第9話 海


 そして中間テスト、鈴奈は平均八一点取った。あそこまでのんびりゲームしかしてなかったのに、明らかにおかしい。


「結局勉強したってこと?」


 流石にいつもあれじゃあ、点は取れないだろう。


「ううん、ほぼノー勉。どうやら私には才能があるみたいだね、まさかこんなに点数取れると思ってなかったよ」

「俺も、しっかりと勉強したはずなんだけどな」


 俺のテスト平均点は七十七点。平均よりは高いが、鈴奈には負ける。そのことが悔しい。

 なぜ、あんな勉強してなかったやつに負けているんだ。


「じゃあ、私才能あるのかな? ねえ、死神さん、あなた罪深いことしてるよ?」


 そう、俺には見えない何かに話しかける。笑いながら。


「死神さんが悪かったって、じゃあ、私の命を奪わなくていいのにね」

「それ、反応に困る」

「えー。まあでも、定期テストでは学年一位狙ってみようかな? 私の遊びとして。それに最期の定期テストだし」

「まあ、それもいいんじゃないか? だって、お前の本気見たいし」

「そうね……一〇〇点までしかないのが辛いところね」


確かに、全教科満点の天才なんて俺たちは漫画でいくらでも見てきた。現実にはそこまではいないはずだが、印象の差は歴然だ。


「じゃあ、早速勉強するのか?」

「いや、私はテスト前の一夜漬けに集中するわ」

「……それ本気とは言えないだろ」

「本気よ。だって、あくまでも趣味の時間をこれ以上割きたくはないからねー」


そう言って、鈴奈は小さく鼻歌を歌う。







 家に帰るとすぐに俺はベッドに寝ころび、そして思索にふける。

 あいつは……鈴奈は、勉強も俺よりもできる。それどころか、本気を出せばクラス一位も狙えそうなほどだ。

 ただ、そんな鈴奈が後三ヶ月で死ぬ。

 そう考えたら、なんとなくもったいない気がした。もちろんどんな人間も死んだら駄目だ。だが、彼女は、かわいいし、勉強もできる。



 それに一回食べさせてもらったご飯は絶品の味だった。そんな未来に満ち溢れた彼女が後三ヶ月で死ぬ。もうテストも一回しか受けられないし、長期休みも一回しか経験できない。幸い、うちの体育祭には参加できるが、文化祭にはもう彼女はこの世にはいないだろう。


 現実は残酷だなと思う。俺や鈴奈には代えられない世界。

 今となっては鈴奈が全部嘘でーす!!! と言うことを期待してしまう。

 ただ、あの日の涙を見てもそれはないだろうな。

 あれは、嘘で出せるような涙ではない。もしあれが嘘だとしたら今すぐに女優デビューすべきだ。


「はあ」


 死神とは残酷な生き物だな。


 俺には死神を見ることも話すことも出来ない……だが、もしも出来るのなら、鈴奈を助けて欲しいというお願いをしたいところだ。

 まあ、その願いが通じるほど簡単なことはないと思うけど。



『ねえ、私と今日遊びに行ける?』


 そう考えていると、鈴奈からメッセージが届いた。


『なんだよ、今帰った所だぞ』


 せめて学校で言って欲しい。

 

『そっか、ダメかー。私、急に自転車乗りたくなったの』

『はあ?』

『だめ?』

『だめでは……ないが』

『じゃあ、決まりね。今から集合!!」


 今の時間はまだ一時。今からだと四時間は自転車に乗れるだろう。


「お待たせ」


 俺は自転車で全力で向かった。息を切らしながら。だが、そんな苦労など知らないのか、鈴奈「おそーい」と言われた。

 うるせえ。


「お前の方が近い位置に家があるから仕方ねえだろ」


 実際待ち合わせ場所に指定されたのは、鈴菜の家から近い場所だった。全速力で来たのだから文句を言われる筋合いなど全く無い。


「でも、遅れたのは事実じゃん」

「……帰るか」

「帰らないでよ!!」


 そして俺たちは自転車で並びながら海へと向かう。


「いやー悪かったね、急に誘っちゃって」

「本当だよ。前もって計画しとけ!」

「えへへごめんね、でもさ、風気持ち良く無い?」

「まあ確かに気持ちがいいな」

「でしょ、いいよねー、この風の中を突っ切ってる感じがして」

「……」

「浩二君もさ、本当にありがとうね。付き合ってくれて」

「いやいや、俺も気持ちいいし、別にいいよ」


 実際この追い風は気持ちがいい。それに二人で話しながら乗れる自転車というのは最高だ。俺のさっきまでの変な考えもしっかりと吹き飛ぶくらいの気持ちよさだ。

 本当に、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいな爽快感を感じる。

 それに、気持ちよさそうなしてる鈴菜の姿を見てると、もう責める気も無くなるし。


「ありがと!」

「それはいいが……調子に乗って飛ばしすぎるなよ」


 すでに彼女の自転車は俺よりもはるかに速く走っている。もはや追いつくのが大変なほどに。


「分かってます!」


 そう言って、鈴奈は少しスピードを落とした。理性はちゃんとあるんだ……。


「あ! そうだ、少し歌いたい!」


 急にそう言い出した彼女は「世界の扉を開いた時、そこにあるのは何なのか、勇気、やる気、それとも力。それは誰にもわからない」

 と言った感じで歌い始めた。これはたしかミュージカルの曲だったはず。とりあえずこれから分かるのは余程の上機嫌であるということだ。

 そしてそのまま自転車で走り続け、海に着いた。


「やったー海だよ!! 見てみてみて!!!」


 すっごく上機嫌。よほど楽しいんだろうか。


「ねえ、自転車から降りて、泳ごうよ!!」

「泳ごう?? お前は泳ぐ気なのか?」

「うん、もちろん!!!」

「どうやって?」

「これで!!!」


 そう言って、カバンをごそごそといじってこた。そして、


「じゃーん!!!」


 そして水着を取り出してきた。


「お前は馬鹿か? どこで着替えるんだよ」

「え? ここじゃないの?」

「周りに人いるぞ。泳ぐのはちゃんとした場所に行かないと」


 もしここで鈴奈が着替えると、多くの人に鈴奈の裸が見られることになってしまう。

 それは鈴奈にとって好ましくはない事だろう。


「むむむ、じゃあ、足ちゃぷちゃぷする?」

「まあ、それくらいが妥当だな」

「でもなあ、私。次が最後の夏だからなあ」

「じゃあ、夏に行きまくるか」

「えー、浩二君も来るの? そんなに私の水着姿見たいんだー?」

「……帰るか……」

「あー、待ってー。私を置いて行かないでー」


 それを無視して俺は自転車にまたがる。これはもう完全に脅す必要がある。


「分かった、謝るからー」


 俺はそのまま坂を自転車で登りだす。

 そいし、坂の上から、彼女を見下ろす。


 鈴奈は俺を見て泣きそうな顔をしている……流石にいじめ過ぎたか。


「……反省したよ……」


 反省した様子を見せて来た。それを見て少し心地よくなる。


「まあ、分かってくれたらいいか」

「じゃあ、足ちゃぷちゃぷしよう」

「ああ」


 そして俺たちは靴を脱ぎ、足を入れた。


「ふう、気持ちいいな」


 水の程よい冷たさが体を伝って気もちいい。

 足を動かすと、そのたびにまた水の感覚が来る。

 そんなことをしていると、水が飛んできた。


「なんだ???」


 服がびちゃびちゃになって、体が冷たい。そして飛んできた方向をふと見ると、鈴奈が水を飛ばしてきていた。


「っ何をするんだ?」

「えへへ、海と言えばこれでしょう!!!」

「はあ、仕方ない」


 そう言って、手を水の中にいれ、上にかき上げる。


「なに? やったなあ」

「こっちのセリフだろ!!」


 そう言って、俺たちは水を飛ばしまくる。

 そしてヒートアップしていき、俺たちは海の中にも入って行った。

 それはもう、帰りのことを何も考えていないかのように。


「これ……どうするんだ?」


 勿論のこと、俺たちの服はびちゃびちゃになった。もはや服じゃなくて、ただの濡れた布を着ているみたいな形だ。


「さて、どうしよう?」

「なんか、見られるんじゃないか?」

「まあでもその時はその時じゃない?」

「まあ、でも恥ずかしいよ。男女で服がこんな感じになってたらさ。てか、お前の方が心配なんだが。だって、それ透けてないか?」


 くっきりと下着の姿が彩られており、直視が出来ない。

 もし、遠慮のない言葉で形容するのなら、エロいという言葉が当てはまるであろう。


「大丈夫!! だって、私羞恥心ないから」

「無いからって……」


 絶対そんな問題じゃない気がする。少なくとも変な目で見られるのは確定だ。


「だから、かーえろ。大丈夫。あまり人がいない道行くから」


 そして俺たちは人目に気を付けながら帰った。だが、完全には一目は避けられず、大勢の人に見られて恥ずかしかった。

だが、肝心の鈴奈はまったく気にしていないらしかった。

エロい目で見られてたというのに。



 そして家に帰ると、もう六時を回っていた。よほど遊んでいたらしい。まあ仕方がないので、ご飯を食べて、それから寝た。

 まだ八時半だったが、疲れていたのも相まって、すぐに寝れた。

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