『季節と植物の怪異 短編集』
緑野かえる
春の怪異 『藤の番人 (全5ページ)』
藤の番人 (1)
私の家の裏手にある山裾には大きな藤の木がある。
毎年、桜が盛大に散り始める頃になると薄青く垂れる房がぽつぽつと開き始め、季節の移り変わりを花の開花と散る様子で知るのは現代に於いてすごく贅沢な事かもしれない。
藤の木の根元には神様の為の小さな祠があるとかで、同居をしていたおばあちゃんがまだ健在だった頃、お手入れの為に頻繁に出入りをしていたのを覚えている。おにぎりとお茶を持って日がな一日草むしりに出掛けたりしても田舎だから誰も気に留めることも無かった。家族である私たちでさえも。
そのおばあちゃん、私の母方の祖母も寄る年波には抗えずに新年を迎えた後に生涯を静かに終えた。
誰も、その最期を看取る事が出来ず……唯一、祖母を看取ったのは藤の木だった。
いつものように手入れに出掛け、帰らなかった。
田舎では畑仕事をしながらそのまま、と言う事が珍しくない。
自然と共に長らく生きて来た者として寿命を全うしたのだと解釈されている。少なくとも、私も祖母の死はそうであったのだと考えている。
だから祖母が亡くなった事は確かにとても悲しい出来事ではあったけれど、大切にしていた藤の木のそばで亡くなっていたと知って悲しさは深くなり過ぎずに済んでいた。
日が暮れる前には必ず、家に戻ってきていた祖母が帰ってこずに私の両親、一緒に探しに出てくれていた近所の人たちも祖母の行動範囲を把握していたので見つけた時は冬でありながらもまだ祖母の体は温かだったと聞いている。
今は四月の中ごろ。
地域的にはもうすっかり葉桜となり、藤の花が最盛期を迎えている。
裏山の裾にある大きな藤の木も同じで、庭に出て裏手を見れば薄紫色の房をいくつも垂らして昼の日差しを浴びていた。
ただ祖母の死について警察が検証をした後に自然死で事件性無し、となってはいたもののどうしても近寄りがたかったのか誰も手入れをしに行っていないようだった。
私も地元とは言え隣の市で働いていたし、祖母が途中まで育ててくれていたサヤエンドウや玉ねぎの収穫で最近の休みの半日は潰れてしまっていた。残り半分は自分の時間で体を休めたり、家の手伝いをしたりと田舎の実家住みならではの暮らしをしていた。
しかし今年の私には少々早めの軽いゴールデンウィークが訪れる。
とりあえずの四連休。何をしよっかな、と考えても少しのんびりするくらいでどこかに出掛けるとかはあまり考えていなかった。
藤の木を見に行かないと。
そう思っていたからだ。
祖母が亡くなってから手入れのされていない場所、下草が青々と茂っているのは承知している。だって祖母が作ってくれていた野菜畑の雑草の勢いがひと雨ごとに増しているのだから。
と言うことは、だ。
何も手が加えられていない山裾の草は大変な勢力で生えているに違いない。
休日一日目、朝早くからどこかのお家でエンジン式の草刈機が唸りを上げているのを聞く。早いなあ、と思いながら私も身支度を整えた。自分一人で草を刈るなら時間も掛かるだろうし、何も一日で済ませてしまおうとも考えていない。
小さな頃から家の畑で遊んでいた私は共働きの両親に代わって面倒を見てくれていた祖父母の姿を見ていた。草刈り鎌を持たせて貰える頃には上手だと褒めて貰ったりして、懐かしい思い出だ。祖父も数年前に病気を患って他界していて、私の住んでいる地域も他の田舎と同じでうんと静かになってしまった。
・・・
家から裏山の藤の木がある場所までは歩いて五分かかるかどうかの距離だったので私は祖母が使っていた畑仕事用の小型の台車にプラスチックコンテナを乗せる。その中には草刈り鎌と園芸用のバネがついた
以前、祖母とよく立ち話をしていた近所のおばあちゃんが新品のアルミ製の台車をホームセンターで買ってきて貰ったそうで、私も祖母にプレゼントをした。
買って来たよ、と見せた時はとても喜んでくれたっけ。
普通の台車よりある程度柔らかな土の上でも押す事が出来る大きめのタイヤ、四輪なので一輪車よりもうんと安定している。
そんな台車をごろごろと押しながら裏山へと向かえばまさしく咲き誇っている薄紫色の藤が視界いっぱいに広がる。
「すっご……」
誰も居なかったので思わず出てしまった独り言。
まさしく圧倒される見事な物だったけれど私はなんとなく、後ずさりをしてしまった。それと同時に勢いよく伸び、繁っているカラスノエンドウが足に絡んでしまった。
「もうアブラムシがたかってるじゃん」
マメ科の雑草にびっしりと集っているアブラムシ、これはもうしょうがないこと。畑をやっている人ならいくらか集られるのは承知の小さな生き物たちの営み。
それにしても膝下に近い草丈、近所のおじさんにお茶代を少し包んで草刈機で一気に刈ってもらった方が早いか?と思うくらいだったけれど今日の私は作業用のジャージに長靴のスタイル。今更引くに引けない。
出掛ける直前、母から畑に行くのかと思われていた私が「藤の所の草刈りをしてくる」と言ったら少し、引き留められた。
母にとっては実母が亡くなった場所。
そう、亡くなったのは母方の祖母だから私の「お墓参りみたいなものでしょ。それに草、凄そうだし」と言う言葉に「気をつけるのよ?お昼は家に戻って食べるんでしょう?」と聞いて来たのでうん、と頷いて出て来ていた。
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