30.新たな依頼を引き受けます



 回復師院の最後の手伝いを終えた帰り道。

 迎えに来たジルコと街灯が照らす道を歩いていると、光る紙飛行機が飛んできた。

 エリアーナが手のひらを差し出すと、スーッと着地した。

 これは飛紙とがみだ。

 国家機関やギルドなどが緊急時の連絡として使用するもので、エリアーナの元へも神殿から時折届くことがあった。

 魔力を登録している者のところへ飛んでいく、紙飛行機型の魔導具だ。

 飛紙を開く。

 分かりやすい星形の紋章に目が行く。

 

「これは、冒険者ギルドからみたいですね。 えっと……」


―― 依頼内容に変更あり 明朝シラディクス山に行かず 冒険者ギルド依頼受注窓口へに来られたし ――


 内容を読み上げて頭に『?』が浮かぶ。

 どういうことだかわからないが、エリアーナとジルコはシラディクス山の仕事を解かれたらしい。


「私たち何かやらかしましたかね?

 おととい帰るとき、ディーナさんは普段と変わりなかったと思うんですけど」


 新階層にできた洞窟は、連日の魔物討伐の効果で魔素の濃度も大分落ち着いた。

 もう白銅級の冒険者なら問題なく対処できるはずだ。

 なので、エリアーナとジルコはもう用済みといえばそうなのだが、いくら何でも突然すぎた。


「俺にもわからん。何だかおかしな感じはするが、まだ銅級への昇級を認められていないからな……。明日朝一でギルドに行くしかないだろう」


 ジルコも思い至ることはないらしい。

 昼のことといい、この飛紙といい何だか落ち着かないことが起きる日だ。

 ライアン・ヴェイントという人物から接触があったこともジルコに伝えてある。

 手を借りなくていいのかと聞かれたが、即行で断ったと言ったら少し呆れながらも笑っていた。

 誰かに導かれるのではなく、自分で進みたいのだ。

 それにヴェイント氏は『聖女エリアーナ』への憧れが強すぎる。

 今のエリアーナは『ただのエリアーナ』だ。

 彼の思い描くエリアーナでいてあげられないなら、近くにいるべきではないだろう。



 翌朝、エリアーナたちは手早く朝食を済ませ、ギルドを目指した。

 食べることが好きな二人だが、昨日の飛紙が気になってゆっくり食事をとる気になれなかったからだ。

 魔物素材と魔石を売るのに頻繁にきているので、西部劇風の建物も見慣れた。

 両開き扉を開けて中に入る。

 まだ朝早いということもあり、冒険者の数もそこまで多くない。

 飛紙にあった通り、依頼受注の窓口へ進んだ。

 

(うわー……。目が合ってしまった)


 という顔をしないよう笑ってごまかした。

 隣を見れば、一切ごまかさず眉間にしわを寄せている。

 肘で軽く小突くが全く意味がなかった。


「……チッ。 冒険者ギルドへ、よ・う・こ・そ! 本日のご用件は?」


 彼女は相変わらずだ。

 敵意むき出しで歓迎してくれた。

 もう少し早く気付いたなら他の窓口へ行ったのだが、手遅れだ。


「えーっと、昨晩こちらから飛紙をもらいまして……。この窓口に来るようにってことだったので来ました」


 ジルコは目と口を閉じ、我関せずの姿勢を貫いている。

 目の前の女性職員は長い爪で机を叩きリズムを刻んでいた。

 随所で舌打ちボイパも入る。

 ラップで乱入でもすれば、この気まずい空間はどうにかなるのだろうか。

 ……そんな現実逃避を考えたくなるほど、朝からここは空気が悪い。


「はー。そうですか。私なんも聞いてないんで、わっかんないっす」


 わからないなら、わかる人に確認をとってほしい。

 呼ばれたから来たのに、この仕打ち。

 

「もうアリシアさん!朝礼で話聞いてなかったんですか?このお二人は指名依頼が来てるんですよ!」


 隣の窓口から冒険者証を作ったときに担当してくれたカウボーイ青年が顔を出してくれた。

 彼は以前も助けに来てくれたし、もう拝みたいくらいだ。


「はぁ?仮銅級ですよ、この人たち。何かの間違いじゃないですか?」


「領主様のお知り合いからの指名ですよ。間違いではありません。僕が対応するので、アリシアさんはこちらの窓口担当してください」


 不穏な言葉が聞こえた。

 領主の知り合い……。

 昨日の上質なコート姿の青年が頭をよぎる。

 隣を見ればジルコも同じ考えのようだ。


(アンタ、やっかいなやつに目をつけられたな)

(ご迷惑おかけしてすみません……)


 溜息交じりに担当を変わってくれたカウボーイ青年の方を向く。

 先ほどの女性職員の非礼を詫びると、新たな依頼について話してくれた。


「シラディクス山での魔物討伐おつかれさまでした。本来ですと今日と明日続けていただく予定だったのですが、お二人を指名する依頼が急遽入りまして……」


 そう言って受付台の上に一枚の依頼書を出した。

 依頼主の名は『ヴェイント商会』とある。

 エリアーナたちの予想はありがたくないが的中した。


「ヴェイント商会長のご子息が現在この町にいらしてまして

 明日『ノーガス』という貿易港がある町へ向け出立させるそうです。

 その護衛に加わってほしい、との依頼ですね。

 もし依頼を受けていただけるなら、即日銅級への昇級を認めます。

 ただ、指名依頼ですので断られた場合、お二人の信用が足りないということで

 白銅級への昇級が難しくなってしまうかもしれません……」


 たしかノーガスは外国との主要な貿易港だ。

 渡航先はまだ未定だが、そこの港なら多くの外国行きの船が出ていることだろう。

 依頼を受ければノーガスへ向かう途中の宿泊費や食費もかからず、報酬ももらえる。

 いいこと尽くめに思えるが、ヴェイント氏のあの瞳孔が開いた眼は見覚えがあった。

 エリアーナが神殿を追われた原因である、一部の神官たちと同じ目なのだ。

 彼らはいかにエリアーナが素晴らしいかを、他の者たちだけでなくエリアーナに対しても説いた。

 水の女神の生まれ変わりである証明をしてみせると、エリアーナの行ったことを細かく記録し発表したり、エリアーナ(ベール姿)の姿絵や像を女神のものと比較したりと熱心に活動していた。

 前世を思い出す前のエリアーナが彼らに対して行ったことは『何も反応をしない』ということだ。

 その結果、彼らはそれを肯定と取り、どんどんおかしな方に進んで行った。

 最終的に行きついたのは『狂信者』だ。

 エリアーナが光の聖女に対して嫌がらせをしていると察知し、彼らは凶行に走った。

 光の聖女を誘拐し、神殿から排除することでエリアーナを喜ばせようとしたのだ。

 なぜ、そうなる?と今でも思うが、彼らと話すことを避け、その行動を見ることすらしなかったエリアーナにも責任があるのは間違いなかった。


「……引き受けるかどうか少し、相談していいか」


「はい、もちろんです。 決まりましたら、またこちらの窓口へお戻りください」


 窓口から離れ、ギルド内にある休憩所までやってきた。

 いくつかテーブルと椅子があるその場は、朝ということもあり誰もいない。


「アンタはどうしたい? 俺はアンタの希望を優先する」


 正面に座るジルコは真剣な面持ちでこちらを見ている。

 相変わらず今日も輝くようだ。

 その美しい緑色の瞳をじっくり観察したいところだが、そんな時間はない。


「……正直、依頼主の彼は信用できません」


「それは俺も同感だ。 どう考えてもアンタをモノにしたいから俺たちに依頼を出したんだろう。 力でどうこうはないと思うが、用心に越したことはない」


 盛大にため息がでる。

 依頼主がやっかいということ以外、利点しかないのだ。

 渡航費は遠くに行こうとすればするほど必要になる。

 依頼書の報酬の額を見た。


「1日一人あたり、金貨50枚!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 それくらい破格だからだ。

 普通の銅級冒険者への護衛依頼の10倍の額だった。


「グラメンツからノーガスまで、馬車だとだいたい10日くらいか。

 つまり、この依頼を受けて無事にノーガスへたどり着けたら金貨1000枚だな。

 行ける国が一気に広がる」


 思わず目が金貨になる。

 それだけあれば、すぐに外国へ移り住めるかもしれない。

 熟考するまでもなく、答えが出た。


「引き受けましょう。今一番の目標は自力でこの国から出ることです。変人なんて恐れるに足らず!ですよ」


 両手に力を込め、気合を入れる。

 ジルコを見ると、少し考えた後、頷いてくれた。

 

「ただ、その変人とやらが何か考えてるのは確実だ。俺も油断しないようにするが、アンタも気を抜くなよ」


 グッと親指を立て、力強くうなづいた。

 頼まれても気を抜くものか。

 常に臨戦態勢で挑むつもりで、護衛依頼を引き受けるのだった。





 

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