第39話 ハロウィンナイト後編
「よかったぞー!」
「これから応援するからな!」
「またここで演ってくれよ!」
「ケーカちゃんかわいいぞー!」
「ボーカルちゃん素顔見せてー」
三曲すべての演奏を終えた俺たちが立つステージを、好意的な声援が埋め尽くす。
「オバケさん、応えてやれば」
「ど、どうしたら」
「簡単だ。片手を突き上げて、アーとでも叫んでみな」
胸の前でのモジモジをやめたオバケさんから、深く息を吸う音が聞こえる。
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
その瞬間、観客たちも応えるように太い叫びを上げた。
ステージから降りた俺たちは、四人とも疲れた笑顔を浮かべていた。
疲労感漂う、しかし充足した笑顔。
このアウェーのライブを、極上の結果で乗り切った証だ。
「神崎先輩、すごかった、です!」
未だ興奮中の大葉さんが、神崎先輩に駆け寄った。
その途端、神崎先輩の足元はフラついて、ぺたんと床に座ってしまった。
「え、だ、大丈夫、ですか!?」
「ふふ、少々無理をしてしまいましたわ」
笑顔を向けてくる神崎先輩のその足は、小刻みに震えていた。
足の筋肉が限界を迎えているのだ。
最初の一分間のバスドラ連打。それからも神崎先輩は持てる最速でドラムを叩き続け、それから三曲ぶっ続けで演奏したのだから、足腰立たなくなるのも当然の結果、といえる。
「お疲れ様、先輩」
「ふふ、どういたしまして。これで黄川のプライドは砕け散ったことでしょうね」
なるほどね、神崎先輩がこのライブに出ようと言った真意はそれか。
神崎先輩は笑顔で応えてくれたが、滲む疲労は隠せない。
「帰りは、大丈夫か?」
「ええ、ゴリチョに運ばせますわ」
「え」
突然名指しされたゴリチョは、驚いたようにこちらを向く。
「お前のお嬢様が困ってらっしゃるんだ。わかるな、ゴリチョ」
俺が強めに言葉を投げると、ゴリチョは逡巡して頷く。
「お嬢、おんぶさせていただくっス」
「え? え?」
「行くっス!」
「ちょ、運ぶのは機材……きゃんっ」
戸惑う神崎先輩に構わずに、ゴリチョは神崎先輩を背負った。
「ちょ、ゴリチョ、やめ、なさい、ってば」
「聞こえないっス」
「あん、おろして……やん」
真っ赤な顔の神崎先輩を背負ったゴリチョを、あとは任せろと送り出す。
ま、外に神崎家の迎えの車が待っているだろうけど。
……いくらゴリチョが単細胞だからって、まさかここから歩きで三時間以上かけて神崎邸まで背負って歩くことはない、よな。
二人を見ていると、背後でガシャンと大きな音がした。
「
振り返ると、折れたギターのネックを握る男が睨んでいた。
「黄川……先輩」
「このライブハウスはオレたちのホームなんだよ。しかも今日の客はオレ様が直々に集めたタチの悪いヤツらなのに、なんで!」
実際はその辺、神崎先輩の作戦勝ちなんだけどな。
それを説明したところで黄川先輩は納得しないだろうし、神崎先輩が黄川先輩の新たな攻撃対象になるだけだ。
ならば、建前で逃げるしかない。
「ただ、ステージを楽しもうと考えた結果です。それに」
俺は黄川先輩の視界から、未だ仮面をつけたままの大葉さんを隠すように立って宣言する。
「別に勝ち負けを競っていたわけじゃない。ただの対バンだろ?」
「
「……なんですか」
この人、俺の名前を叫ぶしか出来ないのだろうか。
「テメー調子に乗るなよ」
「それは俺の自由でしょう」
「
わかった。言葉に詰まると俺の名前を叫ぶんだ。
それで、叫ぶ間に喋ることを考えている。
つまり俺の名前を、時間稼ぎに使っている。
……なんかイラっとするなぁ、それ。
「だからなんですか。話があるなら早く言ってくださいよ」
「テメー……」
「話はないってことですね」
「後輩のくせに……」
「お帰りはあちら……いえ、俺たちが消えますね」
俺は大葉さんの手を引いて、ライブハウスから脱出した。
午後十時。
俺たち
「いやー、お嬢はさすがっス」
「んもう、聞き飽きたわ」
俺も聞き飽きた。
ワゴン車に乗ってから二十分弱の間に、十回以上は神崎先輩のドラムソロの話を聞かされた。
一緒に見ていた俺たちに十回も話す理由って、何なんだろな。
車窓を流れる夜景は、国道一号線。
ちょうど清水区に入ったあたりか。
「ウドっち、打ち上げやろーぜ」
「また来年な」
「今からだよ。だって打ち上げだぜ?」
「時間を考えろ、バカゴリ。あと騒ぐな」
俺の隣、静かに寝息を立てるのは、大葉さんだ。
今日は慣れない環境で歌って、疲れがピークに達してしまったのだろう。
しかしその寝顔は、笑っている。
それほどに今夜のライブ「ハロウィンナイト」は達成感があった。
異種格闘技戦のような気持ちだったが、サモッシュの観客がジャンルの違う俺たちの音楽で盛り上がってくれたのが、何より嬉しかった。
頑張っても結果が出ないなんて、いくらでもある。
けれど、今夜のように極上の結果を頂けた時は、音楽をやっていて良かったと、心から思うのだ。
しかし、ライブハウスを後にする時のオーナーの言葉が、耳に残る。
──楽しい思い出をありがとう
オーナーは、今年いっぱいでサモッシュを閉めるという。
オープンして二年で閉店、らしい。
たった二年、されど二年。
二年間、サモッシュで音楽を見続けてきたオーナーには、何が残るのだろう。
ともかく俺たちの目的は果たせた。
今回の目的はふたつ。
アウェーでのライブ経験をすること。
そして神崎先輩が明かした、黄川先輩の鼻をへし折ること。
特に黄川先輩は、自分の
これに懲りて、ちょっかいを出してこないことを祈る。
俺たちを乗せたワゴン車は、新幹線の
もうすぐ、家だ。
そろそろ頭と気持ちを切り替えなければならない。
文化祭に披露する予定のオリジナル曲。
まだ、一小節たりとも出来ていないのだから。
でも、もう少しだけこのままでいいかな。
ライブの余韻と、隣の寝顔のあどけなさに浸っても。
お疲れ、大葉さん。
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