第12話 初退治

「……魔獣か」


 茂みから姿を見せたのは犬に似た獣だ。だがその体躯は二メートルを超えており、そして何より――黒い体毛に赤い眼とくれば……間違いなくこれが噂に聞く魔獣の類だろう。


「この辺りに出るって事は……彼らの狙いはやはり果樹林じゃないかな? キミの領地はその元々食料の豊富な特色故に、魔物被害が常とされてるからね」


「らしいな。……そうか、よくよく考えたらこういう事か」


 お袋が俺を一人で外へと出さないのは、こういう化け物と遭遇しやすい土地柄だからか。

 ここからあの果物畑まで距離はあるが、それでも出て来るもんなんだな。


「だけど犬型の魔物は警戒心が強く、自分から人前に出て来るなんて珍しいな。……まあいいか、キミは下がっていてくれたまえ。ボクの乗って来た馬君の守りを任せるよ」


「そうだな」


 同じ貴族にも関わらず、お袋がこの女をわざわざ俺の護衛に着けたって事は腕前を信用しての事だとは思う。そのお手並み、拝見させて貰おうじゃねえか……。


 乗り手の居なくなった馬を口笛で呼び戻す。

 この手の状況に慣れてるのか、大人しく下がる。相当に訓練されてるな、うちの馬。

 感心してる場合じゃないな。


 俺も馬から降りて自分の馬に話し掛ける。


「そいつと下山しろ。問題無かったら口笛を吹く、そしたら戻ってきな」


 小さくヒヒンとだけ鳴く馬。名前も知らないこいつだが、随分と利口だな。


 そのまま山道を降りていく二頭。これで心配は一つ無くなったな。


「さあ、見ていてくれたまえ!」


 そう言うや否や、腰を落とし差していた剣へ手を掛けると――瞬間、太ももに入れていた力を解放して地を駆けるッ。


 距離はほんの数メートル。

 アルストレーラの姿を見た犬の化け物は、口から電気らしきものをバチバチと漏らしながら身を屈め、そして飛びかかる。


「グルァアアア!!!」


「ふっ!」


 不敵な笑い声が聞こえたかと思ったら、スピードを落とすことなく腰の剣――サーベルを鞘から走らせ、口を開いて飛びかかってくるそいつの眼前で解き放つ……ッ。


 もしかしたらその化け物は噛み付いた後電気を流すつもりだったのかもしれない。

 だが、サーベルはまさしく光の如く、目にも止まらぬ速度で伸び――そして真っ二つに両断した。


「はっ!」


 悲鳴を上げる暇はなかったんだろうな。そもそも今の自分がどんな状態かも分からないまま、そいつは絶命したはずだ。


 普段が普段だが、今のアルストレーラの事は素直に認められる。

 実際こいつの剣は半端じゃなかった。なるほど、このレベルならわざわざ俺達を二人にした理由もわかる。


「ここまで含めてお袋の計算、か」


 自分の領地の事だ、化け物が出て来るなんざ承知だろう。

 そんな所に婚約者と一緒に行かせたのは、俺にアルストレーラを認めさせるため。

 もっと言えば吊り橋効果でも狙っていたのか。


 この計画の欠点は、俺が恋愛事に嫌気が刺してるって事だが。


 サーベルについた血を払うと、また鞘へと納める。


「ふっ。キミという男の子の前だから、つい要らぬ力を入れてしまったな。いやはや修行の道は険しい。……どうだい、キミの剣としては申し分ないと思うが?」


「さあな。それより、こいつは一匹だけか? 普通犬ってのは群れで移動するもんだと思うが」


「そう、そこだよ。キミの見解通りこの手の魔物は一匹だけというのは考えづらい。群れからはぐれた可能性も無くはないけれど、そうするとわざわざリスクを冒してまで人間を襲う理由が無い」


「ということは……」


「もう少しこの山、調べる必要があるね。幸いまだまだ日は高い、このレベルなら対処可能だし今出来る範囲で駆除しようと思う。だけれどここから先、キミはもう離れた方が……」


「全く関係ねぇならそうするところだけどなぁ。……生憎とここはお袋のシマだ、だったらそのガキの俺がケツ撒くって逃げる訳にもいかねえ」


「ほう、粗野な物言い故に意味はよく分からないがキミの気概を感じる。本来レディとしてここは下がらせたいところだが、その決意を無碍にするのもレディとして反する。これは困ったぞ、キミはボクを悩ませるのが得意だな」


 俺からすればお前の方がよっぽど何言ってるかわかんないし、そもそもお前悩むことがあるのかって話だがな。


 手前の立ってもんを考えるなら、大人しく下がってるべきだってのもわかる。

 だが、ここで下がるのタダ飯食らいな気がして、どうにも落ち着かない。


 今の俺になって一宿一飯の恩ってやつも返してないしな。それじゃあ収まりもつかねぇ。

 自分の住んでるシマの問題ぐらい、片を付けないとな。


 どうせ大した頭も持ち合わせちゃいねぇんだ。だったら腕っぷしで働くしかない。


「足手まといになる気はねぇが、それで無理だと思うなら容赦無く捨てて行け」


「おいおい、そんな事出来る訳がないじゃないか」


「ならいざという時は守ってくれ。それがレディの在り方なんだろ? 期待しておくぜ」


「……ふぅ。キミは狡いな。そこまで言われたら張り切っていくしかないじゃないか! よし、キミを守る栄誉は頂いたよ。大船に乗ったつもりで身を任せておくれ!」


 自身満々に小ぶりな胸を叩く、ふんと鼻息でも聞こえてきそうだな。


 そんな訳で人の縄張りを荒らす不届き者共を片づけに行く事になった。

 今日までコセルア達に散々しごかれて来たんだ。あいつらに泥を塗らないように無様を晒さねぇようにしないとな。


 ジャケットの下に隠してた棒を取り出す。護身用の折り畳み式だ。

 金属製のそいつを取り出して、一本の身の丈を優に超える棍になった。


 今の所はこいつが手に馴染む。だが、もしかしたら将来別の武器に変えるかもしれんが。


「ほう、キミはそういったものを使うのか。男の子が戦うと言うのだから、てっきり魔法を扱うのだと思っていたのだけれど」


「そっちに関しては知識しかねぇな。それもお幼稚レベルのな。荒いがこいつの扱いには自信はあるつもりだ」


「よし、ならばその意気を無駄にしないようにボクも本領を発揮してみせようじゃないか!」


 茂みに足を踏み込んで行く俺達。

 こうしていると、今までなんで気付かなかったのか、妙な気配みたいのを感じる。

 こういう感覚もコセルア達との成果の一つだ。何よりも危機察知能力を身に着けるようにしろと言われて、気配を読む術ってのを習わされた。


 踏み込んで行く度に息遣いでも聞こえてくるかのように生々しく気配が濃くなってくる。


 そうして、飛び出て来る気配の主。そいつに対して俺は――。


「ナメんじゃねぇッ……!」


「グルッ!?」


 脳天に食い込むように叩きつけた棍。

 さっきの化け犬の仲間は汚い声を上げて、そのまま地面に沈められる。


「お見事! その身のこなし、キミの努力の証が眩しいよ!」


「そりゃどうも」

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