第14話:勘違いを正す




 朝早くから、屋敷内が騒がしかった。

 ファビウス伯爵家の王都の居宅タウンハウスである。


 怒鳴り散らす執事の声に、金切り声を上げるメイド長。

 ガッチャガッチャと金属が擦れる音に、悲鳴。

 さすがに寝ていられなくて、ダヴィドとサロメはベッドから出る。

 シルヴィはモルガンと婚約祝いで旅行に行っている為に、屋敷内には居ない。


「何事だ!」

 自室の扉を開けながらが叫んだダヴィドの目に映ったのは、見知らぬ男達が調度品を運び出している姿だった。

「な! 泥棒!」

 ダヴィドが叫ぶが、男達は気にした様子もなく作業を続ける。

「おい! 誰か衛兵を呼んで来い!」

 ダヴィドが叫ぶと、階下から大勢の足音が上がって来る。


「やっと起きて来たか。ダヴィド殿、ファビウス伯爵から不正で訴えられている。即刻屋敷から出て行かれよ」


 黒い隊服を着た体格の良い男が丸めてあった書類を広げ、ダヴィドの目の前に掲げる。

 衛兵とは違う制服に、怪訝な表情をしたダヴィドだったが、書類をパッと見て、1番下にある署名に目を見開いた。



「特務部隊、隊長リオネル・グリニー?」

 貴族の間で、名前だけは有名な特務部隊。目を付けられたら、絶対に逃げられない対貴族特化の部隊である。

 武力で負けないよう体格が良いのもそうだが、貴族の圧力にも負けないように、高位貴族家出身の者が殆どである。


「不正も何も、儂がファビウス伯爵だ!」

 ダヴィドが叫ぶと、書類を持っていた男……隊長のリオネルが階下へ声を掛ける。

「アルベール! この家の家令をここへ!」

「は!」

 リオネルに呼ばれた隊員が館の管理をする家令ハウス・スチュワードを連れて階段を上がって来る。


 今目の前に居る隊長も体格が良いが、アルベールと呼ばれた隊員は、更に一回り大きかった。

 そう。フローラの幼馴染で、今は婚約者のアルベールである。



「貴様はフローラに付いて別邸へ行った執事ではないか!」

 ダヴィドに怒鳴られ、ハウス・スチュワードのセバスティアンは「はて」と首を傾げる。セバスティアンも代々の呼び名である。


「私は家令ですので、当主に仕えるのが当然でございます。ダヴィド殿もサロメさんも、娘のシルヴィさんも、ただの居候の平民ではありませんか」

 はぁ……と大袈裟なほど大きな溜め息を吐き出し、セバスティアンは肩をすくめる。


「後見人としての報酬は毎年計上して、それ以上は使わないようにと再三注意したのですがねぇ」

 態とらしいくらいに眉を下げるセバスティアン。

「そもそも平民に貴族の後見人は出来ぬだろう」

 アルベールがセバスティアンの芝居に乗っかる。


「それがですね、聞いてくださいますか? 当主の婿でかろうじて貴族籍を保ってた分際ぶんざいで、当主が亡くなった途端に愛人と結婚したのですよ。本来、そこで平民なのに、国にはそれを届けなかったのです。内縁の妻ではなく、教会でしっかり誓約書も交わしているのに、ですよ!?」

 家令がペラペラと饒舌に話す内容は、全部本当の事である。


「しかも先代当主の決めたエマール伯爵令息との縁談も、親子で共謀して壊しまして。シルヴィさんはエマール伯爵家のモルガン様と結婚して、ファビウス伯爵家を継ぐとか公言していましたよ。いやぁ、無知な平民って怖いもの知らずですなぁ」

 一気に話したセバスティアンは、満足そうに笑う。

 今まではフローラの身に危険が及ぶ心配があり、相当我慢していたのだろう。



「それは、爵位簒奪さんだつ……いや、偽称? 何にせよ、かなり重い罪になるな」

 全て調べた後であり、罪が明らかになっているから特務部隊がここに居るのに、アルベールはセバスティアンの話で初めて知ったような顔をする。


「え? へい……みん?」

 先に声を出したのはサロメだった。

「何を馬鹿な事を! 爵位を継ぐのは男と決まっているではないか!」

 ダヴィドが叫ぶ。

 リオネルもアルベールも、何を今更、と呆れた顔をし、セバスティアンはまたも大きな溜め息を吐き出した。



「お前は! お前は!! どれだけ古い話をしているんだ!」

 突然怒鳴り声と共に場に乱入してきたのは、エマール伯爵である。夫人はまだ、重いドレスで階段を登りきれていない。

「は? 貴様こそ、何を言っている」

 ダヴィドはまだ自分を平民だと認めていないので、あくまでも伯爵家当主として振る舞う。


 そのように不遜なダヴィドの胸元を、エマール伯爵は両手で掴んだ。

 ダヴィドの首が締まる。

「貴様が無知なせいで、うちまで巻き込まれたんだ!」

「は?」

「たかが平民のくせに伯爵気取りで気に食わなかったが、屋敷内だけだからと放置していたら……モルガンがんだぞ!」


 エマール伯爵の言葉にアルベールの眉がピクリと動く。興奮しているエマール伯爵は当然気付くわけがない。

 揉めている二人の傍に、やっとエマール伯爵夫人が到達した。



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