第21話 腐々 その3

 あの女だ。十二単のようなそうでないような、時代がかった和服の女。


 これは前に見た夢だ。また俺はその女に近づいていく。女は前と同じだ、背中をこちらに向けて顔は見えない。


 髪は結っておらず、長い髪を無造作に垂らしている。特に昔の日本人女性を思わせるような雰囲気はない。


 声をかけようとしたが、また声を出すことが出来ない。


 どんどん近づいていく。女に動きがあった。どうやらこちらに気づいたようだ。


 わずかにこちら向く。


 しかし、横顔もはっきり見えない。意図的に顔を見せないようにしているのか?


 見返り美人という絵があったような、ということを思い出した。この所作は美人であることを隠しているのか?


 そんな事に何の意味がある?


 女は笑っているように見えた。無論、顔は見えないが。いつの間にか左手に一本の花を持っていた。


 その違和感。


 オレンジ色の一輪の花。


 ・・・・この花はガーベラではないのか?


 確か原産国は日本ではなかったはず。古めかしい和服の女性に、外来の花が添えてあるのが答えか?


 いつの間にか、和服の女の手に持つガーベラが一輪づつ増えていっていた。


 オレンジから、ピンク、赤、青、白、紫、黄色とまたオレンジへ・・・。


 これはマズイ!!


 駄目だ、ガーベラの花は増えてはいけないんだ!!





 ガタンッ、という電車の大きな振動で目が覚めた。


 また、あの夢。しかも今回は前回から続いているのだろうか? 内容は・・・・、よくわからない。何故夢の中の俺は、ガーベラの花が増える事を恐れているのだろう。教えてくれ、夢の中の俺。

 まあ、偶然にも前川千秋に出会ったんだ。変な感じに夢が歪んだのかもしれない。ガーベラの件は後で調べておくかな。


 U市からS町に向かうローカル線に乗り換えた。2つの街の間はそれなりに距離があり、ローカル線は急行などなく、山間の線路をのんびりと進む。ついウトウトしてしまったようだ。


 山の所々にポッカリと開いた穴が見えるようになってきた。

 かつての採掘場跡ある。S町が近づいてきているのだ。

 S町は銅鉱山で栄えた町だった。古くは天正年間から銅の採掘が始まった記録があるそうだ。

 銅の採掘業で明治から昭和初期ぐらいまで人口が爆発し栄えたそうだが、その後、銅鉱山はあえなく閉山。人は減り、現在は静かな田舎町といった感じのようだ。

 まあ、日本の鉱山事情はかなり厳しいそうで銅はもとより、金銀鉄の鉱山などもほぼ閉山している。石灰岩の採掘などが今でも残ってるのかな。まあ、S町の銅鉱山が特別ダメだったというわけではなく、時代の流れといったところか。

 ドグサレ様の本文の中に、主人公の少年(?)が山の洞窟に入っていくシーンがある。洞窟の壁を「何かで掘られた様な」と表現している記述がある。

 ここから推測できるのは、

1、古い時代に掘られたトンネル(ただトンネルなら、洞窟ではなくトンネルと表記されそうだが)

2,戦時中に作られた防空壕跡

3,何かしらの坑道跡

 の3つか。この3番の坑道跡と解釈するならば、このS町の鉱山採掘場跡の洞窟と結びつけることは出来るかもしれない。しかしそれでも、鉱山跡など全国どこにでも探せばあるが。


 電車はS駅に到着した。

 よく晴れて取材にはうってつけの天気だ。町は山に囲まれていて、駅前中心から少し離れると畑や果樹園が広がっており、さらに遠くの山の麓には古い集合住宅のような建物が並んでいる。かつての繁栄を偲ばせる歴史的遺物か。ただ駅前の車や人通りは思ったより多く、聞いていた話よりは活気があるようだ。

 改札を出てすぐ、観光案内用の小冊子や地図が置かれており、さらに小さいながら観光案内所もあった。なるほど、町は観光事業に力を入れているらしい。


 早速案内所に入り、受付の男性職員に話しかけた。

「東京からいらっしゃったんですか」

K村という頭髪がやや後退した壮年の職員に雑誌の取材で来たことを説明した。

「ドグサレ様? 聞いたことありませんなぁ」

 まあ、そうですよね。インターネット内の流行、しかも怖い話のジャンルなど市民権が無いだろう。

「え、ドグサレ様? 知ってますよ」

 K村の後ろから若い女の声がした。俺とK村の視線がそちらに向く。

 眼鏡をかけた小柄の若い女性、M川と自己紹介をされた。

 これなら話が早い。ここで俺は簡単なドグサレ様の説明をし、さらにその舞台がこのT県U市S町である可能性があると情報を添えた。

「そうなんですか? 初めて聞きましたけど・・・」

 K村、M川、その他の職員たちにも動揺がみられた。

「あくまで可能性がある、という話でして。それでその裏付けがとれるかどうかを取材に来たんですよ」

 なにやら職員たちの間で話し合いが始まる。地元ネタがあれば町おこしのネタとなり、観光事業もはかどるというものだ。


「M川さん、あそこの車使っていいから、観光地のご案内して下さい」

「あ、はい」

 これはありがたい! 取材に車を出していただけるそうだ。


 俺は観光案内所の皆様に丁寧にお礼を言い、用意していただいた自動車に乗り込んだ。運転はM川氏にしていただけた。

 M川氏の話によると、町の一番の観光名所は「銅鉱山歴史館」との事。ほかには温泉もあるそうなんだが、それは取材が終わってからだ。

 坑道の中などを見学してみたいと聞いてみたが、現在はどこの採掘場跡、坑道跡などは危険な為、立ち入り禁止となっているそうだ。

 仕方なく銅鉱山歴史館を見学させていただいた。内容は主に、銅鉱山の歴史、鉱山採掘の道具などの展示、時代ごとに採掘の様子を再現した人形展示などだ。

 ううむ、正直これではドグサレ様と関連付けるには、弱い。というか無理というレベルだ。関連しているのは洞窟ということぐらいしか無いのだ。

 困り果てて、貰った観光案内マップに目を落とす。ふと。気になる点が見つかった。

「これは何ですか?」

 地図に指をさして、M川氏に質問する。指をさしたのは銅鉱山歴史館の近くにある、お堂、もしくは社のイラスト。「あかがね姫の墓」とある。

「あーここですね。小さいお堂とお墓があるんですよ。伝説、というか民間伝承のお話に登場する、お姫様のお墓ですね。観光としては全然人気がなく、地元の人がお参りにくるぐらいの場所なんですが」


 ピクリと、俺の中の本能的な何かが反応する。

「ここ、ちょっと寄ってもらっていいですか?」


 お堂は、本当に歴史館からすぐの場所にあった。林の中の道を歩き、少し奥まったところに古びた、小さなお堂と墓と思われる小さな石が3個あった。石は経年劣化により彫ってあった文字が読めず、恐らく墓なんであろう、という扱いであった。

 一見するとここを訪れる観光客はいないだろう。見どころが無さすぎる。

 地元の方が参拝に来るだけ、という話通りの雰囲気なのだが、


 鼻が効く? そんな気がする? 曖昧な表現だが、仕事上の「直感」というやつは時に馬鹿には出来ないようだ。




 お堂や墓の周りには花が咲いていた。恐らく地元住民が植えたものと思われるが。


 それはガーベラの花だった。 

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