第三部
三章 領主のため息 344話
「今度は何が起きるんだ?」
レイシアが帰って来てから領主として決めなければならない案件が次々と増える。何故だ? 孤児院の問題はそこまで大きくしなくてもいいのではないか?
「ですが孤児院の収容人数も限界に達しています。狩りや採取ができるようになって食事の心配はなくなったのですが、居住面積だけはなんとかしないといけません」
バリューが深刻に言う。
「なぜだ? そりゃあ災害の時に増えたのは理解できるが、それも一時の事だろう? 今は借金は残っているが領内は景気が上向いているはずだが」
「上向いているからですよ。他領からの捨て子がえらいことになっています」
バリューから渡された書類を見た。……なんだこれは!?
「ここの孤児院の良さがその界隈で広まっているらしく、毎月のように孤児が増えているのです。他領の孤児院は、まあ、あれですから」
「そうは言っても増えすぎでは」
「では他の孤児院に助けを求めて引き取ってもらいますか?」
「そんなことできるか!」
俺は以前見た孤児院の様子を思い出した。あれはダメだ。あんなところに子供を預けられるか!
「そうですよね。ですから孤児院の増築をお願いしたいのです。あとレイシア様がご提案になった孤児のための働く場所の確保も。独立する孤児の扱いを示して上げられれば平民の立場も安定するでしょう。
……まったく。教育改革に孤児の仕事でも手一杯なのに、孤児院の増築まで?
「あまりやり過ぎると、教会本部からも目を着けられます。そちらの対策も考えなければなりませんね」
うああああ――――――――! とにかく精米技術の使用許可を取るか。俺は義父オズワルド・オヤマーに公式な手紙を書くことにした。
◇
「どうせなら米を作らないか……だと?」
帰って来た手紙には、「精米を教えてもいいが米が手に入るルートは確保できるのか?」というこちらがまだ何も考えていなかった事実を見透かされていた。その上で「本気であるなら米を作れ。そんな気概もなければ教えることはできん」という内容の言葉が貴族らしく嫌味たっぷりで書かれていた。さらに来週には調査団を寄こすそうだ。
「これ以上仕事が増えるのか……」
愕然としながらバリューに相談をした。
「試されましたね、クリフト様。そこ此処に本気度が伺える文章ですね」
「笑い事ではないぞ。ただでさえ予算を食う事業が増えているのに。ここにきて開墾まで出来ると思うか?」
「出来る出来ないではないですよね。こじれまくっていたオズワルド様との和解が成立した直後のご提案。ましてやこちらから持ち掛けた話。断る訳にはいかないのは分かっているのでしょう?」
分かっているよ! しかしやることが多すぎだ。
「孤児院での石鹸作り。クリフト様が手紙を出す前に決まっていれば孤児院の仕事問題はひとまず収まっていたのですが。そう、精米の代わりとして石鹼作りは十分機能しました」
「私はなんであんなに急いで手紙を書いてしまったんだ?」
「何を言ってももう遅いのですよクリフト様。とにかく調査団のもてなしの準備です。調査して適切な場所が見つからないということも考えられますし」
「そうだな。それを祈ろう」
レイシアはもう学園に行くために王都に向かった。やたらと俺に仕事を残して。仕方がない領主として責任を果たすか。
◇
視察団が来た。義父は混ざっていなかった。それだけでも心労が一つ減った。
役人たちと話をさせたが、役人では話が通じなかった。仕方がないので法衣貴族から数人の責任者を決めて、農協ギルドと商業ギルドから数名呼び出しバリューも混ぜて話し合いをした。バリューを混ぜないと何ともならんだろう。そのため、場所は教会の貴賓室で行うことにした。バリューは二人の孤児を側に置いて参加した。
「その子供はなにかな?」
視察団の団長が聞いた。
「この子たちは、まあ、私の秘書のようなものです。この様な席も体験させてあげたくて参加させました」
「そうか。大人しくしているなら許可しよう」
団長は説明を始めた。米作りに適しているのは沼地。沼地から水を抜いて歩けるようにし、水路を設け水の管理ができるようにすることが必要なようだ。心当たりがあるかと聞かれたが誰も答えない。そんな場所あったか?
「あそこはどう? 山が崩れた後にできた沼地」
孤児が発言した。
「そんな所あったか?」
「知らんな」
ギルド長たちが顔を見合わせる。そうだよな。俺も知らないんだ。
「薬草が取れるから、よく行くんだ。崖崩れの近くなんて誰も行かないから秘密の場所なんだけど」
「後で案内してくれるかな?」
団長が聞くと、「はい」と答えた。もう一人の孤児が、説明のための紙を見ながら言った。
「ここ、計算間違っています」
「なんだと?」
「53と108をかけると5300と424を足せばいいんだから5724ですよね。5642では間違いです」
団長はペンを取り出し筆算して確かめた。確かに孤児が言った通りの数字。あ~、クリシュが2桁の掛け算教えたとか言っていたっけ。
「君は、暗算でこれを解いたのか?」
「もちろんです。このくらい普通ですよね」
「あ、ここも間違えています」
もう一人の孤児も指摘を始めた。
「神父様、この子たちは何者ですか?」
団長に聞かれたが、まさか孤児とは言えないよな。
「私の右腕にしようと仕込んだのです」
ここの孤児、ほとんどが出来るとかそりゃ言えないよな。
「素晴らしい! この子たちをリーダーに据えてはいかがです?」
俺に聞くな! 「まあ、検討しましょう」と言葉を濁し、会議は続いた。
団長は子供たちを中心に話を始め、かなりの理解力があることを確信したようで終わりにはニコニコとしながら「上手くいきそうですな」と握手を求められた。
◇
沼を見た団長は「素晴らしい!」と絶賛した。
「これ程の広さ。予想していた8倍は作れますな。いや10倍か? しかも状態もいい。これはすぐに報告をしなければ。素晴らしい!」
「はあ」
作れるのか。仕事が増えるな。
「これ程とは思っておらず、予算と人員を少なく見積もりすぎました。そうですな、予算は20倍、人員は12倍は必要ですな」
なんだって! 昨日の説明では5000万リーフだったよな。それでもカツカツなのに20倍!
「10億リーフですね」
孤児がさらっと答えた。
「無理だ! そんな金はない!」
「そうですか……。まあ最初から全部開拓しなくても結構です。軌道に乗ればだんだん増やせばいいのですから」
「それはそうだな」
一気にできるわけねーだろ! とにかく予算は限られているんだ。
「では、ここを開墾する許可や人員集めを素早く行ってください。来年には試験栽培できるように準備を始めましょう」
……来年には試験栽培? 資金集め? 人員確保? 一気に仕事が増えた!
.....................................レイシア、一体どれだけの仕事を俺に置いていってくれたんだ⁈ アイデアを出すだけ出して去っていった娘を恨みそうになりながら、俺は大きなため息をついた。
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