第19話 絶縁―そして
それから俺は朱里としての最後の日を過ごす。
朱里として過ごしてきてあってきた人たちとの最後の会話をするのだ。
これでもう会うのが最後。
そう感じた。
もう、女装を俺の中から封印する。その最後のけじめみたいなものだ。
スーパーの店員さん、服屋さんの店員さん、それぞれと会話して引っ越しをする旨を伝えた。
「朱里ちゃんと会えなくなるの寂しくなるね」
「武村さん、この店に来なくなるのね。武村さんが選んだ服を押し出せばそれだけで売れてたのに」
「金の問題なのかしら」
「そうねってうそうそ、寂しくなるね」
そして、最後に理恵子だ。
「うわあああん」
早速理恵子は俺に抱き着いてきた。
「奏君が別れようなんて言ってくるんだよ。ひどいよ、私が何か阻喪した?」
お怒りみたいだ。それも主に奏に対して。
これは悪いことをしたな。ただ、俺はこの決断を間違ったものとは思っていない。
理恵子に真実をばらすわけにもいかないのだから。
そして、朱里としても、一つ言わなければならないことがある。
「追い打ちをかけるようで悪いのだけど……私も引っ越しをするの」
「引っ越し?」
「そう、オーストリアに」
もう、近場だったら理恵子の場合行ってしまう。
九州とか北海道だと、お金的に行けない距離ではないのだ。だからこそのオーストリアだ。
ちなみにオーストリアは単に行ってみたい国で、遠いから選んだだけだが。
「そんな……」
「そう言うわけだから、じゃあね」
俺はさっさと出て行こうとする。
「待って」
腕をつかまれた。
「何か隠してない?」
ギグ。まずい。
「奏君からもう別れようと言われてラインもブロックされて、日常生活でも無視されて、その三日後に朱里ちゃんが引っ越すって、何かおかしいよ。もしかして、朱里ちゃんって奏君が急に別れようって言ったのと何か関係がある? それに、さっさと出て行こうとするのも怪しすぎる」
図星だ。まさか理恵子がここまで鋭いとは。
「関係ないわよ。あなた達が別れたのも理恵子のメールで知って驚いたのだし」
その時俺は主体者のくせに、「えええ、あなたたち別れるの!?」なんて書いたことを覚えている。
「むむむ、怪しい」
理恵子……なんでこういう時だけ素直じゃないんだよ。騙されとけよ。
「私は騙されないんだから」
心でも読んでいるのだろうか……
ともかくこのままだとまずい。理恵子には朱里の真実は知られたくない。
「もしかして、朱里ちゃんと奏君、元から知り合いだった? 例えばいとことか」
「まさか。そんなわけはないわ。だって、私の苗字と、奏君の苗字は違うもの」
「なら、なんで……朱里ちゃん。個人証明できるものを出してくれない? 例えば学生証」
まずい。そんなもの持っているわけがない。
俺は当然女学校の生徒などではないのだから。
出せるのは当然、奏の学生証だけだ。
「私ね、朱里ちゃんを疑いたくない。でも、状況が状況だから」
くそ、焦りすぎた。もう少し絶縁宣言があとだったら、これだと理恵子の過去を聞いて絶縁したみたいになる。
それに、今の状況だと、俺が朱里という人物の存在を証明しなければ帰れそうにない。
くそ、本当にへまをした。
「理恵子。信じてほしいの。わたしは今日持ってないだけで」
「学校帰りなのに、そんなことあるわけないでしょ? 実力行使しかないようだね」
そして、理恵子は俺の体を強引に押し付け、財布を奪った。
まずい、その中には。
「これは何?」
理恵子は、山崎奏の学生証を見せつけてきた。
「私は、山崎君とは関係ないわ」
「関係ないわけがないでしょ。なんで今朱里ちゃんの財布の中に学生証が入ってるの?」
「いえ、それは……」
「ちょっと失礼するね」
家子がウィッグを無理やり外す。そして現れるのは俺の地毛だ。
「まさか、本当に……」
朱里の正体が俺という事が理恵子にばれてしまった。
「朱里ちゃんも、奏君も、私目当てで近づいてきたの? 最低! 最低よ。そんな人とは思っていなかった」
「違うの。これは……」
「今更言い訳なんて聞きたくない。出て行って!!」
「分かった」
そして、俺は家にしょぼんと変えることになった。
「なんでこうなったんだろうな」
理恵子に秘密がばれたくなかったが故に離れようとした結果、ばれてしまった。
俺は本当にドジを踏んだ。
本当に俺は何をやってるんだろうか。
「はああ」
ため息が止まらん
「明日どうしよう」
明日も当然学校があり、理恵子と会う。
単に別れただけだったらいろいろと理由がつけられるから良かった。例えば好きな人が出来たとか、泊まった時に理恵子に萎えたとかな。
だが、今回は完全に俺が悪い。言い訳なんてできないのだ。
翌日
「はあ」
俺は落ち込みながら、修平と一緒に学校に向かう。
「なあ、俺はどうしたらいいんだ」
修平に訊く。
「謝るしかねえだろ」
まあ、そう言われることは分かっていた。
流石修平。遠慮がない。
「謝るも、完全に俺が悪いことは分かってるんだ」
「……そう言えば別れたのなんであのタイミングだったんだ?」
「実は……詳しくは伏せるけど、ネカマに騙されたことがあるみたいなんだ。それを聞いたから距離を取ったんだ」
そう告げると、修平は唾を獄ッと飲み込み、「それはなあ……」と呟き。
「俺にはどうしようもないな」と言った。
「もっと考えてくれよ」
「いや、もう無理だろ。諦めろ」
修平からも見放されてしまったか。
学校に着くと、教室内に明らかに不機嫌そうな人がいた。理恵子だ。
彼女は俺の顔を見るとすぐに、「ふん」と言ってそっぽを向いてしまった。
その空気を感じ取ったのか、クラスメイト達が俺と理恵子をそれぞれ見る。
一応別れているという事は、前々から気付いていると思うが、今日は明らかに違う、とでも感じたのだろう。
何しろ、今までは理恵子が積極的に俺の方に来て、俺の方が無視をするという形だったからだ。
「ねえ、どうしたの?」
そう、クラスメイトが話しかけてくる。
「何もないよ」
俺にはそう答えることしかできなかった。
そして、そんな日々が数日続いた。
犬猿カップルとして有名になってきたらしく、クラス外でも話題に上がってくる。
もうカップルじゃねえよと、ツッコミたい気持ちだ。
これはもう、どうしたらいいのだろうか。
ただ、唯一安心なのは、朱里の正体が俺であることを誰にも言っていないという事だ。
俯瞰してみれば、クラスメイトの女子と女装して仲良くなっている時点でただのやばいやつだからな。
俺も、そう思う。
一週間が過ぎた。
明らかに理恵子の元気がなくなっている。
またクラスメイトとも話せなくなり、孤高の狼に逆戻りだ。
「なあ、どう思う」
帰り道修平に訊く。
「どうって、そりゃ心配だろ。日によってどんどんと衰弱して行ってるぜ。あれじゃ、不登校になるのも時間の問題だな」
「だよな……」
一回理恵子と話し合った方がいいかもしれない。
何しろ、今のままだと、俺は下心で近づいたことになる。
男という事実を黙っていながら理恵子と朱里として友達になったのは本当に失策だと思っている。
でも、そんなのどうでもいい。
俺は理恵子の苦しそうな顔を見たくない。
俺は何を言ってるのだろうか。俺が今理恵子を苦しめているまさにその人物だというのに。
そし翌日。理恵子は夏休み明け、いや今年初めての欠席をしていた。
理恵子は何気に皆勤賞だったのだ。
そんな理恵子が休む。これは見るからに異常だった。
「これはまずいな」
そう俺はつぶやく。
「仕方ねえ」
あくまで消したのは理恵子との物だけだ。
武美ちゃんとはまだつながっている。
「頼む、出てくれ」
だが、誰も出ない。
当たり前か、今は小学校も始まる時間なのだから。
「っくそ。修平! 携帯借りるぞ」
俺は修平のカバンから電話を取り出す。
「おい奏、何をするんだ……て、それは分かってるか」
「ああ、これで理恵子に電話する」
「なら、その役目は俺に任せてくれないか?」
「……だめだ。俺がやらなきゃダメなんだ」
修平が俺がこういうこと言ってたよとか言うのではダメなんだ。
俺が言わないとだめなんだ。
トイレの個室で、理恵子に電話をかける。
頼む、出てくれ。
「修平君……? どうしたの」
理恵子が出た。
「今日休んでるけど、何かあったのか」
「かなでく……山崎君今更何のつもり? 私はあなたのせいで学校をさぼっているのに」
やっぱり仮病だったか。
「それを謝りたくて電話したんだ」
「修平君スマホで!?」
「俺は理恵子を苦しめるつもりはなかった。俺は下心があって理恵子に近づいたわけじゃないんだ」
「……そんなの信用できるとでも?」
「ああ、信用はできないだろうな。でも、俺はただ一言謝りたいんだ」
そして口調を朱里に変え、
「……あの時、服屋さんで私が男であることを言えなくて、言う勇気がなかったのを謝りたいと思ってるの。だって、私は朱里として誰かと一緒に女子らしいことをしたかった。私は、男子の指向よりも女子の指向の方が強かったの。だからこそ理恵子と一緒に遊びたかった。性的な意味は無しでね。もしも、私が男と言ってしまうと、理恵子が離れてしまうと思って……本当にごめんなさい」
俺は当時の心境を考えると、ただ、言うタイミングを逃したと判定できる。
……だが、それは違う気がするんだ。
何しろ、言うタイミングならあったのだ。
メールも交換しているのに、言えないわけがなかった。
所詮服を買っただけの、一日だけの付き合い、切り離すことが出来た。
なのに、何もしなかった。それは、俺が理恵子と離れたくなかった。
朱里でいることが楽しくなったのだ。
「だから本当に……ごめんなさい。私は、俺は」
「確かにあの時私が朱里ちゃんの正体を知ってしまっていたら、私は離れてた。私ね、知ってるの。今までのネカマとは違うって、だってそうでしょ? 私たちがしたのって、ハグと間接キスだけじゃん。でも、その際にも、顔を赤らめたりとかしてなかった。それは、貴方が隠してたわけじゃないって、それって、貴方は異性として私と会っていたわけじゃないんでしょ? 朱里ちゃんは私の性的な目を向けることは無かった。あの日も、私の過去のトラウマを掘り返す前に別れることを決意したんでしょ? でも、理屈とは違うの。今はあなたと会いたくないの。だって、まだ怖いんだもの。あなたに近づくと、体が震えるし、今も少し怖いから……」
ああ、そうか。俺は理恵子に恐怖心を与えてしまっているのか。
確かに、理恵子はたまに授業中震えてたり、授業をまともに聞けて内容無くて、当てられたときに答えられなかった事があった。
それも、理恵子が俺に対する怒りで震えてるのだと思っていたが、実際は恐怖心から来るものだったのか。
確かに、俺が理恵子の立場でも、友達二人が同一人物だったと知ったら恐怖するよな。
「ごめん」
そう言って俺は携帯を切った。
そして、それから俺は理恵子のブロックを解除して、メールで色々とやり取りをした。
説明不足だったことを伝える。
俺が昔から女物の服が好きだったこと、アニメはどちらかと言えば女児向けアニメの方が好きだったこと、昔から、女装に憧れていた事。女子に憧れていた事。
そして、メールのやり取りは、過熱していった。
そんな時にチャイムが鳴った。見たら時間は九時五〇分。どうやらメールに夢中で、時間が経つのを忘れていたらしい。
……授業完全にさぼってしまったな。
そしてだ。それからまた三週間が経った。
理恵子がついに学校に戻ってきた。
その時にリアルでしゃべった。
あれからメールでしかやり取りしていなかったからな。
「奏君!!」
理恵子は俺の胸に飛び込んだ。
「会いたかったよ」
「理恵子……」
「考えれば大したことじゃないよね。昔のネカマと奏君は違うんだから」
「ああ、俺もそのつもりだ」
正直、理恵子の口から俺がずっと悩んでいたことを否定されたことがうれしかった。
何しろ、今まで苦しんでいた原因を理恵子のメールの「今までのネカマは女子に表面上でしか憧れてなかったけど、奏君は違うでしょ。本当に女に憧れてるんでしょ?」という、その一言で救われていたのだから。
この言葉で本当に救われた気がした。
俺がネカマとは違うと言われた事で。
「ねえ、私とまた付き合ってくれる?」
「いいのか? 俺はお前を騙してたんだぞ」
そう、俺は理恵子にずっと朱里が男子であるという事をばれないようにしていた。
そんな俺が、理恵子と再び付き合うような資格はないと思う。
「いや、私はあなたがいいの。そりゃ、トラウマもあるけど、私は奏君を嫌いになれなかったの。だからお願いします」
本当に純粋な子だ。過去に騙されたというのに、危機感を持っていない。
だけど、いいか。俺は理恵子のそう言うところが好きなのだから・
「分かった」
そして、俺は理恵子の手を取った。
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