第20話 自分を殺す

「おい」


 二人の前に立った俺はリースへと声をかけた。

 すると、フェルディナンが片眉を吊り上げて前へ出てくる。


「なんだ? 貴様は。私に何か用か?」

「用があるのはそっちの女だ」


 リースはフェルディナンの陰に隠れつつ、鋭い眼光を飛ばしてきた。

 

「俺のこと、覚えてるよな? なんでルーシーから乗り換えてんだ?」

「はぁ? なによ。アンタに関係ある?」


 ない。正直言って口出す権利はない外野だ。

 だがそれでも、俺は何も言わずにはいられなかった。

 

「リースは私が決闘で勝ち取った優秀な従者だ。誰にも文句を言われる義理はない。それとも貴様もリースを従者として迎えたいということか?」


 アホか! そんな見えてる地雷を誰が欲しがるってんだ。


 俺はリースに向かって睨み返す。

 

「ルーシーは友達だったんだろ。なんで見捨てた」

「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。あの子よりフェルディナン様の方が強いから私はこの方と一緒にいる。それだけよ」

「それを見捨てたっていうんだ。ドールに乗る二人は一蓮托生だ。そう簡単に乗り換えていいもんじゃない」


 そう、ゲームでもドールに乗る騎士と従者の信頼度は戦闘力に直結していた。

 どちらかの戦闘力による変化はあるものの、基本的には一度決めた組み合わせで進めるのが正攻法である。

 

 それはゲームの中での話、と言われればその通りだが、実際にドールに乗ればどれだけ騎士と従者の相性が重要かはわかるはずだ。

 だが、そんなことは関係ないとばかりにリースは吠える。

 

「うるさいわね! アンタに説教されるいわれはないのよ! 行きましょう? フェルディナン様」

「そうだな。私も古臭い思想に興味はなくてね。失礼するよ」


 そう言って、二人は俺の横を通り過ぎた。

 しかし、去り際、フェルディナンが俺の背中に向かって言う。


「あぁ、もしこの事に異議があるなら私に決闘を申し込んできたまえ。まぁ、私に勝てるとは思えないがね。はっはっは!」


 教科書に乗せたいくらいのお手本のような高笑いだ。

 俺はそれを聞きながら、その場に立ち尽くしていた。


 しばらくして、陰に隠れていたルーシーが俺に声をかけてくる。


「グレンさん……」

「お前、悔しくないのか」


 沈黙が返ってきた。


「自分の相棒取られて悔しくないのか!」

「悔しいですよ! でもどうしようもないんです! ドールは一人じゃ動かない! アタシは一人じゃなにもできないんですよ!」

 

 俺が語気を強くして言うと、堰を切ったようにルーシーが叫んだ。


「じゃあ探せ! お前と組んでくれる本当の相棒を!」

「無理ですよ! 平民出身のアタシと乗ってくれる人なんていない! アタシにはリースしかいなかった! こんなアタシには……!」


 ルーシーは拳を握りしめて、ポロポロと泣き出してしまう。

 俺自身もやり場のない怒りに「くそっ!」と悪態をつくことしかできない。


「まぁまぁ、お二人とも。ここで怒鳴り合っていても仕方ありませんわ。貴方様、無理を言っては駄目。ルーシーも、そんな風に自分を卑下してはいけませんわ」

 

 セレスが俺たちの背中に手を当てて宥めてきた。

 俺はいったん深く息を吸って、冷静になるよう努める。


 そこで、いったんは俺たちは解散することにした。

 俺も一人になって考えるべきだと思ったからだ。


 従者と自信を失った主人公に、奪ったリースを従者としたフェルディナン。そして、肩を落として一人歩いていたヒロイン。


 ゲーム通りに進んでいない世界で、俺ができることはなにか。


 俺は一人、校内をうろつくことにした。



 ◇   ◇   ◇



「なぁ、ペル」


 俺は人気のない学校の敷地内を歩きながら、腕輪に向かって話しかける。

 すると、ややあってから、宝玉が光って絵文字が映し出される。

 

『なんだ、マスター🥱』

「欠伸すんな。……俺はどうしたらいいと思う? 俺の知ってる未来ってのも怪しくなってきたぞ」

『またまた悩みか。マスター😩』


 悩んでばっかで悪かったな!

 

 けれど、こういうときに相談するのは決まってペルだ。

 自分の考えを整理するにもこいつと話すのが一番だと俺は感じていた。


 それは唯一、俺が転生者だと知っているのがペルだから、という理由もある。

 

「正直言うとな。俺はルーシーが自分でなんとかしなきゃならないことだと思ってる。けど、今のあいつにはそれができるようには見えない」

『あの個体は将来的に敵になる可能性があったとしても、成長を促したい。そう考えているのか😯』

「敵にならない可能性だってあるだろ。それに結果的には世界を救うのはあいつだぞ」


 そう。悪の組織【ヘリオセント】を壊滅させるのはルーシーだ。

 自覚はないだろうが、あいつには仲間を惹きつけて、決意を共にさせる勇気がある。カリスマがある。強い正義感がある。

 今は鳴りを潜めているその才能を、どうにか開花させてやりたい。


 それは俺個人のエゴなのかもしれないが。


『当方に未来はわかりかねる。だが、使うには気恥ずかしい言葉だが、運命というものも存在すると推測する👼』

「運命に委ねよってか?」

『否定。干渉できるのならばするべきだと当方は判断する👌』

「その心は?」

『その方が面白い🤣』


 俺は勢いよく腕輪にチョップを入れた。

 

 人が悩んでるっつーのにこいつは……。

 

 だけど……そうか。面白いか。二度目の人生、せっかくドールに選ばれた稀有な運命。そして、隠しボスに魅入られてしまった俺の選択。


 セレスに毒されているのかもしれないが、どうせなら『面白い』方向で動くのもありかもしれない。


 世界がゲーム通りに進まないのなら、わざわざそれにのっとって動く必要はない。

 

「いいぜ。やってやんよ」

『その意気だ。マスター🙆』


 もし運命の分かれ道になる場面が来たら、そう感じるときがきたら、迷わず面白そうな方向に行ってやろう。

 きっとセレスもそうする。わかるのだ。心を一つにした俺たちならば。


 俺はふっと笑って前に歩き出した。



 ◇   ◇   ◇



「あら、あらあら?」


 グレンたちと別れた後、宿舎でのんびりしようかと思っていたセレスは面白いものを見つけた。

 ベンチに座っているピンク髪の少女――前にグレンが見入っていた女子生徒だ。


 彼女は膝を揃えて座り、ただうつむいている。


 決して容姿に惹かれて見入っていたわけではない、というのがグレンの言い訳だったが、つまりは他に何か引っかかるものがあってそうしたのだろう。

 

 そこでセレスは一つ思い浮かぶ。


「うふ、うふふふ」


 笑いを堪えられない。

 セレスは少女に近づくと、すっと隣に座ってみせた。


「あ……」


 突然、隣にやってきたセレスに少女は驚いたのか、顔を上げてそんな声を出す。

 気にせず、セレスは真っ直ぐに前を見ながら問うた。


「なにをお考えになっていたの?」

「え?」


 少女は狼狽する。

 そんな少女に、セレスは微笑みを向けた。


「失礼致しました。セレスティア・ヴァン・アルトレイドと申しますわ」

「りゅ、留学生の……」

「あら、知って頂いているの? 光栄ですわ」

「は、はい。エレオノール・ヴィル・シュタインと申します」


 ぺこり、とエレオノールはこちらに体を向けて律儀に挨拶をする。


「それで、何をお考えになっていたのですか?」


 再び質問を繰り返すと、エレオノールは困った顔になった。

 きっと言いづらいことなのだろう、と察するが、セレスは微笑みを崩さない。


「いいのですよ。私のような外様になら言えることもあるでしょう?」


 言うと、エレオノールは少し迷った後に、俯いて静かに口を開いた。


「私は……。その……やるべきことはわかってるんです」

「ええ」


 セレスは静かに相槌を打って続きを促す。


「けれど、それが出来なくて……。きっと大事なことなのに、前に進めない自分が嫌になってしまうんです」

「あらあら、可哀想に……」


 エレオノールはぎゅっと膝の上で手を握りしめた。

 それを見て、セレスは俯く彼女の顔を覗き込む。


「何かがそれを邪魔していらっしゃるの? それは人?」

「人……だけではありません。色んな感情もあると思います」


 そうだろう。世界には色んなしがらみが多い。

 この少女はそれに邪魔されて『やるべきこと』をできないでいるのだ、とセレスは思った。


「なら、こう考えてみてはどうでしょう? 簡単に排除できる、邪魔なものから消していく、というのは」

「……というと?」


 問われて、セレスは懐から取り出したものを手の中で回し、ベンチに突き立てる。

 キン、と突き立ったそれはペーパーナイフだった。


「邪魔な人を刺し殺してしまうとか」


 セレスがそうして微笑むとエレオノールが青い顔になる。


「い、いけません! そんなこと……!」

「では何から排除していけばいいのでしょう? やるべきことがわかっている貴女なら、それはわかるはずですわ」

「そ、それは……」


 エレオノールは再び俯いた。そして、苦心するような顔の後、こちらを向く。


「私の不甲斐なさです……。拒絶されることを恐れて前へと進めない、私の……」


 それを聞いて、セレスはこくんと頷いた。


「ならその勇気のない自分を殺しなさい」

「自分を……殺す」


 エレオノールは胸に当てた手をぐっと握る。

 

「今でなくともよろしいのです。けれど、きっかけは必ず来る。そのときに恐れる自分を殺し、前に進む自分を生かすのですわ」

 

 セレスは彼女の手に手を重ねて、囁くように言った。

 エレオノールのこめかみに汗が伝い、身震いするのがわかる。


 恐れの心。しかし、同時に何かを悟った感情を、グレンから共有した【情報解析アナライザー】がセレスに告げてくる。

 

 すると、エレオノールは勢いよく立ち上がった。


「私、やってみます……。自分を殺してみせます」

「ふふっ、応援していますわ」


 抽象的な雲を掴むような話。

 だが、エレオノールは決心したようだ。


 彼女は深くお辞儀をすると、ベンチを去っていくのだった。

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