第3話 海と老婆02/02。

サンスリーが来て2週間。老婆は日に日に弱っていく。

だが、老婆はそれしか知らないように窓辺の椅子で外を眺めている。


「いいのか?」

「ええ、ご主人様が海に連れて行ってくれるって、大昔に約束したのよ。だから裏切れないわ」



ありえない約束。

だが老婆は40年もその約束に縋っていた。


サンスリーは「そうか、気が変われば言ってくれ」と言って老婆の家を後にした。


その日は普段と違っていていた。

後をつけてくる者がいる。

物乞いか追い剥ぎか、何がくるのかと思ってみたら、小綺麗な見なりの老人とその子供と孫だろう。


「なにか?」と聞くサンスリーに、老人は「何を余計な事をしようとしているんだ!」と声を荒げてきた。

サンスリーは「余計な事?」と聞き返して、話を聞くと老人は老婆の弟だった。

平たく言えば、老婆があの家を出ると世話人達も老人の家族も、全員が保証を失って路頭に迷う事になる。それなのに海に行けなどと、無責任な事を言うなという話だった。


よく言えたモノだ。


サンスリーが「恥ずかしくないのか?」と聞くと、老人達は聞かれた意味もわからずに、意味を聞き返してくる。


「未来があった少女の足の代わりに散々養ってもらって、最後の時すら縋って、恥ずかしくないのか?権力者はもう老い先短い。あの老婆もそうだ。後数日しかもたない。どのみち自活できなければ、まともな生活もお終いだ」


老人達はサンスリーの言葉に真っ赤になって反論してきたが、全て的外れな反論で、聞いていて笑えてきてしまった。


この中で1番切羽詰まるのは孫だ。

老人は財産を食いつぶせば逃げ仰せられる。

親達も人生の後半は辛いが、孫は初めだけ楽で、後が辛いなんて想像もできない。


孫は「いいから二度と近付くな!」と言いながら、ダガーナイフをチラつかせてきた。

散々戦闘用として育ったサンスリーからしたら鼻で笑いたくなる。

新品同様であくまで護身用。よくて脅迫用だろう。


「路地裏とはいえ、街中で抜く覚悟はあるのか?」

「婆さんがいれば大体の事は不問だ!」


老婆の恩恵は衣食住だけでなく、街での暮らしにまで及んでいた事を理解したサンスリーが、ダガーナイフをひと睨みすると、次の瞬間にはダガーナイフは折れていた。


「ひっ!?」と情けない声を上げた孫を、無視して帰るサンスリーの背後からは、「絶対に邪魔をさせないからな!」と老人の絶叫が聞こえてきていた。


それから4日後。

老婆は定位置にも就けずにいた。

サンスリーに気付くと「ごめんなさい。今日は調子が悪いみたい」とベッドで言うが、すぐに意識が混濁して苦しみの声を上げている。


その中で、うわごとのように「足…」「海…」という老婆の声を聞いて、サンスリーは「了解した」と言うとベッドから老婆を抱き上げて、「海に行くぞ」と続けた。

老婆は軽く物のように背負うと、世話人の少女が「行かせない!その人がいなくなったら私は殺される!」と言って剣を抜いてきた。


確かに身のこなしや立ち振る舞いは訓練を受けた者のソレだし、先日の孫とは比べ物にならない。

だが、サンスリーは事もなく世話人を無視して歩き始める。サンスリーの背後で剣を振りかぶる世話人に、サンスリーは「どのみち殺されるなら早くても問題ないな」と言うと、次の瞬間には剣共々世話人は細切れに変わっていた。


サンスリーは少し思い違いをしていた。

権力者は兵達を出してきて、サンスリーを制止させようとした。

中隊規模の兵士達に囲まれて、権力者の名前を出されれば普通なら降参をする。

しかも細切れに変えた世話人の事すら不問にするから、今すぐ立ち去れと言われれば、普通なら二つ返事で老婆を置いて立ち去るのだが、サンスリーは「これも仕事だ」と言って【自由行使権】を収納魔法から取り出して中隊長に見せると、中隊長は顔を強張らせる。

サンスリーのやる事を全て不問とする事が書かれていて、世話人を殺す事も老婆を連れ去る事も自由で、この先の話で言えば権力者同士の話になる。


自由にしていいサンスリー…【自由行使権】を用意した主人と、自由にさせないこの街の権力者の話。


逮捕や投獄は出来ないが、足止めや殺害は許されるので、中隊長は剣を抜いて「それでも老婆を置いていけ」と言うと、サンスリーは「押し通る」と言ってから、「レンズ」と声をかけると光が放たれて中隊長を貫き殺した。


「来てくれたな。だがまだ弱い。光の軌跡が丸見えだ。俺は海を目指す。レンズは周りの連中を蹴散らしてくれ」


サンスリーは老婆を背負って軽々と走り街を出る。追走する者は、全てレンズが片付けていた。


1日程海を目指した。

サンスリーが本気で走ったので、馬以上の速さで海を目指せたが、それでも老婆の最後には間に合わなかった。


空気はだいぶ変わり、磯臭さが出てきた。


老婆は弱々しく「海?」と呟き、サンスリーが「ああ、もうすぐだ。匂いがするだろ?」と言うと、老婆は「ああ、来られた。これが海。ありがとう」と言って息を引き取った。


何を意味するかはわからない。

だがサンスリーはキチンと穴を掘り老婆を埋葬して見続ける旅を再開した。

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