渡り鳥と竜使い
猫野 にくきゅう
渡り鳥と竜使い
第1話 チート能力も、膨大な魔力もない
僕は転生者だ。
前世は日本で暮らしていて、死んでからこの世界に転生した。
剣と魔法が存在し、魔物の跋扈するこのファンタジー世界に――
ただ、僕には特別な力は何もない。
前世の記憶を思い出し自分が転生者だと気付いたが、転生モノの漫画やアニメのお約束、主人公に与えられるはずのチート能力や、特別な才能などは何もなかった。
どうやら僕は、web小説の主人公ではないらしい――
見事なまでに、普通の人間だった。
だがそれで、がっかりすることもなかった。
多少気落ちしたことは確かだが、自分の才能の無さを嘆くことはなかった。
特別な力を与えられていないということは、この世界で僕が果たさなければならない、重要な役割は何もないということだ。
勇者の力を与えられていれば、魔王を倒さなければならない。
だが、力の無い者には義務も発生しない。
だったら僕はこの世界を、ただの一般人として楽しめばいい。
普通の人間として、この異世界を好きなように生きいく――
それはそれで、面白いんじゃないかと思ったんだ。
――という訳で、僕は魔法学院に通っている。
好きなように生きていく為には、力や知識が必要になる。
大陸中央にある『豊穣と魔法の国』フリュードル王国のルーセント魔法学院。
この世界で最先端の魔法知識を学ぶことが出来る学校だ。
他国からの留学生も、積極的に受け入れている。
僕の故郷は、ここから東にある島国――
『渓谷と水の国』ヤト皇国。
そんな異国から遥々、最先端の魔法知識を求めてここまで来た。
ヤト皇国の下級貴族。子爵家の三男『ライル・クラウゼ』。
これが転生した僕の、出身国と身分と名前になる。
辺境の下級貴族の家に生まれたが、母親が大商会の娘だったので、その伝手で留学することが出来た。
ヤト皇国で通っていた幼年学校の成績が良かったこともあり、実家が留学費用を工面してくれたことで、この学校へ通うことが可能になった。
上級貴族の子弟は生まれつき保有魔力が多かったり、有用な魔法スキルや才能の持ち主であることが多い。才能を認められれば、出身国から奨学金を出して貰える。
竜からパートナーとして選ばれたりする特別な人材であれば、魔法学院を運営するこのフリュードル王国から、直々に招待され無料で通える。
才能の無い凡人の僕は、親戚からお金を借りて学院に通っている。
――まあ、上を見上げればきりがない。
学校に通えるだけ恵まれているんだ。
貴族の家に生まれたことに感謝しなければいけないだろう。
才能の無さを嘆くなど、贅沢なことだ。
そう考えて、勉学に励むことにしている。
勉強して知識を身に付ければ、何かが変わるのか――?
才能のない人生を、どうひっくり返す?
僕の将来の話をしよう。
実家は下級貴族だ。
三男で家を継げる見込みも薄い。
――権力は期待できない。
多少は魔力があり初級魔法は使えるが、冒険者などの仕事は到底無理だ。
戦闘能力も低いし実家の身分も低いので、騎士としての将来性もない。
火力の低い下級貴族の、社会的評価は低い。
――特に、故郷のヤト皇国では、その傾向が強い。
ろくなビジョンを思い描くことが出来ない。
将来のことを思うと、ストレスで体調が悪くなる。
――いや、だからこの学院に来て、勉強に励んでいる。
生まれ持った才能は無かったが、だからこそ腐っている暇はない。
留学費用を工面してくれた母の実家の商会に報いるために、真面目に勉強して成果を出さなければならない。
僕の試みが成功すれば、きっと大金を稼げるようになる。
ルーセント魔法学院の授業には、魔法に関する知識を学ぶ座学と、魔法を用いた戦闘技能や集団戦を学ぶ実技がある。
どの授業を受講するかどうかは、完全に生徒の自由だ。
出たければ出て良いし、受けたくなければ受けなくていい。
身分が高く才能に恵まれた生徒は、魔法の仕組みや機能、学者の研究成果などを勉強しようとはしない。
そんなこと知らなくても、高レベルの魔法を使えるからだ。
そして、才能の無い下級貴族が魔法の仕組みを理解したからといって、自分のスキル以上の高レベル魔法を使えるようになるわけでもない。
ほとんどの生徒は座学を軽視して、それぞれの適性に応じた魔法の使い道を覚えることを重視する。戦闘時にどう立ち回れば良いのか、集団戦での自分の役割は何かなどを実技で学ぶ。
僕のように知識を重視して、真面目に勉強している生徒は少数派だ。
この学院に通い三年――
ほとんど休まずに、出席できる授業には積極的に出ている。
今も魔法陣に関する授業を受けている所だ。
魔法陣に関する授業は、初級から順に中級、上級へと難易度の高い内容になる。
最初の初級の授業を履修して、試験に合格すると中級の授業に参加することが出来るようになる。
中級の試験に合格すると、上級に上がれる。
僕は三年の勉強で、ようやく上級まで上がることが出来た。
この授業を担当しているのは、魔法陣の仕組みを解析して研究している教師で、自身の研究成果も交えて講義してくれている。
なるべく授業中に内容を把握し、理解しておきたい。
僕は聞き逃しが無いように、集中して授業を受ける。
しかし、最近になってそれが難しくなるような事態が、度々発生するようになった。
――ツン、ツン、グィ、グィ……。
僕の頬が、魔石で突かれる。
突いているのは隣に座る、小柄な女子生徒――
僕をじっと見つめながら、杖の先端の石で突いてくる。
この杖は魔法学院の生徒の標準装備で、僕も持っている見習い用の魔術師の杖だ。
彼女の名前は『シャリーシャ・シュレーゲン』……。
僕と同じヤト皇国出身の上級貴族で、シュレーゲン公爵家のご令嬢である。
彼女は二つほど年下で、今年からこの魔法学院に在籍している。
下級貴族の僕には、上級貴族との接点が乏しい。
彼女や彼女の家の事情は、よく知らない。
彼女の行動の目的はなんなのか、見当も付かない。
魔法実技の授業でたまたま遭遇してから、何故かシャリーシャは僕の側に寄って来るようになった。
彼女は魔法陣の授業の中級の試験を受けてもいないのに、上級の授業の行われているこの教室に入り込み、僕の隣に陣取っている。
シャリーシャは公爵家のご令嬢というだけではなく、魔法の才能もトップクラスで、翼竜からパートナーに選ばれている。
この世界の貴族の中でも、最高クラスの特別な存在だ。
この教室に勝手に入り込むくらいの我儘は、誰からも咎められることは無い。
教師も見て見ぬ振りをして、スルーしている。
そもそもこの学校の授業自体、向上心のある者が自主的に受けるものなので、出席も取らないし、意欲があれば上位の授業を予習する名目で受けても良い。
学ぶ意志さえあれば、ランクの高い授業を受けることも黙認されている。
だから、彼女がこの教室に入り込んでいても、取り立てて問題にすることもない。
僕以外には、何の影響もないしな……。
――ぐいぐい、ぐいぐい。
魔石を押し付けられている、頬が少し痛む。
シャリーシャ・シュレーゲン。
彼女の要求は……。
う~ん……。
授業に集中したいが、やむを得ない――
僕はシャリーシャの頭に手を当て、優しく撫でた。
~~ッ。
シャリーシャは、『むっふ~』という擬音付きの、勝ち誇った顔で目を細める。
満足してくれたようだ。
僕はシャリーシャの頭をなでながら、授業内容を暗記しながらメモを取る。
暫くその状態で授業を受けていたが――
――ぐいぐい、ぐい。
再びシャリーシャによる授業妨害が始まった。
今度は杖ではなく、頭突きだ。
頭突きというか――
彼女は自分の頭を僕の肩の辺りに当てて、ぐいぐいと押してくる。
どうやら彼女は、僕の意識が自分に向いていないのが気に入らないらしい……。
シャリーシャは暫くそうした後で、僕の腕に自分の腕をピタリと押し付ける。
そのまま、一緒に授業を受ける。
んふっ~~!
公爵令嬢は、ご満悦だ。
彼女は暫くそうして密着していたが、授業が終わる前に満足したのか、教室から出てどこかへと消えた。
彼女はそれからどこに行ったのか、僕にはわからない。
僕は何故か、公爵令嬢に気に入られている。
僕にとって学校は、必要な知識を得る為の『勉強をするところ』でしかなかった。
特別な力のない僕が、この世界で自分の存在を確立する。
その為の知識を吸収する、学び舎――
それ以上の価値は無かった。
……少しだけ退屈だった学校生活。
そこに意味不明な行動をする少女が現れ、強引に僕の世界へと入り込んできた。
彼女の出現で、遅まきながら――
僕の青春が始まったような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
生まれ育った家と父と母から離れ、船に乗り海を渡って異国の地へとやって来た。
物心ついた時から、ずっと仲良しだった風の竜と共に――
学校に通い魔法戦の練習をする為と、皆で協力する戦い方を学ぶ為と、結婚相手を探すためだ。
母様から『あなたはどうせ、自分の気に入った相手でないと納得しないでしょうから、自分で探して連れていらっしゃい』と言われた。
両親が用意した婚約者候補を魔法で吹き飛ばしたら、男を自分で用意しなければならなくなったのだ。
……困った。
男の選び方なんか、解らない。
私は異国の地で途方に暮れていたが、問題はすぐに解決した。
魔法実技の授業中に見つけた。
一目で気に入った。
ライル・クラウゼという、名前らしい。
私は私の直感が選んだその男と、結婚することにした。
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