第41話 オバケさんの曲、できました
なんとか気持ちを切り替えた俺は、バンドメンバーに緊急ミーティングの連絡メッセージを送った。
場所は神崎先輩の提案で神崎邸となって、集合時間となる。
俺は、昨夜できたばかりの曲を、メンバーに聴かせる。
曲調はミディアムテンポのシンプルなバラード。
時間にして三分ほどの、短いメロディ。
大葉さんを考えながら作ったら、余計な装飾をぜんぶ取っ払っていた。
その結果だ。
「──すごいですわ!」
「ああ、やっぱウドっちは天才だぜキラリン」
ありがとう、神崎先輩。
そしてゴリチョ。
キラリンとか言うなウインクするなテヘペロっぽく舌を出すな殴らせろ。
「まあ、大葉さんの声質や歌い方なら、凝った作りや余計な小細工は要らない。と思って作ったら、こうなった」
きっと、正解はいくつもあるのだろう。
だから俺が作った曲は、俺の理想と思い込みの産物だ。
それらを詰め込んで、オバケさんの伸びやかな声に合う曲を作ったつもり。
神崎先輩はうんうんと何度も頷いて、大葉さんに問いかける。
「どうですか、大葉さん」
しかし大葉さんの反応は、神崎先輩やゴリチョとはまったく違った。
「……ごべんなさい、涙が」
大葉さんは俯いて、泣いていた。
「どうかしたのですか」
「いえ、
「さすがオバケさん。感受性が豊かですわ……でも」
賛辞の直後、神崎先輩はその端正な顔を曇らせる。
やはり気づいたらしい。
「このキーでは、オバケさんは歌えませんわね」
「……ああ、そうだ」
キーが高いなら下げればいいじゃない。
これが通用するのはカラオケまでだ。
なぜその音から曲が始まるのか。
なぜその音でなければならないのか。
なぜそのキーでなければならないのか。
そこには、作り手なりの理由がある。
そして、この大葉さんのために作った曲の一番高い音。
これが、
「サビの最後の高音は、無理、でしょうね」
「そうだ、な」
俺が把握しているオバケさんの歌声の音域は、2オクターブと5度。
1オクターブは鍵盤12個分なので、簡単に言えば鍵盤28個分が、オバケさんの音域だ。
ドレミ換算だと、ドレミファソラシドを二回繰り返して、さらに上のミ、までである。
この曲で求められるのは、そこからさらに5度上。
ピアノの鍵盤で5個分。
「つまり、あと一週間で半オクターブ分、歌唱高音域を伸ばせ、と」
無理だ。無茶だ。不可能だ。
そんな言葉で諦めたくなる。
けれど、相手は大葉さんだ。
可能性を信じてみたくなる。
「なあ、裏声じゃダメなのか?」
ゴリチョの疑問は、当然のものだ。
「ああ、裏声では力強さが足りない」
高いだけではダメだ。ほしいのは、高く強い声。
なにより地声と裏声の段差を、この曲の旋律の中に作りたくない。
「なら、試してみましょうか」
「なにか方法があるのか?」
「
その方法の名前はもしかして。
「ミックスボイス、ですわ」
──やっぱりそうか。
喉は、楽器である。
声帯という、筋肉でできた空気の通り道で、歌声の音程を変える。
そういう意味で、単純な原理そのものは笛と変わらない。
声帯を広くすれば声は低くなり、狭くすれば高い声になる。
問題は、声帯を広げるのも狭めるのも、限界があるということ。
それがその人の音域になるのだが、歌いたい曲がその人の音域に収まらない場合。
裏声を使ったり、音域を広げるトレーニングをすることになる。
歌声は、大きく分けて二種類。
その境目あたりから上の、地声と裏声を混ぜたような芯のある強い裏声をミックスボイス、またはミドルボイスと呼ぶ。
というか、俺がボーカルを諦めた原因のひとつが、このミックスボイスだ。
まったく上手く出来なかったのだ。
現在の男性ボーカルは、高音域を売りとする曲が多い。
もともとの音域が狭く低い俺は、ミックスボイスが不可欠だったのに。
……俺の愚痴はいい。
今は大葉さんだ。
果たして大葉さんは、残り僅かな日数でミックスボイスを体得出来るのだろうか。
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