第6話 王女
「そろそろ日が暮れてきます。龍影の森は魔物は少ないですが、森の中を夜間に移動するのは危険です。この辺りで野営をしましょう」
まだ明るいが野営の準備を早めに行わないと、あっという間に森に日が届かなくなるらしい。
ということで、レンはアリスに言われるまま、焚き火に使う木の枝を集め、夕食の準備を手伝う。
夕食といってもアリスが持っていた、干し肉や硬いパンなど保存の効く物だ。お世辞にも美味しいとは言えない。だが、食べれるだけマシだろう。
「王都まで一週間以上かかるなら、食料もどこかで調達するのか?」
アリスと焚き火を囲み、干し肉を噛みちぎりながら今後の話をする。
「何かあった時に備えて、食料は多めに持って来ているので、一週間程度なら問題ありません。
レン様の分もアルネルの分だった食料があるので、大丈夫ですよ」
「なんだか悪いな。案内してもらってるのに、食料まで分けてもらって」
「何を言ってるんですか! 命の恩人なんですからこれぐらいは当然です!」
恩義を感じてくれてるのは分かるが、レン自身、大したことをしたとは思っていない。
だが、これを言うとまたアリスに怒られそうなので。今は黙って好意に甘えよう。
良くしてもらった分、アリスの助けになればいいのだ。
「……とはいえ、今のところ俺にできることは荷物持ちぐらいだけどな」
「……? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。そういえば、まだアリスが旅をしている理由、聞いてなかったな」
見るからに、いいとこのお嬢様という感じのアリスが、こんな盗賊が出る様な森を、護衛一人で横断しようとしてた理由はなんだろうか。
「――それは……」
アリスの表情が曇る。あまり人に聞かせたい話ではないのかもしれない。
「話したくないなら――」
「いえ、レン様に隠し事はしたくありません。 ですが……これを話すことでレン様にも危険が及ぶかも……」
「そんなに深刻なのか……? もしかして、盗賊に襲われてたのも、それが関係するとか?」
アリスは沈黙する。レンの身を心配して話すべきか迷っているのだろう。
「大丈夫だアリス。話してくれ。何か力になれるかもしれない」
「――分かりました……レン様がそう言うのなら……実は、私、レスタム王国という国の王女なのです」
「オウジョ……?」
「はい、王女です」
レンは言われた意味が一瞬理解できなかった。オウジョとはなんだろうか。
ドジョウの一種だろうか。
「――レン様……?」
「え? ああ……大丈夫だ」
思考が止まっていると、アリスに現実に引き戻される。
ただでさえ、魔物だの冒険者だのと言われて頭の整理が追いついていないのに、ここにきて助けた少女が実は一国の王女ときた。
そろそろ脳みそがパンクしそうだ。
「すみません、驚きましたよね。隠すつもりはなかったのですが、言い出すタイミングがなくて……」
「――貴族令嬢かなとは思ってたけど、まさか王女様とはな……」
豪奢な馬車に綺麗なドレス、そして目を惹かれる美貌、王女と言われれば納得のいく部分もある。
「それで、なんで王女様が護衛を一人しか付けず、ましてや、こんな盗賊が出るような森を通って他国に来たんだ?」
「……国を捨てて逃げてきたのです」
「逃げてきた……?」
「……はい……レスタム王国内で、クーデターが起こり……」
アリスを鎮痛な面持ちで語る。声に覇気はない。
「――クーデター? そうか、それなら危険を冒してでも他国に逃げた方が安全かもな」
クーデターなら王女という立場上、命を狙われてもおかしくない。
護衛が一人だったのは、国外に逃げるアリスにまで回すほど兵が足りなかったからか。
何をしたらそれほどのクーデターが起こるのか見当もつかないが。
「それで、他の王族はどうしたんだ? 別々に逃げたのか? 王は流石に国に残ってるだろうけど……」
「……いえ、王である私の父はおろか、私以外の王族は全員処刑されました」
「――え……?」
アリスの衝撃的な一言で、レンの思考は停止する。
「私はアルネルに連れられ、なんとか戦火に飲まれる前に逃げることができました。ですが、逃げれたのは私だけです。
その私も龍影の森で待ち伏せに遭い、レン様に助けていただかなければ、死んでいましたが……」
「――ちょっと待ってくれ、全員処刑されただって……? じゃあアリスの家族はもう……」
「私は、王家の中でも異質な存在だったので、誰からも、血の繋がった父にすらも愛されず
ですので、家族を失ったとは思っていません」
強がっている様には見えない。本当に家族とは思っていない様だ。
実の娘を虐げるとは、とんでもない親がいたものだ。
「ですが、処刑されたのは納得できません」
「事情は分からないが、実の娘であるアリスを
虐げるような王なんだろ? 処刑されるようなことをしてきたんじゃないのか?」
「いいえ……王は国を愛し、国民のことを第一に考える人でした。国民にとって良き王だったと思います。
私も王家に生まれていなければそう思っていたでしょう」
「じゃあ、なんでクーデターが起きたんだ?」
「何が火種になったのか、それは分かりません。
気づいた時には、国中で反乱の火の手が上がり、あっという間に王都を飲み込みました」
王都に反乱の情報が届く頃には、既に手遅れだったということか、クーデターを引き起こした人物は相当なやり手だ。
「――話が逸れてしまいましたね。
クーデターが成功してしまった今、それを考えても仕方がありません。
私にできることはありませんし、王家の生き残りとして、国を取り戻そうなどとも思いません。
私はアルネルに生かされ、レン様に救われたこの命で精一杯生きるだけです」
「――そうか。そうだな。それがいい」
最初レンから見たアリスは、か弱い一人の娘だった。だがそれは勘違いだった。彼女は強い。レンなんかよりもずっと。
「ですが、私が王家の生き残りである事は変わりません。新しく玉座に就いた者は、私が生きていることを
「それは――そうだろうなあ」
「なので、ここよりももっと遠い国に亡命する事こそが、私のこの旅の目的です。
世界で唯一の家族と呼べる存在だったアルネルを失って、私は独りになってしまいましたが……彼女を忘れず生きる事が、私が生きる意味だと思うので」
アリスの瞳は涙で潤むが、その奥では揺るがない決意と生き抜くことの覚悟が見えた。
「アリスは一人じゃないさ」
「――え……?」
「俺がいる」
「――っ!!」
「俺はアリスに街まで案内して貰ったら、仕事を探して適当に生きてくつもりだった
だけど、そういうことなら俺はアリスに付いて行くよ」
レンのこの世界での生きる目的は、亡き朝比奈への贖罪のためだ。この命でできるだけ多くの救える命を救う。
ただの自己満足かもしれないが、朝比奈を死なせてしまったレンには、そうする事でしか償う事ができない。
なら、命を狙われ、追われてるアリスを一人で行かせるわけには行かないだろう。
いや、アリスを守りたいのはそれだけが理由じゃない気もするが。
とにかく彼女を守る事が贖罪への第一歩だとレンは考える。
しかし、アリスからの返事は無い。もしかして嫌なのかと思い一瞬焦るが、どうやら違う様だ。
「いいのですか……? 私は追われてるのですよ?」
「なら尚更だ」
「――私と一緒にいても、きっと後悔しますよ……?」
「それは、一緒にいなきゃ分からないだろ。
それに俺も一人だ。
家族も友人も知り合いすらもいない。
どうせ一人で生きて行くなら、アリスと一緒に旅をした方が楽しそうだ」
そう言ってレンはアリスに笑いかけると、アリスは大粒の涙を流した。
「――どうした!? 大丈夫か!?」
「すみませんっ……嬉しいです……そんなこと言われると思ってなかったから……私も、私もレン様と一緒に旅がしたいです……っ!」
涙を拭いアリスは力強く言う。
「じゃあ決まりだな! 改めてよろしくアリス!」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします! レン様!」
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