35.ナインと二人で頑張ります



 ナインによって空中に描かれた巨大な魔法陣は、それは立派なものだった。

 魔法陣に詳しくないが、精密に描かれた模様や記号、古代文字は芸術品といっていいほど美しい。

 ヴェイント氏や他の護衛たちも見入っている。

 ただ、ガッツと呼ばれた目つきの悪い護衛は見当たらなかった。

 幌馬車の警護をしているのかもしれない。


「エリアーナ様、こちらへお願いします」


 ナインに呼ばれ、魔法陣の近くに寄る。

 近くで見ると描写の細かさに鳥肌が立つほどだ。


「この大きさの魔法陣ですと、私は維持だけで手いっぱいになります。

 エリアーナ様は発動に必要な魔力量を

 道が完成するまで、放出し続けてください。

 必ず、放出量は一定でお願いします」


 魔力操作は得意な方だが、魔法陣への魔力放出は初めてだ。

 緊張するが、自分がするしかない。

 目を閉じて集中する。

 真っ暗な世界。

 そんななか、ジルコの気配を感じた。

 隷属魔法で繋がれた関係。

 でも今は少しずつ『絆』と呼べるものが芽生えてきている関係。


(私はジルコさんの仲間だ。彼がそれを誇りに思えるよう、やり遂げよう)


 ゆっくりと息を吸い込み、それを時間をかけて吐き出す。

 パッと目を開けた。

 両手を魔法陣に向けて広げる。


「……いきます!」


 身体の内側から魔力を引っ張り出し、手の平から放出した。

 今日はジルコの状態異常を魔法で治したが、それだけだ。

 自分の中にまだまだ潤沢に魔力があるのを感じた。

 魔法陣が徐々に光を増す。


「まもなく魔法が発動します!発動後は、その魔力量を保って!」


 足元の大地から微振動を感じた。

 魔法陣の光が眩いほどになり、崩れている崖が少しずつ『道』の形へ戻っていく。

 集中して魔力の放出を続けた。

 ぐいぐい自分の魔力が減っていくのがわかる。


(これは、ジルコさんを治したとき以上に減りが早い!)


 道や建物を作る建築関係の仕事は土魔法使いが就くと聞く。

 彼らは大人数で分担して何日もかけて作り上げるらしい。

 それを今は自分一人の魔力で補っている。


(もう半分も魔力ない……。けど、道は完成までもう少しかかりそうだね。頑張れ、私!)


 額からこぼれた汗が目に入って痛い。

 けれど両手を掲げているので拭くことはできなかった。

 自分が失敗して魔法が中断すれば、全て台無しだ。

 目を閉じて、とにかく魔力の放出に集中した。

 他のことは全て遮断する。

 手から放たれる青い魔力は波打つこともなく、一定のまま保たれていた。


(このまま、最後まで、やるんだ!元聖女の底力ここで見せないでいつ見せる!!)


 後ろに控えていた護衛たちは目の前で起きていることに感嘆の声をあげている。

 しかし、ヴェイント氏は心配そうな表情でを見守るのだった。

 ジルコは、いつもと変わらず眉間にしわを寄せ、エリアーナの背を見つめている。

 その手は固く握りしめられていた。


「エリアーナ様!もう大丈夫です!ありがとうございました」


 魔法陣に集中しすぎて気づかなかったが、もう道は完成していたようだ。

 目を開けそれを確認すると、安堵と魔力を一気に失った疲労感で膝が抜ける。


(あぁ、よかった……。でも、立ってられないや)

 

 倒れこむと思ったが、それを力強い手が支えてくれた。

 温かな胸(筋)に安堵を覚える。


「よくやった……。アンタ本当、すごいやつだよ」


 ジルコが素直にほめてくれている。

 珍しくて思わず笑ってしまう。

 でも彼の眼を見たら、泣きそうになってしまった。

 そこにいたのは、からかいゼロの真剣な顔を向ける麗しくて頼もしい自分の大事な仲間だったから。


「はい。……私、めちゃくちゃ頑張りました。

 汗だくだったり、魔力もうほとんど残ってなかったりで

 全然かっこよくないんですけど、ちゃんとやり切れてよかったです」


 聖女だった時ですら、こんなに魔力を消耗したことはない。

 そして、こんなに褒められてうれしかったことも。

 ジルコは何でもできる完璧な聖女ではなく、今の自分を認めてくれる。褒めてくれる。支えてくれる。

 彼の存在に、何と呼べばいいかわからない涙がこぼれた。


「ナイン!君の魔法陣のおかげで道が直ったよ。

 やはり、ナインは世界一素晴らしい魔導士で最高の従者だよ」


 隣では自分同様、魔力を使った疲労感からしゃがみ込むナインに駆け寄るヴェイント氏の姿があった。

 それを見て、彼の中で完全にエリアーナの存在よりナインの存在の方が大きくなっていることを確信する。

 この異常事態も二人の関係が進展するのに役立ったのならよかったのかもしれない。


「たしか、馬車の荷物の中に回復薬ポーション類が入っている鞄があったね。誰かに取ってきてもらおう」


 ヴェイント氏に声を掛けられた馭者が馬車に向かう。

 しかし、どんなに探しても言われた特徴の鞄は見つからなかったようだ。


「おかしいですね。たしかに乗ってきた馬車に載せたのですが……」


 ナインも首をかしげている。

 残念ながら自分も回復薬は一つも持っていない。

 普段なら必要ないからだ。

 どんなに消費しても、一晩寝れば次の日には魔力が元通りになる回復力を持ち合わせている。

 それだけ強い加護を与えてくれた水の女神に感謝だ。

 が、しかし。

 今はそれがあだになって追い込まれていた。

 急激な魔力の減少は、時間が経つにつれ強烈な頭痛、めまい、倦怠感が表れる。

 エリアーナはここまで魔力を失ったことがない。

 なので、話には聞いていたが実際にこんなに辛いとは思わなかった。


「うぅ……。段々頭がぐわんぐわんしてきました。逞しい胸筋しか見えません」


 ジルコの胸に顔を埋める。

 頭を自力で支えるのも億劫だからだ。

 決してここぞとばかりに甘えているわけではない。


「私の魔力をナインにあげることはできないのかい?たしか、魔力譲渡といったかな」


 ヴェイント氏がナインを支えつつ提案した。

 どうやらナインはエリアーナよりは症状がマシのようだ。

 立ち上がると首を横へ振った。


「魔力譲渡は高い魔力をもつ熟練の魔法使いでないと、双方が危険です。ライアン様に何かあっては、私は生きていけません。どうか、無謀なことはおやめください」


 そう、魔力譲渡は相手に魔力をただ流せばいいわけではない。

 精密な魔力操作がいるし少しでも配分を間違えば、相手だけでなく自分の命すら落とすとても危険な行為なのだ。


(私は魔力量も豊富だし、技術力も問題ないからスマホやジルコにドカスカあげられたけど、普通の人はまず無理だよね)

 

 頭も体もどんどん重くなっていく。

 このままではジルコに埋もれてしまうかもしれない。

 ……何だか天国にいけそうな最後だ。

 しかし『筋肉死』はあと50年以上生きた後で迎えたい。


「少しでも眠ればよくなると思います……。荷馬車でいいので、休ませてもらっていいでしょうか」


 しゃべるとその声が頭に響いてより頭痛が悪くなった。

 前世で二日酔いの父を笑ってしまったことを今更後悔する。

 もっと労ってあげればよかった。

 もう目を開けているのも無理だ。


「そんな!エリアーナ様を荷馬車に寝かせるなんてできません!」


「ライアン様、先ほど直した道をもう少し進むと、たしか馬車が寄せておける広場があったと思います。そちらに天幕を張って、横になって頂くのはいかがでしょう」


 ヴェイント氏とナインが気遣ってくれる。

 しかし、そんな気遣いはいいから横にならせてほしかった。

 でもそれを言える立場ではないし、言葉を発するのも億劫なほど世界が回っている。


(そ、それと、空腹が、ひどい……)


 エリアーナは魔力を使うとその分、腹が減る。

 今も腹が空腹を訴えて鳴いていた。

 でもそれを言う気力もない。


「……おい、口を開けろ」


 ジルコの声に素直に従う。

 すると、香ばしい甘い香りと味が口に広がった。

 それをゆっくりと溶かしながら味わう。


(こんなにおいしいチョコ、初めて食べる)


 前世でもこんなに濃厚で幸せな気持ちになれるチョコレートを口にしたことはない。

 時間をかけて飲み込む。

 もっと食べたくて口を開けば、ジルコが少し笑ってひとかけら入れてくれた。

 もう何口か食べる。

 すると不思議と元気がでた。

 今だ魔力はほとんどないが、体調は先ほどより全然マシだ。

 これなら馬車に乗っての移動も耐えられるだろう。


「エリアーナ様、これから天幕が置ける場所まで移動しますので、馬車までお戻りください」


 馭者が呼びに来たのでそれに従おうとするが、足に力が入らない。

 すると、ジルコに横抱きされ運ばれた。

 いわゆる、お姫様抱っこ状態になり、目が点になる。


「アンタ、あんなに食うわりに軽いんだな」


 そうさらっと言われ、ちょっと嬉しくなる。

 しかし、ジルコを直視することはできない。

 こんな至近距離でご尊顔を見たら、あまりの美しさに目がパーンと破裂してしまう。

 それにこの状況はどう考えても恥ずかしい状態なので、顔を両手で隠してやり過ごした。


「フッ、耳真っ赤だぞ」


 耳元で笑わないで欲しい。

 かすれ気味の声でそんなこと言わないで欲しい。

 からかいつつも、こんなに優しく、まるで壊れ物を扱うみたいに運ばないで欲しい。

 恥ずかしすぎてうーうー唸るだけで口には出せなかったけど、馬車から去るジルコを一生懸命睨んでやった。

 火照る顔はどうしようもなかったけど、きっと少しは自分の気持ちが伝わったはずだ。





 

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