22.無償依頼を受けたいだけです



 冒険者証を作った翌朝、エリアーナとジルコは初仕事を引き受けるため、朝のギルドを訪れた。

 今日もギルド内は冒険者たちで大賑わいだ。

 壁際にはたくさんの依頼が張り出されている。

 エリアーナたちは仮銅級の無償の仕事を引き受けに来た。

 まずはどんな仕事なのか把握してからでないと、他の依頼を受けられないからだ。


「次の方ー!こちらどうぞー」


 順番が回ってきて窓口へ向かった。

 鮮やかなピンクのリップが目を引く女性職員が対応してくれるようだ。

 ウエスタンベストの下にチューブトップという、世界観が吹っ飛びそうな装いだった。

 とても豊かなものをお持ちで、それを大いに主張されている。

 思わず拝みたくなったが、心の中だけで我慢した。


「昨日、冒険者証を発行してもらったので

 ギルドからの無償依頼を引き受けたいんですけど……」


 女性職員はジルコを見たまま止まっている。

 うるんだ瞳、赤らむ頬、物欲しそうな口。

 絶対にエリアーナの姿と声は届いていない。


「ジルコ……ジルコさんですよね!」


 ビクッとなるほど大きな声でジルコの名前を呼ぶ女性職員。

 周囲の視線が一気に集まる。


「ジルコって最年少で銀級になったやつだろ?

 しばらく名前聞かなかったが……

 冒険者やめたんじゃなかったのか」

 

「たしか、槍使いの男とエルフの女魔法使いの三人で

 パーティ組んでたわよね?解散したの?」


 ジルコがそんなに有名人だとは思わなかった。

 銀級冒険者の中でも目立つ存在だったのかもしれない。


「私、2年前にシラディクス山でジルコさんに

 助けていただいたんです!

 冒険者は向いてないってわかったので

 今はギルド職員なんですけど……。

 あの時はありがとうございました!

 ジルコさんがいなかったら、わた」


 「覚えてねぇ」


 まだ、女性職員話してるでしょーが!

 とつっこみたくなったが、会話に入ると面倒くさくなりそうなので我慢した。

 ジルコの眉間のシワは10段階でいう2だ。


「っそう、ですか……。

 私、あの時からジル」


「うるっせーな。仕事する気ねーなら、他の奴と代われ」


 シワレベル4になった。

 対して女性職員の顔色レベルは10からどんどん下がっていく。

 表情も何だか悔し泣きみたいなことになっていた。

 そして、なぜかエリアーナを睨みつけている。

 ……。

 これが世にいうとばっちりというやつかと理解した。


「失礼しました……。

 それで、ご用件は?」


 下から舐めるように睨みつけられ、目をそらす。

 カウンターの上にあったデフォルメされた馬の人形を見ることにした。


「昨日冒険者証を発行してもらったので

 ギルドからの無償依頼を引き受けたい、です……」


 と、馬の人形へ伝えた。

 チッ、と舌打ちの音が聞こえ、依頼書を乱暴に置かれた。


「はい、これやってください。

 詳しくは依頼書見ればわかるんで。

 あ、他の級の方の手伝いは受けられないんで

 一人でやってください」


 彼女は無償依頼をエリアーナ一人が受けると勘違いしている。

 それはまずいので、訂正しようとするが理解してくれない。


「は?だから、これは仮銅級の人への

 依頼なんですよ。

 アナタで、やってください。

 どーせ、銀級の恋人に

 助けてもらうつもりだったんでしょ?

 お綺麗ですもんね!

 アナタくらい美人だと銀級冒険者も

 簡単に落とせるんでしょうね!」


 こんなにもうれしくない賞賛を受けたのは初めてだ。

 仕事を引き受けたい、ただそれだけなのに……。

 そして、声が大きい。

 きっと彼女は常に腹式呼吸なのだろう。


「ちょっと、アリシアさん何騒いでるんですか!

 入り口の方まで聞こえてますよ!」


 昨日冒険者証を作るときに対応してくれた、カウボーイ青年が駆けつけてくれた。

 急いだためか、少し帽子がずれている。

 

「この仮銅級の女が話通じないのよ!

 ジルコさんは銀級だから

 無償依頼はできないって言ってるのに

 一緒に受けさせろって」


 ジルコも昨日一緒に冒険者証を発行してもらったと言っているのだが、伝わらないらしい。

 この理解力でよくギルドの窓口なんてやれているものだ。


「何言ってるんですか、このお二人は

 昨日僕が新規と再発行で対応した方々です。

 お二人とも仮銅級で間違いないので

 無償依頼受注できます」


 それを聞きな表情をしている女性職員。

 ざわつく周囲。

 銀級が仮銅級になる……それが意味するものはほぼ一つしかなかった。


「えっ、ジルコさん奴隷落ちしたの!?」


 よく通る大きな女性職員の声に、ギルド中の動きが止まる。

 それは事実だが、そこまで大声で言われなければいけないのだろうか。


「今の聞いた?奴隷落ちとか犯罪者じゃん。

 なにやったのかな。怖すぎ……」


「銀級のときから気取ってて

 気に食わなかったんだよな。ざまぁねーや」

 

 周囲のざわめきが、非難めいたものや嘲ったものに変わった。


「ちょっと、アリシアさん!

 利用する方の個人情報を

 そんな大声で叫ばないでください!

 あとは僕が対応しますので

 アリシアさんは新規発行の窓口お願いします」

 

 ジルコの事情は分からないが、今はこうして奴隷罰を受けている。

 それは自由や権利を全て剥奪され、人として扱わなくていいと国に認められている状態だ。

 だからといって、周囲からここまで蔑まれなければならないのだろうか。

 

(ジルコさんの過去は知らないけど、強いし頼りになるし、口は悪いけどちゃんと優しいところもある。こんな風に言われていい人じゃない)


 ジルコの服をつかむ。

 そうしていないと泣きそうだったからだ。


「ジルコさんは、すごいです……。

 ちゃんと、すごい人なんです。

 私の、大事な仲間なのに……。

 なんか、悔しいです」


 小声でつぶやいた。

 うつむいていたので、ジルコの表情はわからない。


「……アホ。服が伸びる」


 落ち着いた静かな声が頭上から聞こえた。

 ジルコの手が、服をつかむ手をそっとはずす。

 そしてそのまま、その手を包み込んだ。

 つながれた手の温もりは心地よく、心の中のぐるぐるが解けていく。

 だからだろうか、周囲の声など気にならなくなった。



 その後、ギルドからの無償依頼を引き受けた二人は、シラディクス山に向かって歩いていた。

 手はいつの間にか離れてしまったが、エリアーナの心はまだ温かいままだ。


「ジルコさん、お仕事頑張るためにも

 昼食用のお弁当買って行きましょう!

 昨日牛丼だったから、今日はお魚食べたいです!」


 口の中はすっかり焼き魚だった。

 鮭弁当がこの世界にもあることを祈る。


「アンタは本当、ブレないな。

 ック、弁当でもなんでも買ってくれ」


 そう言って笑うジルコの隣で『私の考えた最強のお弁当』を発表するエリアーナ。

 ジルコが歩行困難になるまで、その発表は続くのだった。






 

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