底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
第1章
第1話 隠しボスとの出会い
俺こと【グレン・ハワード】は転生者だ。
生まれ変わった世界は、なんとなく手を出していたゲームの世界。
けれどそこでイケメン主人公とかに生まれ変わる――なんてことはなく!
せめて主人公たちの活躍する場を見られる土地――なんてことはなく!!
俺が今いるのは敵側の帝国――つまり主人公たちが活躍するベレンガルド王国とはにらみ合いを続けている国だった。
そこでただの平民として頑張って生きています……。
俺は顔立ちも平凡、魔法もからっきし、頭もそこまでよくない。
強いて言えば……。
妹大好きなシスコンだってことくらいだろうか。
つまり平凡な青年ってことだ。
そんな俺でも前世は機械エンジニアだった。
なので、その経験を生かすために目の前の人型魔道具【ゴーレム】の技師として働いている。
え? そんな簡単に技師になれるのかって?
なれるんだなこれが。
世界から与えられた祝福【
俺は五感で感じたものを瞬時に理解し、その状態を把握することができる。
この祝福のおかげで俺は見ただけで部品の損耗具合がわかるし、直感的に構造を完全把握することができた。
……まぁぶっちゃけ、つまり裏方のお仕事しかできないってことなんだけどな!
「おい、雑用。まだそのゴーレムの整備終わってねぇのか?」
「右足首の関節が疲労してるからなぁ。交換しないと戦闘中に擱座するぞ」
「なら今日中に必ずやっておけよ。俺たちはこれで上がるからよ」
「……はいはい」
ふぅ、困ったものだ。
技師として働いているといっても、周囲はちゃんとゴーレムの技術を学ぶ学校を出たエリートだ。
そんな中で平民出身、学校も出ていない俺は【雑用のグレン】などと呼ばれている。
威圧的な態度で手伝おうともしない同僚に、俺は適当に相槌を打って作業を進めるのだった。
◇ ◇ ◇
結局、ゴーレムの部品交換は深夜までかかってしまった。
だだっ広く暗い工房の中で、魔石灯の明かりを頼りに俺は最後の点検を行う。
すると、不意に機械の音とは違う音が聞こえた。
ペタペタと聞きなれない足音。恐らく素足だろう。
こんな暗がりで靴も履かずに工房を歩く技師などいない。うっかり小さな部品を踏んでしまえば大怪我に繋がるからだ。
俺はため息をついて――面倒だが、凝った腰を伸ばしつつ立ち上がる。
そして自分では足音を消していると思っているらしい人影に声をかけた。
「お~い」
「あら……見つかってしまいましたわね」
俺が青い光を放つ魔石灯を掲げると、その人物の顔が照らされる。
それは銀髪を揺らす、整った顔の女性だった。
歳は俺より上だろう。俺のストライクゾーンではない。なぜかといえば俺は妹が超LOVEだからな!
しかし……あれ? なぜか女性の服装は寝巻だった。
薄い布に体のラインがモロに出ていてえっちぃ。
すると、彼女は首をすくめて「てへっ」などと茶目っ気のある仕草をする。
あざといな。俺以外のやつならハートを撃ち抜かれていたかもしれない。あぶねぇ。
それはともかく、俺は彼女の足元を見て言う。
「ここは何が落ちてるかわからない。裸足で歩いてると危ないぞ」
「そうでしたの? ご丁寧にどうも、それでは……」
「待て。誰だアンタ?」
そそくさと踵を返そうとする女性を俺は呼び留めた。
こんな時間に、こんな場所を寝巻でうろつくなんてどう考えてもおかしい。
賊の可能性を考えて睨みつけると、女性は息を吐く。
「名乗ってもよいですけれど、一つ条件がありますわ」
「名前を聞くだけなのに条件があるのぉ?」
「ええ、少しワケありでして」
俺はため息をついた。
ワケありならなおさら怪しい。
身構えつつも言葉を待つと、彼女は頬を柔らかくして言う。
「わたくしがここに来たこと、内緒にしてもらえないでしょうか?」
「それはアンタの名前次第だな」
「ふふっ、それもそうですわね。では……」
彼女はそう言って、片足を引いて頭を垂れた。
「私の名はセレスティア。【セレスティア・ヴァン・アルトレイド】。アルトレイド家の長女ですわ」
◇ ◇ ◇
正直、やってしまったと言わざるをえない。
いくら怪しいとはいえ……いくら寝巻とはいえ!
身なりの整っている彼女に不躾な物言いをしてしまったのは失敗だった。
セレスティアと名乗った女性はこの地の領主、辺境伯家のご令嬢だったのだ。
俺は慌てて両膝をつき、これ以上ないほど頭の位置を下げて床にゴチンと打ち付ける。
「ご無礼を致しましたあぁぁぁぁ!」
俺のような平民は貴族に媚びへつらって生きていくしかない。
雇い主である領主に言いつけられれば、俺の首なんてどうとでもできる。物理的に。
そうなれば妹を誰が守ってやれるのか!!
「あらあら。さっきはあんなに親しみを持ってお話して頂いていたのに」
「まさかお嬢様とはつい知らず! お許しくださいお許しください!」
俺はガツンガツンと何度も床に額を打ち付ける。
首がぶっ飛ぶくらいならこれくらいどうってことない。いや、でも結構痛いな。これ血とか出てないよね?
そろそろ手加減をしたくなってきた頃合、そっと柔らかい手が俺の肩に置かれた。
「貴方の名は?」
「グレン……。グレン・ハワードと申します」
「ではグレン。顔を上げて」
銀鈴の声に、俺は言われた通りに面を上げる。
一体、これからどうなってしまうのか。最悪の事態を考えて俺の額に冷たい汗が伝った。
だが、顔を上げた視線の先には、好意的な表情が待っていた。
「許します」
俺はあっさりとした言葉に、ぽかんと口を開ける。
むしろセレスティアは何かをねだるような顔で、しゃがんで視線の高さを同じくした。
「むしろ、さっきのお話の仕方で接してくれませんか? 私のこともセレスと呼んでください」
「いや、さすがにそれは」
「大丈夫。ここには他に誰もいないでしょう?」
考えるのに、俺は数秒かかった。
果たして相手から願い出てきたとしても、雲の上の人物と対等な物言いをしていいものなのだろうか。
初対面の女性を急に愛称で呼んでいいものなのだろうか。
というか、そんなぐいぐい距離を詰めてくるものなのだろうか。
アッ、もしかして……俺に一目惚れ――。
……いやいや、あぶないあぶない。
そんな中学生みたいな勘違いをしてはいけない。
ちょっと距離を縮められたくらいで心を許しては足元をすくわれる。
「駄目ですか……? グレン……」
セレスティアは俺の手を油まみれにも関わらず取って、上目遣いで懇願してきた。
あああああアアァァァァァ! 顔が良いいぃぃぃ! 胸の谷間が見えてるうううううう!
――だが!
ふっ、俺には妹という全世界で一番尊い存在がいる。
この程度で篭絡されるほどヤワじゃない。
しかし、ここまでするセレスティアのお願いを断るのも無礼に当たるかもしれない。
そう判断し、俺はそれとなく手を引いて言う。
「わかりま……わかったよ。セレス」
「ふふっ、ありがとうございます。グレン」
そう微笑むセレスの笑顔は美しかった。
だが、やっと落ち着いて彼女の顔を見て、気づいた。
魔石灯の光の弱さのせいでわからなかったのもあるだろう。
彼女は、鮮やかな深紅の瞳を持っていたのだ。
この国に、いや、この世界では知らないやつはいない。
【凶兆の紅い瞳】――その瞳を持つものは【
領主の長女の顔を知っている者は数少ない――そう言われている理由を俺は今、知った。
忌み嫌われた存在であるその瞳のことを、領主は隠しておきたかったのだろう。
ついでに言うと、俺のゲーム知識にも心当たりがある。いや、ありすぎる。
【凶兆の紅い瞳】の女といえば、ゲームにおいての隠しボスなのだから。
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