第15話 終息、一息ついて

「…………ぁあ」


「ああ目を覚ましたんだね!」


 目が開くと飛び込んで来たのは、俺の顔を覗き込んで来る包帯を頭に巻いたアルストレーラの嬉しそうな顔だった。

 目ん玉だけを動かすと、知らない部屋。どうやらベッドに寝かされているらしい。


 扉の開く音が聞こえた。


「坊ちゃま……! 御目覚めになられたのですね」


 黒い髪にクールな顔立ちの女が、わずかに顔色を変えて現れる。


「コセルア? アンタが何で……?」


「ああそんな急に体を起こさないで。実は……ボク達の乗って来た馬君達がいただろ? 彼らがコセルア卿達を呼んで来てくれたんだ!」


「あ? そりゃあどういう……」


「我が騎士団の馬は、乗り手が危機に陥った際に他の団員の元へと助けを呼ぶように訓練を受けております。今回はそれが功を奏しました」


「……そいつはまた、随分と賢く育てたもんだ」


 降りる時、俺の言葉聞いて山を下りたと思ったが……まさかそのまま屋敷まで助けを呼びに行っていたとはな。こいつは予想外だったぜ。


「おい、他の二人はどうした? 傷ついた子供と、俺がぶちのめした誘拐犯だ」


「イレスカトラ様から事情を伺い、子供と女は屋敷へと先に馬車で運びました。子供の方は治療が完了するまで保護となるはずでしょうが、誘拐犯の方は目を覚まし次第尋問に移るかと」


「そうか……、何とかなった訳だ。ああそうだ、結局ここ何処だ?」


「今キミがその身を預けているベッドと部屋の事だね? それならば安心したまえ! ここはあの山の近くの農家、つまりボク達が目指していた果樹林の管理人の家さ」


「坊ちゃまのお体の状態を考え、今は安静にすべきかと思いこちらを訪ねました。……坊ちゃま、痛み止めはお飲みになりますか?」


 よく見ればコセルアは手にトレーを持っていて、その上には瓶と水の入ったコップが乗っていた。


「錠剤か……」


「坊ちゃまは以前のようにシロップはお飲みにならないはずだと思い、用意致しました。ご不満なら……」


「いやまさか。これがライベルならまた間違うかと思ってな」


「流石にもうそれは。……彼はまだ事情を知りません、恐らくはひどく心配している事だと思われます」


「ツラ、見せてやらなきゃな……」


 そう言いながら首に着けてるペンダントを握る。今度は壊さずに済んだ。

 何とか無事に終わったな。ああいや、結局視察どころじゃ無くなったから無事じゃねえな。


 渡された薬を飲んで、これでほっと一息。


(……薬飲んで一息って何だよ? ジジイか俺は)


 このまま一眠りと行きたいが、何時までもここに居るのもな。窓から夕陽が差してるのを見て、ここで寝てしまったら目覚めるのが夜になる。そうなると当然帰りないからこの家で一晩過ごす事になる。


 流石にそこまで世話になる気は無いし、ベッドから出る事にした。


「坊ちゃま、もうしばらく休んでよろしいのでは?」


「いんや、このまま帰るわ。……先に準備を済ませておいてくれ」


「わかりました。では失礼致します」


 部屋を出て行くコセルアを見送って、俺も身支度を始める。

 服はジャケットを脱がされただけで着替える必要も無さそうだな。


「さて、ではボクも外に……」


 ……丁度二人だけだし、このタイミングがいいか。


「ああその前に。……かっこ、良かったんじゃねえのか? うん」


「え?」


「だからよ。褒めて欲しかったんだろ? 実際お前のおかげで助かったし、な。……こんだけ言ったんだからもういいよな」


「…………んんん!! キミって男の子は、なんて義理堅いんだ!! ボクの美麗な活躍を見て感動するのは当然であるがその時の約束をきちんと果たしてくれるキミのその謙虚さといじらしい素直さには感激を覚えずにいられない! ボクはキミと体験した今日という小さくも大きな冒険を生涯決して忘れる事は無いだろう! で、あればこうしてはいられない! この感動を忘れない内に日記に書きとめていつか見るであろうボクの血を引く者達の為に後世へと残さねばならないな! ではこれで……」


「おい待て!? 止めろよそんな事すんの!」


「照れなくともいいじゃないか! ボクはキミという男の子の勇姿とジェントルとしての在り方とをを書きとめたいんだ!!」


「だからやめろってんだよ!!」


 ああクソッ、もう居なくなりやがった。

 ……あんな事言わなきゃよかったぜ。慣れねぇ事はするもんじゃないな。


 ◇◇◇


「お坊ちゃま、この度は何のおもてなしも出来ませんで……」


「畑荒らしが出たんだ、そんなの気にする事じゃない。こっちこそ、ロクに挨拶も出来無くて悪かった。今度は美味いフルーツを食べに来るぜ」


「わかりました。わたくし共もその日を心よりお待ちしております。では」


「ああ、世話になったな」


 それだけ言って、果樹の女管理人に別れを告げた俺は馬車へと乗り込んだ。

 乗るのは俺だけらしく、コセルアもアルストレーラや他の騎士も馬へと乗り込んでる。


「今日は色々あった……」


 こんな一人事を言っても気にする必要もないのは、この場合助かるのか……。

 窓から差し込む夕日が眩しい。それが山の斜面の果樹に当たって、オレンジ色に染まってる。

 今度こそ食べに来よう。


「綺麗なもんだ……」


 この綺麗なもんをぶっ壊そうとした奴らがいる。その今日捕まえた女と化け犬共。その後ろにいるのは一体誰なのか? 考えなくちゃならない事は増えちまったな。

 イラつかせるクソ共が多すぎる。


(…………)


 頭が痛くなる話だが、今はこの光景を楽しもう。

 何て事ない自然の雄大さ、だがそれは前世でも縁が無かったもんだ。


 元恋人とも無い思い出。俺だけの綺麗な思い出だ。

 今後はこういうのを増やして行きたい、そう思ってる内に寝落ちしてしまったのか、次に目覚めたのは屋敷に着いてからだった。


「坊ちゃま、さあお手をどうぞ」


「……ああ」


 思えば初めてあった時は手を取らなかったな。今回は素直になるか。

 コセルアの手を取って馬車から降りる、まるで金持ちになった気分だな。……今更か。


 玄関からライベルが走ってくるのが見える。あいつも心配性だ。…………何コケてんだよ。


 俺は頭を掻きながら、助け起こす為にライベルの元へと近づいていく。


 空はとっくに陽が落ち、顔を出し始めた月が屋敷を優しく照らしていた。

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