第10話 俺がお前の居場所になってやる
「うああああおおおおっ!?」
内臓の浮き上がる感覚に俺は声を上げる。
【ペルラネラ】の跳躍は街を軽々と飛び越し、そのまま城壁の上へと着地していた。
この高さで落下すれば普通は生身の人間なんて潰れるだろう。
だが、あくまで耐えられる衝撃を感じただけで、俺の体は無事だ。
古代の魔法か科学で慣性を打ち消しているのかもしれない。
じゃなきゃ今頃、俺たちは騎乗席内で振り回されて大変なことになっている。
「めっちゃ飛んだな……」
「ええ、でもこのふわっとした感覚は楽しいですわね」
高鳴る鼓動を抑えながら言うと、セレスは前部座席で楽しそうに鼻を鳴らした。
あ、そういうの大丈夫なタイプ……?
あくまで肝の据わっているセレスにそう思っていると、短い警報が鳴る。
『⚠敵性存在確認 距離:約八〇〇〇、数:十六⚠』
「あれが敵ですわね」
街の前方に複数の青い光が見える。ここから見ると豆粒ように小さい。
目を凝らすと、自動で映像が拡大されて、こちらに砲を向ける複数のゴーレムが見えた。
あれが敵……やっぱり帝国のゴーレムとは形が違う。王国のものだ。
なぜこのタイミングで襲撃を受けたのかわからないが、王国が侵略してきたのは事実のようだ。
まずはやられたからにはやり返すか、と考える。
すると右手に持ったアンスウェラーの剣身がぐるっと九十度回転し、展開され、砲身のように変形した。
『アンスウェラー:キャノンモード』
この武器は剣と銃の二つの役割を切り替えることのできるようだ。
城壁の上で片膝をつき、射撃体勢を整えたところでセレスに問いかける。
「ここから当たるか?」
「初弾では無理でしょう。ですが……」
「細かい調整は俺がやる。好きに撃て」
「まぁ、頼もしい」
内部ディスプレイ内で拡大された敵に狙いをつけ、セレスはトリガーを引いた。
◇ ◇ ◇
ブリアック・バルテスは王国の先兵として派遣されたゴーレム部隊の指揮を執っていた。
目的はこの帝国アルトレイド領で出土したと言われるドールの破壊、もしくは無力化だ。
事前に探りをいれた工房に向けて、城壁外からの間接射撃。
これで工房が機能を失えば、ゴーレムやドールのない領地など占領するのは容易い。
だが――あらかた破壊したと思われた工房から、突然、一騎のドールが飛び出てきた。
城壁の上に陣取ったそれはこちらに砲を向けている。
『目標を変更! あのドールを破壊しろ!』
ブリアックは魔法で増幅された声で命令する。
味方から一斉に射撃が始まるが、やはりこの距離では直撃は難しい。
工房などの施設目標ならともかく、ドール程度の目標は小さすぎる。
すると、敵の青白い光がこちらの陣形を掠めた。
味方から狼狽する声が上がるが、ブリアックはあくまで冷静に指示する。
『狼狽えるな! まだ距離はある!』
こちらは密集陣形ではなく、ある程度散開して陣形を引いている。
至近弾のように見えるが、こちらの弾が当たらないのと同様に直撃はしないだろう。
だが、続けての砲撃は陣形内に着弾し、味方のゴーレムを掠めた。
まさか……? 精度を高めている?
「射撃体勢を解除、さらに散開して――」
そう言いかけた瞬間、ブリアックの嫌な予感が的中した。
ブリアックの駆るゴーレムの隣にいた味方騎が爆散したのだ。
「ばっ、馬鹿な! この距離を……!」
続けて別の味方に砲撃が直撃し、二体、三体と仕留められていく。
それを見て、ブリアックはこれがまぐれ当たりなどではないことを悟った。
このままでは――騎体を地面に固定した射撃姿勢のままではいい的だ。
『全騎抜剣! 接近戦であのドールを始末する! 続け!』
次々と味方のゴーレムが青白い光に貫かれる中、ブリアックはそう叫んでゴーレムを疾走させるのだった。
◇ ◇ ◇
「あらあら、ふふっ。今更動き始めても遅いですわ」
セレスは言いながらも次々と敵ゴーレムに狙いをつけ、淡々とした周期でトリガーを引く。
俺は狙いが変わるたびに微調整を施し、砲撃の瞬間に腕部をロックするだけだ。
それだけで、敵のゴーレムが一騎ずつ爆散していく。
敵はさすがにこちらの射撃精度が高いことに気づいたらしい。
砲撃による反撃をやめて、剣を抜いて突撃してくる。
それもただ前に進んでくるのではなく、しっかりと回避運動をしながらの突撃だ。
すると、こちらの砲撃をギリギリで躱されることが多くなってくる。
「あれに当てるのは難しいな」
「的当ては終わり、ですわね」
俺たちは砲撃を止めて、【ペルラネラ】を城壁の上で立たせる。
敵はすでに半数まで減らした。
あとは接近戦で叩けばいい。そんな思考を、俺は受け入れる。
「グレン」
「なんだ?」
暗かった空の遠くに、眩い日が射し始めたのを見ながら、俺たちは言葉を交わした。
「本当に……本当に私と共にいてくださるの?」
今更だ、と思う。だが――。
「【凶兆の紅い瞳】の私を、貴方は選んでくださるの?」
言葉と共に、得も言われぬ不安感が伝わってきた。
俺はセレスが隠しボスで、ただ殺戮だけを求める女だと思っていた。
自分の利益のためならどんな犠牲も厭わない冷徹な魔女だと思っていた。
けれど、それは違ったのだ。
セレスの涙を見て、【ペルラネラ】を介して繋がって、わかった。
彼女だって悲しむことも、寂しいとも思う心がある。
今だって確信が持てず、不安を押し込める気持ちがある。
だから、俺の気持ちを言葉にしてやらなければならない。
「選ぶよ。俺はお前と一緒にいる。俺がお前の居場所になってやる」
言うと、セレスから感情があふれ出した。
これまでの過去を吹き飛ばすような、自分はここにいて良いと肯定されたことへの喜び。
「嬉しいっ……!」
セレスと俺は、【ペルラネラ】を躍動させる。
複数のゴーレム部隊、そのど真ん中に突撃して、アンスウェラーを変形させた。
『アンスウェラー:セイバーモード』
アンスウェラーの剣身が回転し、閉口した刃に青白い光を帯びる。
「こんなにも嬉しいことがあるなんてっ……!」
喜びのまま、【ペルラネラ】は舞った。
剣を振り上げた敵ゴーレムの腕を切断し、近距離で放たれた砲撃を躱す。
「私はっ……貴方に出会えてよかった!」
セレスの高揚に俺の気持ちが重なって、俺たちは一つとなって剣戟を振るった。
「貴方に見つけてもらえてよかったっ……!」
両足を斬り飛ばしたゴーレムから悲鳴が上がる中、背後を狙ってきた敵を横一文字に両断する。
『私は今、幸せですっ!』
その声は拡声器を通して外部にも響いた。
もはや手の出しようのないこちらに対し、敵が怯む。
『こいつ……! 化け物かッ!』
『ふふふっ、あはははははは――ッ!』
改めて、とんでもない女だ。
だが、俺はこいつを選んだ。
後悔などない。その手を取ったときに覚悟は決まっている。
『だ、駄目だっ……。撤退! 全騎撤退ッ!』
敵が退いていく。
動けなくなった味方を回収する余裕もなく、剣や盾を投げ捨てて敗走した。
追撃はしない。すでに敵部隊は全滅に近い状態だった。
【ペルラネラ】はゴーレムの残骸の中に立つ。
昇りかけの日が眩しく、地面に巨大な少女の影を作った。
「始めましょうグレン。私たちの物語を」
「ああ、セレス。お前と一緒なら……」
どんな物語だって構わない。
俺たちは戦場で喜びを感じ、愛し合う化け物だ。
どう思われようが、どう言われようが知ったこっちゃない。
セレスが前部座席から立ち上がり、体を預けてくる。
俺たちは騎乗席の中で、数多の骸の真ん中で、抱き合い、その体を感じた。
そして、時間を忘れてお互いの唇を求め合うのだった。
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