第66話 昔は「夜」が怖かったよね
疲れてる時や、ストレスを感じてる時に私は怖い夢を見る。そして久しぶりに、怖い夢をみた。
この夏、娘は、元旦那の妹さんたちとコロンビアの田舎を巡って、現地の学校のペンキの塗り替えをするというボランティアに参加している。
だから今回、私は一人で車椅子の息子を連れて日本へ一時帰国をすることになる。
準備することも多いし、持っていける荷物も限られているし、未知のアクシデントを考えて、なんやかんや、ストレスを感じているのかもしれない。
小さい頃、怖い夢を見て、親の寝てる部屋に行きたいんだけど、そもそも真っ暗な「夜」が怖くて、寝床から出ることができず、そのまま悶々としたまま、いつの間にかまた眠りについたものだった。
田舎の夜は怖かった。
友達と遊んで、思いの外、時間が経っていて、慌てて自転車に乗って、家で母親に怒られるかもしれないと心配しながら、薄暗い街灯を頼りに家路に急ぐとき、得体のしれない何かが後ろをついてきてるんじゃないかと、気が気でなかった。
パチン、と部屋の明かりを消されて、仰向けに寝ていると、外の明かりがうっすらと部屋の中に差し込んで、そのぼんやりさ加減が、何か恐ろしいものを映し出しそうで、暑いのに布団を顔までかけてやり過ごした。
おばあちゃんちの天井の木目が人の顔に見えて、うつ伏せで寝てみたりもした。
でも、うちの子たちをみていると、そういう、夜の気配とかを怖がっている感じがまったくしない。
本当に小さい時、「怖い夢を見た」と言って、夜中に呼び出されたことが、2、3回あったくらいだ。
子供たちは、小さい頃は東京で育ったから、夜といってもコンビニだの、24時間オープンのファミレスだのがあって当たり前の環境だったし、カナダに越してきてからも、一人で暗くなってから通りを歩く、っていう経験なんかしていない。
息子に、「ねえ、あんたってさ、怖い夢とか見ないの?」と聞いてみた。
「見るよ」
「で、その時どうするの?」
「起きたら忘れちゃってるから、また寝る」
そんな単純な話なのか。
元旦那が日本にいた時、「日本は暗くなるのが早すぎる」とよく嘆いていた。
私はその意味がさっぱりわからなかったけど、カナダで暮らすようになってはじめてその意味がわかった。
カナダは緯度が高いから、夏は夜は10時ごろまでうっすら明るかったりする。外にいても、湿度も低いから、爽やかな夏の夕暮れって感じがいつまでも続く。
日本の田舎のじっとりとして、日が落ちれば漆黒の世界が広がるあの雰囲気とは大違い。夜が更けて誰かと歩いていても、会話が闇に吸い込まれていくような、それでいて妙に足音が響くあの感じは、独特のものがある。
「ねえ、じゃあさ、あんたにとって怖いものって何?」息子に再び聞いてみた。
しばらく考えた後、「オバケだろうと、エイリアンだろうと、ゾンビだろうと、自分に危害を加えない限り別に怖くないかな」と、答えを出した。
何これ。理系脳とか、そういうことなの?
「あ、でも、あの病室での一件みたいな時は、どういう風に事態が転がるかわからないから、ちょっと怖いかな」
そう言われて思い出した。
今年の初め、息子は入院していた。
病室には簡易ベッドとバス・トイレが完備されていて、入院中は私がずっと付き添っていた。
その日の夜、窓側のベッドで寝ていると、誰かが入ってくる気配を感じて目が覚めた。その人は息子のベッドにしばらくいた後、息子の尿を測るためか、明かりがつけっぱなしのトイレに入った。
私は看護師さんに渡し忘れていた書類があったことを思い出し、起き上がって書類を持ってベッドに座って待ったのだが、一向にトイレから出てくる気配がない。
おかしいな、と思って声をかけるけれど反応がない。意を決してトイレのドアを開けて中を確かめたけど、やっぱりそこには誰もいなかった。
子供の頃の私なら失禁ものだったと思う。
いや、今だって、ホラームービーの予告編を拒否する女なのに、その時はなぜか、たいして怖くなくて、「ああ、これはつまり、そういうことか」なんて、妙に冷静になって、また、とっとと眠りについた。
翌朝、息子に聞いてみたけど、やはり何も気づかなかったという事だった。
思うに、これだけテクノロジーやら何やら開発されてしまって、子供の頃から無闇に怖がってたものっていうものが、どんどん淘汰されてしまったのかもしれない。
子供にしてみても、「日本昔ばなし」じゃなくて、ディズニーやら、ピクサーやらで育ってきてるから、あの、じんわり怖い感じの物語に接触することもなくなってしまっている。
まあ、私が、ただのずぶといおばちゃんになって、感性が鈍化したってことは否めないけど。
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