁に激突し、瓦礫が崩れ落ちる。


「どうですか!?」


「――ぐ、やっぱり硬いな……これじゃ、ボクの腕か槍が先にイカれそうだよ」


 悪魔大蛇デビルバイパーを長槍で圧倒した筈だが、手応えが悪かったのか、クレアの表情は芳しくない。

 

「アリス! 今の攻撃ぐらいじゃ悪魔大蛇デビルバイパーは直ぐに起き上がってくる!  警戒を!」


「はい!」


 クレアの言う通り悪魔大蛇デビルバイパーは崩れた壁から頭を引き抜き持ち上げる。

 その姿にダメージを受けた気配は無い。


「――困りましたね……」


「……ボクの槍もアリスの魔法も全然効いてないみたいだ」


 いや、まったくダメージが無いわけではないだろう。

 魔法が直撃した場所は焼けて鱗が黒ずんでいるし、鼻先は槍の一撃で傷ができている様に見える。

 しかし、どれも悪魔大蛇デビルバイパーに有効なダメージを与えられなかったのは明らかだ。

 全身を覆う硬い鱗に攻撃が全て防がれてしまったのだろう。


「クレアさん一旦引いて――」


 突如、悪魔大蛇デビルバイパーが強烈な咆哮を上げたため、アリスの言葉が掻き消される。


「――きゃ!?」


「――うっ!?」


 鼓膜が破れるかと思うほどの音に、咄嗟に耳を塞ぐ二人。

 どうやら、今のアリスたちの攻撃で悪魔大蛇デビルバイパーの怒りを買ったようだ。


 咆哮が鳴り止むと、悪魔大蛇デビルバイパーに異変が起こり始める。

 なんと、丸太の様な胴体の至る所が隆起し始め、鱗の隙間から新たな肉が形作られ始めたのだ。


 盛り上がっていく太い肉の塊は、次第に四つに分岐し指のような形になる。

 そして、指の先には凶悪に曲がった爪が現れ地面に突き立つ。


「……頭だけでも厄介なのに腕まで生えてくるとか勘弁してくれ……」


 生えてきた腕は全部で十二本。腕の長さは三メートルほどだろうか。


 そうアリスが悪魔大蛇デビルバイパーに生えてきた腕の分析をしていると、突如その腕が縮み始めた。


「――アリス避けろ!!」


 クレアの叫びと同時に、悪魔大蛇デビルバイパーの縮んだ腕が勢いよくアリスに向かって伸びてくる。


「くっ……」


 アリスは鋭い痛みに声が漏れる。

 クレアの声に反応して咄嗟に横に飛んだが、回避しきれずに肩を抉られてしまった様だ。

 流血する肩が灼熱の様に熱い。


「アリス!」


 クレアは高速で伸びてくる腕を長槍で弾きながら、アリスの元に駆けつける。


「――血が……」


 クレアはアリスの肩を見て顔を顰める。


「だ、大丈夫です……少し、掠っただけなので」


「肩を貸して」

 

 クレアは倒れたアリスを担ぎ、岩陰まで運んでくれる。


「治せる?」


「……はい」


 ズキズキと心臓の鼓動に合わせて痛む肩を抑え、アリスは治癒魔法をかける。

 幸い爪には毒がない様なので外傷のみだ。もし、毒があったら治癒魔法では解毒できなかった。


「――まさか、腕が伸びてくるとは……油断しました」


「あの腕は厄介だね……これでより一層、悪魔大蛇デビルバイパーに攻撃するのが難しくなった」


「先程のように、私が魔法で悪魔大蛇デビルバイパーの気を引き、その隙にクレアさんが接近するのはどうでしょうか?」


「いや、おそらく悪魔大蛇デビルバイパーは一度見た攻撃は通用しない。ボクの槍ももう完全に見切られただろうね……それに、当たったとしてもあれのダメージじゃ一生倒すことはできない」


「――そんな……」


 クレアの長槍による攻撃が通用しないのなら、生半可な魔法で悪魔大蛇デビルバイパーを倒すのは絶対に無理だ。

 アリスが使える最大の魔法を全力で放てば、ダメージを与える事も可能かもしれないが、アリスとクレアも巻き込まれてしまうだろう。


「アリス、そんな顔しないで。まだ手がないわけじゃない。あれを倒す方法は一つだけある」


「本当ですか!?」


「うん……でもこれは賭けになる。失敗すれば間違いなくボクたちは死ぬ」


「構いません。他に策も無いですし、その賭け、私も乗ります!」


「ふふ……アリスならそう言ってくれると思ったよ!」

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