第7話 5月1日

 そして、5月1日の夕方。俺と二宮姫乃は水俣の海辺に居た。

 とにかくロマンチックなところで告白する、ということで、「恋人の聖地」に来たのだ。ここは大きなハート型のオブジェが置かれ、海の向こうには恋路島という夫婦愛の伝説がある島が見える。


 ちなみに水俣は「初恋」という曲を書いた村下孝蔵の故郷でもある。なので「初恋通り」商店街があり、そこには「初恋」の歌碑がある。初恋の人と一緒にこれを観に行くのは照れくさいが、永井と福原が作ったプランに従い、俺と姫乃はこれも見に行った。


 そして今は夕方。天気にも恵まれた。不知火海に沈む夕日が幻想的な雰囲気を作り出している。海の音もいいBGMだ。周りにはカップルも多い。

 わざわざ高い新幹線代を払ってここまで来た甲斐はあった。この雰囲気なら成功するかもしれない。


「いい雰囲気ね」


 姫乃が言った。


「さすが恋人の聖地だな」


「そうね」


「でも、俺たちはまだ恋人じゃない」


「うん」


「ずっと幼馴染みだったけど、そろそろいいんじゃないかな」


 俺は姫乃と向かい合った。


「……姫乃、好きだ。俺と付き合ってくれ」


 姫乃は俺をまっすぐ見た。

 そして、言った。


「……ごめんなさい」


「え!?」


「さ、帰ろうか。熊本まで遠いし。ちょっと寒くなってきたね」


「いや、おい。今のは受け入れる流れだろ」


「そう?」


「いい雰囲気だってお前も言っただろ」


「私は雰囲気に流されたりしないから。私が流されやすいって思ってたの?」


「いや、そうじゃないけど……」


「でも、なかなか良かったわよ、今回は。思わず受け入れそうになっちゃった」


「いや、流されてるじゃん」


「うふふ。でも、だめー」


 姫乃はそう言って、指で×印を作ると、俺に背を向けて歩き出した。


 はぁ。だよなあ。そんなに簡単にいくわけ無い。俺だって、これまで雰囲気が良いところでの告白は何回もやってきたのだ。でも、全部ダメだったのだから。


 落ち込む俺の腕を姫乃はつかんできた。


「そんなに落ち込まないの。じゃあ、サービスしてあげる」


 姫乃が顔を近づけてくる。その瞬間、俺の頬に柔らかいな何かを感じた。


「え? ええー?」


 今、姫乃にキスされたよな。頬とは言え、初めてだ。


「これでいい? さ、帰ろうか」


 姫乃が歩いて行く。


「お前なあ、好きじゃない男にそういうことしていいのか?」


 キスは嬉しかったが、俺は姫乃が心配になった。こういうこと、誰にでもやってるんじゃないだろうな。


「圭にはしていいの。私も初めてなんだから。感謝しなさいよ」


 は、初めてだったのか。それにしても、なんで俺にはしていいんだ。


「一応確認しておくが、お前、俺の告白断ったよな」


「うん、断ったよ」


「振ったよな」


「うん、まあそうなるかな」


「じゃあ、なんでこんなこと……」


「うーん、お詫び、かな」


「お詫び?」


「うん。だから、悪いとは思ってるから」


 そうか。姫乃は俺への罪悪感からキスをしてくれたのか。別に好きとかそう言うのでは無い。落ち込んでいた男への哀れみ、といったところだろう。


「もう、こういうことはするなよ」


「えー、しちゃいけないの?」


「当たり前だ。俺たちは恋人でも何でも無いんだから」


「……そっか。そうだね……ごめん」


「謝ることはないけどな。俺も嬉しかったし……」


「うふふ、良かった。じゃあ、またしようかな」


「だめだ。もし、したかったらおれと付き合ってくれ」


「だから、それはごめんさいって」


「……」


 俺は今日、2度フラれることになった。



 帰りの新幹線。永井と福原と作ったグループ「告白作戦会議」にメッセージを送る。


佐原『作戦失敗。帰還する』


永井『確認する。失敗で間違いないか?』


佐原『間違いない』


永井『了解。速やかに帰投せよ。新たな作戦を立案する』


 はぁ。今日は疲れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る