第1話への応援コメント
たまに、こういう想像をすることがあります。
一切動けず、言葉も発せず、意思の疎通ができない、なのに生きている。
この状況は何よりも恐ろしく、何よりも悲痛であると。
脳死判定者からの臓器提供は身体が正常である分、ドナーとしても優秀であることは知識として知っていますが、この物語を読んでからでは些かその気持に揺らぎも生まれてしまいます。
脳死(現在の脳死判定)が、本当の人間の死であるかどうか。
まだ、考えなければならないことがありそうな気がしています。
作者からの返信
感想を寄せて頂きましたことに心より感謝を申し上げます。
脳死だけでなく、人間の意識や死についてはまだまだ未知の領域だと思っています。
病棟で働いていた時期が、感じることや考えることが多々ありました。避けることのできない死をどう受け止めるか。
答えを見つけることは難しいのかもしれません。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
第1話への応援コメント
自主企画へのご参加に感謝します。『記憶』からきました。これはつまり…そういうことですね。
ドナーの話が出てきたあたりで「!」とピンときまして、ますます興味が湧きました。
表現力が高く、心情や状況がとてもわかりやすかったです。人が死ぬ時の心境はこんな感じなんだろうか…と考えさせられる、素敵な作品でした。
作者からの返信
早速お読み頂きましてありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
メジャーなジャンルの作品ではなく読者のかたの目に留まることなく埋もれてしまうのでは、と思っていました。
自主企画に参加させて頂いて、本当に良かったです。重ねてお礼申し上げます。
ご縁があったことに感謝!です。
第1話への応援コメント
筋ジストロフィーの末期で視線でしか会話ができない方の講演を思い出しました。
発祥した時、治療をせずに死を選ぶかきかれた時に「そんな選択を迫られる方がおかしい」って思ったと。
周りはもう死ぬしかない、どうしようもないって諦めていても、当の本人にとっては冗談じゃないですよね。
生きていることに意味があるかはわかりませんが、生きていたいと思う気持ちを尊重していきたいと思いました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この作品は、私自身が救急搬送された時の経験がベースになっています。
意識は朦朧としていましたが、周りの声は聞こえていました。
「家族を呼んで」というドクターの声。まだ死ねないと思うのに何もできない。
その後、病院で働き、意識のない方に接することが多々ありました。
「もう意識が戻らないから」とか「どうせ本人はわかってない」と言われるたび、疑問を覚えていました。
本当はわかっていて、でもそれを伝えられないだけなんじゃないか、と。
感情は見えない。
だから言葉や態度を頼りに推し量るしかありません。
動けなくなることは、伝える術を失ってしまうということです。
でも感情も人としての尊厳も、決して消えてなくなるわけじゃないと思います。
本人にとっては冗談じゃない。
そんな遠藤さんのコメントに、他者に対する優しさと思いやりを感じます。
この作品は三部作です。
残りの2編もいつかお読みいただけると嬉しいです。
お読みいただきまして、本当にありがとうございました。
心より感謝を申し上げます。