33.グラメンツを旅立ちます
翌朝早く依頼主の元へ行くと、すでに宿の前に二台の幌馬車と一台の地味な馬車がいた。
それを引くのは目の光る大きな馬だ。
さすが、裕福な商家の馬というべきか、つやのある毛並みで均整のとれた筋肉が素晴らしい。
「クッ……アンタ、筋肉なら馬でもいいのか」
エリアーナが馬を観察していることに気づいたジルコが笑った。
筋肉観察の何がいけないというのか。
「美しいものを見て感動することの何がいけないんですか!もう、人の趣味笑ってないでヴェイントさんのところへ行きますよ」
馬車に近づくと、馭者と話しをしていたナイン氏がこちらに気づいた。
今日は従者服ではなく、魔導士のローブを着ている。
従者服も着こなしていたが、こちらの服装の方が合っていた。
「おはようございます、ナインさん。
(魔導士なのに商人の従者をしているということは『訳あり』な方なんですね)
「おはようございます、エリアーナ様。
(聖女を首になり家を追い出された方に、何も言われたくないですね)
ニコニコと笑いながらお互いに目で嫌味を言いあう。
その様子にジルコは呆れているようだが、勝手に鑑定された恨みは深いのだ。
「ナイン!私よりさきにエリアーナ様と仲良さそうに話さないでおくれ」
馬車の中からヴェイント氏が顔を出した。
今日はいかにも庶民といった装いだ。
いつもの装いでは、裕福な商人ということが丸わかりだからだろう。
アイドルのような顔立ちと地味な服装の組み合わせは何だかちぐはぐだ。
「おはようございます、エリアーナ様!今日から毎日あなたと過ごせると思うと、心も体も踊りだしそうです」
馬車から華麗に降りて、そのまま手を取られた。
……この人は、手を握らずにはいられない生き物なのだろうか。
瞬時に身体強化(弱め)をかけて手を引っ込める。
「おはようございます、ヴェイ、いや、ライアン様。 他の護衛の方へ挨拶をしてまいりますので、一旦失礼いたします」
逃げるように幌馬車の方へ向かう。
後ろでヴェイント氏が何か言っている気がするが、難聴になったので聞き取れなかった。
「はぁ……。これから10日くらい彼と同じ馬車で過ごさなければいけないと思うと気が重いです」
思わず小声でジルコに愚痴ってしまう。
背中を軽くポンポンとされ、励まされた。
「金のためだ。耐えろ」
「金貨1000枚、金貨1000枚、金貨1000枚――」
ぶつぶつと呪文を唱え、自分を奮い立たす。
これが終われば、国外へ移り住む道が一気に縮まる。
それにちゃんとヴェイント氏と話せば、自分への執着がただの錯覚だと分かってくれるかもしれない。
時間はたくさんあるのだ。
距離が近すぎて嫌だと思うなら、それもきちんと伝え、適切な関係を築こう。
……他人から目をそらすことを、やめると決めたではないか。
過去の二の舞にならないよう、頑張ろう。
まぁ、一番はお金のためではあるが。
幌馬車の周囲には5人の護衛が立っていた。
以前、ここの宿の前で見かけた二人もいる。
挨拶を済ませると、その二人以外は礼儀正しい人だった。
鋭い目つきの二人はジルコに対して『奴隷が調子に乗るな』と言ってきたので、魔力を放出して黙らせる。
こういう輩は力でどちらが上か最初にはっきりさせないと厄介なのだ。
それはバンバンと出会ったあの日の夜に学んだことだった。
彼らからは、あの日エリアーナを囲んできた気持ちの悪い破落戸と似た気配を感じる。
「ジルコは私の大事な仲間です。彼を侮辱することは私へ侮辱と取ります」
二人だけでなく、周囲にいたほかの護衛まで委縮してしまった。
以降エリアーナを見る目に恐怖が宿るのだが、致し方ない犠牲だ。
グラメンツを出立する。
ジルコは先頭の幌馬車へ乗った。
エリアーナが乗る馬車は、地味な見た目とは裏腹に中は快適そのものだった。
広さの拡張や振動を防ぐもの、中の気温を調節する魔法陣が組まれているのかもしれない。
おそらく、目の前に座る男の仕業だろう。
本当に優秀な魔導士だ。
「エリアーナ様。 そんなにナインが気に入りましたか?」
隣に座るヴェイント氏が拗ねたように話す。
かわいらしいお顔でかわいらしく少し頬を膨らませている。
体が窓の方に反ってしまいそうになるのを何とかこらえ、ごまかすように笑った。
「魔導士の方と係る機会があまりありませんでしたので、素晴らしいお力だなと感心しておりました」
神殿にいるのは神官と聖女のみだ。
魔力が豊富で魔法の操作も長けたものが招かれる。
また、自分を加護してくれている神や精霊以外の魔法を自身が使うことを良しとしなかった。
そのため、神官や聖女は魔法陣を使用することはない。
魔導士というのは、魔法陣に特化した者だ。
魔法陣を正確に描けば、自身の加護でない魔法も使えたり、能力を付与したりできる。
魔導士は国や貴族に雇われる事が多いそうだ。
魔法使いと呼ばれるものは、魔法と魔法陣をどちらも扱う者だ。
冒険者としてやっている者は、魔法使いが多いと聞く。
「ナインの家は代々私の家に仕えていて、彼女も私の従者としてともに育ちました。
でも魔法陣の扱いに長けていることに気づき
私が魔導士としても知識をつけるべきだと父に進言して
魔術学校へ通ったのですよ」
魔術学校は魔法や魔法陣を学べる学校だ。
12歳から18歳までの6年間通う。
入るには厳しい試験を受けなければならず、とても狭き門と言われている。
……先ほど、ヴェイント氏から意外なことを聞いた。
「……彼女、と言いましたか?」
「えぇ、ナインは正真正銘女性ですよ。たしかに、背も高く細身なので分かりづらいかもしれませんが」
驚いてしまう。
たしかに性別を男性だと思っていたが、そこではない。
「女性でも魔術学校に入れるのですか?」
プレシアス王国にある魔術学校へ女性が入学したことはない。
魔術学校へ入れるのは、幼少より英才教育を受けた貴族男性がほとんどだからだ。
「えぇ。私の出身国では、魔法学校の生徒の半数は女性だったと思います。そうだよね、ナイン」
「はい。通っているのも、貴族の方だけでなく平民の者もおりました。試験よりもその者の持つの能力や可能性を重視するからでしょう」
ヴェイント氏の国は、この国より柔軟性に長けた国なのかもしれない。
彼とともに行くことはあり得ないが、移住する国の候補の一つとして、どんな国なのか聞いてみよう。
……
…………
………………
その後、ヴェイント氏の国だけでなく、いろいろな国の話が聞けた。
彼は父親の名代で色んな国へ行く機会があるらしい。
そういう話をしているときは、至って普通の青年なのに、エリアーナの話となると突然豹変してしまうのだ。
一体どうやったらこの状態異常を治せるのか。
悩めるエレアーナの答えは見つからぬまま、ノーガスへの旅は順調に進むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます