28.本当のことを話します


 

 シラディクス山での仕事のあと、回復師院の手伝いをするという超多忙な日々は目まぐるしく過ぎた。

 ジルコは相変わらず、回復師院へ迎えにきてくれる。

 さらに夜、院へ行くときは送ってくれもするのだ。

 その夜の手伝いも今日で5日目になる。

 子どもたちに大流行した風邪も一段落し、のちの刻9時前なのだが、全ての患者を診終わった。

 待合室にはだれもいない。

 ハーン先生の姿もなかった。

 診察室にもいなかったので、どこかに出かけているのかもしれない。

 そう考えていたら、入り口の扉が開き、中に戻ってきた。

 エリアーナの姿を見ると、温かな笑みを浮かべた。


「リア君おつかれさま。

 今日はもう患者さん大丈夫そうだね。

 毎日きてくれて、本当に助かったよ。

 これならもう夜間は

 院を開かなくても大丈夫そうだ」


「いえ!お役に立ててよかったです。

 子どもたち、みんな辛そうでしたものね。

 こんな短期間で落ち着いて本当よかったです」


 最初の3日間は次々に高熱の子どもたちがやってきて、日付が変わるまで帰れないこともあった。

 睡眠不足や肉体疲労は自身に回復魔法をかければいい。

 それは聖女と王太子妃教育の両立をする中で毎日行ってきたことだ。

 どうということはない。

 

「リア君の仲間の彼が、君のこと心配していたよ。

 昼は二人でシラディクス山の魔物討伐を

 しているんだってね。

 そのあとにここへきて

 あんなに回復魔法を使っていたなんて……。

 本当に大丈夫だったかい?

 よければ魔力回復薬をもらっておくれ」


 ハーン先生は白衣のポケットから魔力回復薬を取り出した。

 エリアーナはそれを丁寧にお断りする。


「お気遣いありがとうございます。

 でも、私は本当に大丈夫なので

 それは先生が使ってください。

 今先生が倒れでもしたら

 たくさんの人が困ってしまいます」

 

 それを聞き、申し訳なさそうにハーン先生は魔力回復薬をポケットに戻した。

 

「……すまないね。

 こんなに世話になっているのに

 何もしてあげられなくて」


「いいえ!私が無理を言ってこちらで

 手伝わせてもらっているんですし。

 気になさらないでください。

 では、また明日お手伝いにきますね」


 診療所を出る。

 ジルコはこんな早い時間に終わったにもかかわらず、そこにいた。

 普段は近くにある飲食店や酒場で時間を潰しているらしい。

 私が移動するとそれがわかるので、店を出るのだそうだ。

 しかし、今目の前にいるということは先ほどまでここでハーン先生と話していたのだろう。


(何で勝手に昼間の仕事のことハーン先生に伝えたんだろう。そんなことしたら、ハーン先生が気に病むだけなのに)


 はじめてジルコに対して苛立ってしまった。

 彼には理由を話してある。

 『神殿へ行けない人が回復師院に流れてしまい、人のいい回復師が困っているので元聖女として手を貸したい』という建前ではあるが。

 それに対して彼は人が良すぎると呆れてはいたが、理解してくれていたはずだ。

 それなのに、なぜをハーン先生へ教えたのだろうか。

 ジルコにはハーン先生がとても気のいい人だと伝えてあった。

 だから、そんな人に昼間シラディクス山でも魔法を使いまくっていると知られたら、エリアーナに対して気を遣うのは分かり切っていることではないか。

 そんな気遣いは一切いらない。

 だってこれはこの町の人のためと言いつつ、その実本音は自分のためだ。

 自分が勝手に抱く罪の意識への、勝手な贖罪に他ならない。


「……なんで」


 目の前の綺麗な顔を見ても、苛立ちがおさまらない。

 ジルコはエリアーナが何を言いたいのか理解できないようで、怪訝な顔になる。

 このままでは、彼へ怒りをぶつけてしまいそうだったので、何も言わず歩き出した。

 後ろにジルコの気配を感じるので、ついてきているのだろう。

 ジルコがハーン先生に昼の仕事のことを言ったのは、彼なりにエリアーナのことを慮っての行動なんだとはわかる。

 わかるが、それでも……。

 そんなぐるぐるした気持ちのまま、気づいたら宿の部屋に戻っていた。

 沈黙が部屋を包む。


「……アンタ、何かあったのか?

 眉間にシワ寄せてるなんて、珍しいだろ」


 何かをしたのは自分なのにそれに自覚がないジルコに、さらに苛立ちが募る。

 普段なら気にならないことがこんなに気になってしまうなんて、心に余裕がないからなのだが、それを自覚できる状態ではなかった。


「ジルコさんは、私の魔力量が膨大だって

 知ってますよね。

 シラディクス山の仕事と回復師院の手伝いを

 両立するのなんて私にはわけないんです……」


 ジルコの方を向く、眉間にシワを寄せているのはお互い様だった。

 彼はエリアーナの真意を汲み取ろうとしてくれている。

 その結果が眉間のシワに直結してしまったのだが、その様子はまるでにらみ合う二人だ。


「あぁ。毎日アンタが魔物ぶっ倒してるの

 目の前で見てるからな。

 アンタの魔力量ならはそれも可能だろう」


「わかっているならなぜ!

 なぜ、ハーン先生に魔物討伐のことを

 話したんですか。

 あの人のいい先生がそれを知ったら

 余計な心配するだけじゃないですか!

 私の意思で、勝手に手伝っているだけなんです。

 だから、ハーン先生が気に病むようなこと

 わざわざ教えないでほしかったです!」


 声は段々と大きくなってしまった。

 宿の迷惑になってもいけない。

 急いで部屋に防音の魔法をかけた。

 部屋の中をうっすらと清涼な霧が舞う。

 頭に血が上っているエリアーナにはちょうどいいのかもしれない。


「……アンタ、今の自分のことわかってるか。

 食う時はいつも幸せそうな顔したり

 普段もアホみたいなことして笑ったりしてたのに

 回復師院の手伝いに行けば行くほど

 それがなくなっていってたんだぞ」


 ジルコの言っていることは合っている。

 最近、過去のことが頭をちらつき精神的に参っていた。

 自分を見捨てた人々に恨みや心残りはない。

 しかし、彼らをそうさせた過去の自分が腹立たしくて仕方なかった。

 回復師院に来る半数は神殿へ行ったが、診てもらえなかった人々だ。

 彼らは口々に神殿への不満をこぼす。

 それが全部、過去の自分のせいに思えて余計に落ち込んでしまうのだった。

 

「アンタはさ、元聖女だからって理由で

 回復師院の手伝いをしたいって言ったろ。

 だとしても、アンタがそんなに追い込まれるまで

 頑張る必要あるか?

 神殿が住民にどんなに迷惑かけようが

 アンタが尻ぬぐいするのは絶対おかしいだろ。

 ……アンタは何も悪くない!」

 

 ジルコが必死に自分の考えを伝えてくれている。

 それがわかる。

 でもそれは今のエリアーナには迷惑なものに思えてしまった。

 

「違う!私が悪いんです!

 過去の私が少しでも行動してたら

 こんなことにはならなかった!

 だから、私が何とかしなきゃ……。

 ジルコさんに、それを止める権利はない。

 私のやりたいことに、口を出さないで!!」


 そう言った瞬間、ジルコが苦悶の表情を浮かべた。

 立っていられず、膝をついている。


「ぐッ……」


 禍々しい黒い茨がジルコの全身に入れ墨のように現れた。

 初めて見たが、それが隷属魔法によるものだとすぐにわかった。

 エリアーナの言葉に、隷属魔法が反応してしまったようだ。

 慌ててジルコに駆け寄る。


「ジルコさん!!」


 苦悶の表情を浮かべ、息をするのも苦しそうだ。

 呼吸が乱れている。

 

「これはいつまで続くの!?

 バンバンさんから何も聞いてないよ!」


 「……ッ、し」


 ジルコが悶えながらも何かを言っている。

 それを聞き取れるように、口元に耳を寄せた。

 

「ン"……ッ、るし。

 ゆ、るっ……し、を!」


 『許しを』

 そう聞き取れた。


「ゆ、許し?えっと、許せばいいの?

 えっ、つまり、私はあなたを許します?」


 そう言っても今だジルコの茨は消えない。

 何かが違うらしい。


「なんで!?私、許してるよ!

 ジルコさんのこと、こんな目にあわせたいほど

 怒ってもないし、嫌がってもない!」


 もうパニックだった。

 目の前でジルコは激しい痛みに襲われ続けている。

 どうしていいかわからず、回復魔法を唱えるが、隷属魔法による痛みにはまるで効果がないらしい。

 

「ァ゛ッホ!……な、まぇッ!」

 

「名前?名前を言えばいいんですが?

 じゃあ、私、エリアーナは『ジルコ』を許します!」


 その言葉をきっかけに、ジルコの茨は一瞬で消えた。

 今だ息は激しいが、苦悶の表情ではなくなる。


「アホが……。隷属魔法の罰則に回復魔法が

 効くわけないだろ。

 力でねじ伏せようとしてんじゃねーよ。

 こっちは全身死ぬほど痛ぇのに笑わすな」

 

 そう言って、汗のにじむ顔で笑うのだった。

 そんな姿に思わず涙がこぼれた。

 彼はエリアーナのせいで、こんな目にあったのだ。

 エリアーナの無意味な意地のせいで、こんな汗だくになるほどの痛みに晒された。


「ごめんなさい!

 こんな目に合わせるつもりなんかなくて!

 ジルコさんは私を気遣ってくれただけなのに……」


 ジルコは仰向けに寝転んで息を整えている。

 閉じていた目が開く。

 目が合うと、少し微笑んでくれた。


(大丈夫だから気にするな)


 そう伝えている。

 ジルコは優しい。

 彼といると、人として尊重してくれていると実感できた。

 だから、全部を話したくなった。

 なぜ自分がこんな状態になってしまったのかを。

 

「あの、私……。

 きっと信じてもらえないと思って

 ジルコさんに言ってないことがあるんです。

 今回のことは、それに原因があります。

 ……その話を、してもいいでしょうか」


 もうこんなことで、ジルコと対立したくない。

 この話をした結果、彼がエリアーナの頭がおかしいと思ったとしても、本当のことを知ってほしかった。


「アンタの事情はそもそもぶっ飛んでるからな。

 いまさら他のこと聞いても、たぶん驚かないぞ」


 ジルコの表情は穏やかだ。

 エリアーナは目を瞑り、一度大きく深呼吸した。


 「私には、前世の記憶があります」


 そう話し始めた。

 実家を追い出されている最中に前世の記憶を取り戻したこと。

 前世の世界はこの世界とは異なる世界で、自分はそこで親や友人に囲まれ幸せに暮らしていたけど、16歳で死んでしまったこと。

 記憶を取り戻したことで、自分の今までの生き方がおかしいということに気づけたこと。

 すべてを話した。


「もし私がもっと早く記憶を取り戻して

 こんな事態になることを避けられたなら

 彼らが困ることもなかった。

 だから、何かせずにはいられなかったんです……。

 回復師院の手伝いは

 贖罪のつもりで勝手にやりました。

 ……ハハッ、結局自分のことしか

 考えてないですね、私」

 

 反応が怖くて、正面を向けない。

 部屋を沈黙が襲った。

 

 ジルコがゆっくりと動く。

 コップに水を入れる音がする。

 二つ、テーブルに置かれた。


「すっげー長い話だったな。

 とりあえず、座ってくれ」


 確かにたくさん話したし、涙も流したので、のどが渇いていた。

 ハンカチで目元を拭うと、座って水を飲んだ。


「アンタに前世の記憶があるって聞いて

 ようやく腑に落ちたわ。

 だって、普通の貴族令嬢や聖女じゃ

 絶対ありえないことしかしてないもんな。

 ……でも、だからこそ俺はアンタに救われた」


 ジルコの眼は穏やかだが力強い。

 月の光が照らす姿は輝いて見えた。


「アンタにとっては辛い現実かもしれないけど

 少なくとも、俺にとってアンタとの出会いは

 今まで生きてきた中で一番『幸運』な出来事だ。

 ……アンタは俺の命の恩人なんだよ。

 その恩人のこと、そんなふうに追い込むの

 やめてもらえるか」


 ジルコに軽くデコピンされた。

 まったく痛くなかった。

 けれど大げさに痛がって、おでこに手を当てる。

 そして笑った。

 彼の言う通りだと思えたからだ。

 過去を嘆いて、今を追い込んで何になるというのか。

 ちゃんと全部を受け止めて、本当の意味で先を見よう。

 先に進もう。


「……はい。

 もうウジウジはやめます。

 もしかして、私、ジルコさんに出会うため

 前世を思い出したのかもしれませんね!」


 ジルコが目の前で盛大に水を吹いた。

 それを顔面で受け止めてしまう。

 イケメンエルフ水を浴びる趣味はない。


「うわぁ!ジルコさん!さすがに汚いです!!」


 ジルコはむせていてそれどころではなさそうだ。

 真っ赤になるほどむせている。

 気管にでも入ったのかもしれない。


「ジルコさん大丈夫ですか!?

 苦しいですか?回復魔法かけましょうか?」


 それを聞き、むせながら笑い始める。

 何とも器用だ。


「だから、力でねじ伏せようと、するな!」


 ジルコのツッコミが部屋に響く。

 それをうけ、びしょびしょのエリアーナはくしゃみをした。

 

 二人の笑い声は、しばらくの間続くのだった。






 

 

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