第3話:婚約者として




「婚約者だ」

 モルガン・エマールをそうされたのは、フローラが学園に入学する一年と少し前、モルガンの入学直前だった。

 そう。この時まではまだ、フローラは天使の迎えを待つつもりでいたのだ。


 それまでも家族ぐるみの付き合いはあったが、三人で居てもモルガンは常に姉のシルヴィとばかり話していた。

 フローラがモルガンを姉の婚約者だと思い込んでいても仕方が無いだろう。

 当主教育が始まったのはモルガンが学園に入学してからなので、この頃には当主になるのが自分だと、フローラはまだ知らなかった。



 エマール伯爵夫人との会話が噛み合わず、「モルガン様はお姉様の婚約者ですよね?」と、フローラが確認した事からその間違いにエマール伯爵夫妻が気付いたのだ。

 フローラが思っていたのだから、当然シルヴィもモルガンも勘違いしていた。


「だって、俺はファビウス伯爵家へ婿入りするんだろ?!」

 モルガンの言う事は間違っていなかった。

 ただし、相手を間違えていた。

「ファビウス伯爵家は私が継ぐんじゃないの?!」

 同じ勘違いをしていたシルヴィも声をあげる。


「ファビウス伯爵家を継ぐのはフローラだよ」

 説明をしたのは、なぜかエマール伯爵だった。当のファビウス伯爵は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 そして一言「フローラが婚約者だ」と、吐き捨てるように告げた。



「ほら、シルヴィは美しいでしょう? だから素敵な嫁ぎ先が選べるけど、フローラは年寄りの後妻とか、平民の豪商の妾とかしか話が来ないと思うのよ。可哀想でしょう?」

 ファビウス伯爵夫人は、いつものようにフローラをおとしめる発言をした。

 勘違いをさせるような行動をしていた説明も謝罪も無く、ただシルヴィへの言い訳だけを口にする。


「そっか。不細工なフローラは、この家を継がないと貴族ですらなくなっちゃうかもしれないものね!」

 シルヴィも母親と一緒になってフローラを侮辱する。

 いつもならばここで、父親のダヴィドも嬉々としてフローラを馬鹿にするのだが、さすがに婚約相手の家族の前では口をつぐんだようだ。



「フローラは、シルヴィさんと違って美人なのよね」

 エマール伯爵夫妻は、フローラを自分の娘のように可愛がっていた。

 表面上は仲良くしているが、実は、ファビウス伯爵家のフローラ以外をあまりこころよく思っていないようだった。


 それが尚更、シルヴィに好意を持っているモルガンは気に入らず、益々フローラに邪険に当たるようになった。

 悪循環である。




 モルガンは学園入学後、フローラとの交際費として渡されたお金を、シルヴィとの交際費に全て使った。

 婚約者との交流会の日。街でシルヴィと交流をした。

 学園内では恋人のように振る舞っていたので、二人が婚約者だと思っている生徒ばかりだった。だから街で二人が腕を組んで楽しそうに過ごしていても、誰も何も言わなかったし、口のにも上らなかった。


 街での交流会は、エマール伯爵夫人にファビウス伯爵家へ行っていない事が露見してしまったので、エマール伯爵家で行うよう変更されてしまった。

 しかしそこはシルヴィの機転とファビウス夫妻の協力で、邪魔者は付いて来るが、交流会を続ける事が出来た。


 そう。邪魔者である。

 モルガンの中では、未だ婚約者はシルヴィのままだった。

 婚約者に使うように渡されるお金は全てシルヴィへ使うし、フローラに使う時間を勿体無いと思っている

 どうやったらフローラを排除出来るか。

 日々、そればかり考えていた。




 そして更に一年後。フローラが学園に入学するのだが、無論、二人の態度も行動も変わらなかった。

 朝、モルガンはファビウス邸まで馬車で来るのだが、乗せるのはシルヴィだけである。

 フローラはファビウス伯爵家の馬車で、侍女と護衛と共に登園する。


 馬車停めで護衛の手を借りてフローラが馬車から降りると、べっとりと体をくっつけて腕を組んで歩くモルガンとシルヴィが居た。

 周りもそれを当たり前の光景として見ており、不貞行為だと咎める視線も言葉も無い。


「さっさと婚約破棄に同意すれば良いのに」

 そう呟いたのは、フローラではなく侍女のローズだ。

 今からでもシルヴィに当主教育をほどこし、婚約者をげ替えれば良いのに、とはフローラも常に思っていた。


 そうすれば、自分は天使を待てるのに。


 フローラは、不実な婚約者と非常識な姉の後ろ姿を眺める。

 自分の力で爵位取得を目指すと言っていたのは、嘘でも冗談でも無かったようで、あの夏の日から天使は避暑に来なくなった。

 天使のように可愛いのに、騎士を目指した少年。


 今では数が少なくなった攻撃魔法が使えるの家系なのだと、だから心配しなくて大丈夫だと、そう笑っていた。

 自分が当主になるなどと知らなかったあの日。フローラは天使と共に過ごす未来に、夢と希望を膨らませていた。



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