第五部

二章 お父様の胃痛 596話

「キャロライナ王女殿下より言付ことづけがございます」


 やっと接待が終わって、一息つけるかと思ったら王女様の執事から呼び止められた。レイシア、何かやらかしたのか!


「場所を用意いたしますか。ここで話せるような内容ではないのでは」


 失礼なことをしたんじゃないだろうな。クリシュがいるから大丈夫かと思ったんだが。


「すぐに終わります。『明日三十分程度の会談を行います。できれば朝食後が望ましい。場所を準備し、ご家族と家令のみを同伴させること』以上でございます」


 明日の朝食後? 貴賓室でいいのか? 了承するしかないよな。

 了承の言葉を伝えると、急いでセバスチャンを呼んだ。



 朝っぱらから、レイシアと王女殿下は教会へ行った、だと?

 朝食には間に合うんだろうな。


 えっ、孤児院で食べてくる? 聞いてないぞ! 王女に何を食わせようとしているんだ?


 誰か連れ戻してきてくれ! 早急にだ!


 ……結局、王女の意向で向こうで食事を終えたらしい。うああああああ!大丈夫か、これから謁見だぞ!


 朝食は、温泉玉子と生姜雑炊、夏野菜のサラダとゆで上げただけのソーセージ。

 いいのか、お客様にこれで。俺の胃にはありがたいけど。


 あ、雑炊に感動している。ならいいか。ご馳走は食べ飽きているんだろうな。


 ほっとする素朴な味に、少しだけ癒された。



 帰ってきたレイシアを正装に着替えさせて、貴賓室に来させた。


「レイシア、何の話か分かるか?」


 情報が欲しい。


「何も聞いてないです」


 そうだろうな。わざわざこんな風にしているんだ。

 レイシアのやらかしの尻ぬぐいではなさそうなのが、唯一の救いだな。


 メイドたちを下がらせ、俺は王女一行を待った。


 王女殿下の執事が入り、俺に告げた。


「王女殿下がご入室なされます。礼の姿勢でお待ちください」


 いよいよだ。領主として対応するため大きく息を吐く。

 壁際に移動し、礼を取った。


 数人の側近を引き連れ、王女殿下がオーラを纏い入室した。レイシアと雑談していた時とは全く違う。昨日見た少女と同一人物か? 気品と格式に圧倒される。


 これが王族が王族である所以か。


 ブルっと震えが訪れた。腹に力を入れ息を吐く呼吸を整えないとやばい。


「キャロライナ・アール・エルサムです。この度は突然の訪問を快く向かい入れられました事、心より感謝いたします。さあ、礼を解き席に着いてくださいませ」


「ターナー子爵領領主、クリフト・ターナーでございます。ありがたきお言葉を頂いたこと、御礼申し上げます」


 よく考えれば、昨日からだいぶ経つのに、始めて正式な挨拶を交わしたのか?

 背中から汗が一気に噴き出した。


 レイシアとクリシュにも挨拶をさせ、やっと席に着く。

 殿下のお言葉が続く。


「昨日からのお心遣い本当に感謝していましてよ。ターナーの地は本当に素晴らしいですわね。伝説の『マホロバの聖地』とはターナー領の事かと勘違いするほどでしたわ」


『マホロバの聖地』? 何のことだ? あとでバリューに聞くか。

 それにしても王女、よほど楽しかったのか? 一方的に褒めまくっている。特に温泉と料理。


「ああ、わたくしとしたことが。本当に楽しませていただいていますのですよ。あまりの素晴らしさに、本日の目的を忘れそうになりましたわ。父、国王陛下からの代理として、ターナー子爵に勅書をお渡しいたします」


 にこやかに話しをしていた王女のオーラが強まった。王女の側近の緊張が伝わる。


 執事が目の前に来て、勅書を広げ読み上げる。子爵から伯爵に陞爵《しょうしゃく

》を認める書状だった。


「おめでとう、ターナー伯爵」

「謹んでお受けいたします」


 受けたくない。断っていいなら断りたい! 無理だろうけど。


「ふふ。レイシアに聞いた通りですね。受けたくなさそうですがそうはいかないことはお分かりですね」


 どう答えたらいいんだ? 「はい」と言ったら受けたくないことを認めることになるし、それはまずくないか? でも受けたくないのは事実だし。んぐあ~。胃が痛い。


「謹んでお受けいたします」


 困った時は定型文を繰り返す。貴族の定石だ。


「今回のレイシアの一件がなくとも、この地を訪問すればそれだけで伯爵領と認めなければいけないと誰でも思いますわ。それだけ魅力と活気にあふれている素晴らしい領地です。御自覚なさってください」


 褒められているが、嬉しくない。王国から外れの貧乏領地として放っておいてほしかった。


「では、伯爵には陞爵の披露パーティーを開催していただきます。ご存じの通り、子爵以下と伯爵以上では貴族としての立ち位置が変わります。責任が伴う、ということです」


 パーティー? 社交界なんてもう記憶にないぞ。


「レイシアと私の愚弟の婚約は、来年二人の卒業パーティーで行われます。伯爵のパーティーはそれまで、来年の夏の社交期までに行うように、とのことです。その際、国王から直々に陞爵を認める儀式を執り行うことになります。対外的に認められるのはそのときになりますわね」


 来年……だと?


「あと、これは議会からの提案ですが、ターナー子爵には、早い時期に再婚を行うことを勧める、とのことです。なんなら側室も同時に娶ってもよいくらいだ、と申しておりました」


 はぁ? 再婚だと? なぜだ?


「レイシアが成人していたらよかったのですが、現在伯爵家には社交を行える女性貴族はどなたもおりませんよね」


 確かにそうだが。


「残念ながら、社交界に縁遠い子爵一人では十分な準備も、満足できる接待も、伯爵としての振る舞いもできないだろう、との一致した意見です」


 うっ、つらい。その通りだが


「唯一、頼ることができたオヤマー家も今は取り潰されましたね。ナルシア・オヤマー子爵夫人がご健在ならまだ何とかなったかもしれませんが、その線も潰えました」


 お義祖母さまか。無理だな。


「もちろん、王室からの協力はやぶさかではございませんが、主体がしっかりしないと行えるものではありません。伯爵としての知識と段取り、社交を行える女性。今必要なのは伯爵のパートナーなのです。と考えているようです」


 そう、だろうけど。


「お披露目のパーティーが、ターナー主催の十数年、いえ、数十年ぶりのパーティーなのです。伯爵には縁遠かったパーティーをご自分だけで行えるとでもお思いでしょうか」


 無理……だな。


「失礼ですが、伯爵には現在まで婚姻の申し込みがかなりの数来ていると思うのですがいかがでしょう」


 子供の前で言えるか! 断っているよ。


「では、私からお伝えすることは以上ですわ。再婚の件はあくまで議会からの提案でございますので、お心に留めていただきますと嬉しい、と伝えて欲しいと念を押されました」


 命令だろう、それ。


 言いたいことを言って、王女一行は去った。これからレイシアとクリシュを連れて工場見学に行くそうだ。


 オーラを外し、レイシアと楽しそうに出かける王女を見送りながら、キリキリと痛む胃に両手を当てた。

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