4:ヒトならざる者(2)

 堅いパンを噛み締めながら、ファルサーはふと、自分が一人で食事をしている事に気が付いた。


「あなたはもう食事を済ませたのか?」

「必要無い」

「なぜ?」

「君に食事をしろとは言ったが、私を質問攻めにしろとは言ってないぞ」


 ずっと自分の手元だけを見て作業をしていたアークが、顔を上げてファルサーを睨みつけてくる。


「質問攻めにしているつもりは無い。ただ、あまりにも不思議な…常識から外れた返事ばかりするから、つい訊いただけだ」

「君の常識が全てに通用しないと、考えた事は無いのか」

「確かにここの状況からすれば、僕の常識が当てはまらないのは当然だと思う。だが、飯を食う必要が無いなんて、僕以外の誰にだって当てはまらないだろう」

「それは "人間リオンの常識" だ、私には関係無い」


 アークの答えに、ファルサーはびっくりした。


「待ってくれ、それではあなたはまるで、人間リオンでは無いみたいじゃないか」

「私は人間リオンでは無い。町で、そう聞いてきたのではないのかね?」


 ピシャリとした口調で言われたその態度より、言葉の内容に衝撃を受ける。

 町の老爺はアークの事を "山の精霊の加護を受けた長命のもの" と言った。

 学の無いファルサーでも、世界を維持するために六柱の精霊族エレメンツが存在する事は、当たり前の常識として知っている。

 所属する国や、暮らす地域によって、宗教観や信仰する対象が違っていたりもするが、魔法ガルズを行使出来るのは精霊族エレメンツが存在するからだ、という程度の知識は、一般的な常識だからだ。

 だが精霊族エレメンツ幻獣族ファンタズマと同様に、異形の超越せしものであり、一般的にはヒトガタをした人間リオンを超える生命…つまりヒトならざる者ヴァリアントは、おとぎ話にしか存在しないと言われている。

 故にファルサーは、アークの事も風変わりな魔導士セイドラーなんだろうと思っていた。


「あなたは……ヒトならざる者ヴァリアントなのか?」

「だから、なにかね?」

能力値ステータス人間リオンを上回るのか?」

「だから、なにかね?」

魔力ガルドルも高い?」

「だから、なにかね?」

「僕と同行願えないだろうか?」


 唐突な申し出に、アークは絶句したようだった。

 じつを言えば、それを口にしたファルサー自身も驚いていた。

 だが、アークの存在が本当にヒトならざる者ヴァリアントなのだとしたら、これは千載一遇の機会でもあった。


「突然こんなコトを言われて迷惑なのは充分承知してる。だがあなたが言った通り、僕に科せられた命令は、物好きを通り越した無謀な命令だ。おとぎ話に出てくるような "ヒトならざる者ヴァリアント" の手でも借りねば、達成は不可能だと散々言われてきた。ここであなたに出会えたのは…」

「冗談じゃない!」


 バンッと、アークはテーブルを叩いた。

 ファルサーは黙ったが、それでもジッとアークの顔を見つめ続けている。


「私が君に同行する、義理は一切無い」

「無理な頼みだと解っている」


 二人はしばらく互いを睨み合っていたが、やがてアークのほうが視線を逸らし、部屋から出て行ってしまった。

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