第7話 機嫌を損ねる出来事

 それは数日前の夕食の事――。


「貴方、最近は騎士達に頼んで体作りをしているようだけれど……それは元気を取り戻したって考えてよろしいかしら?」


「あん? そうだな……頭の調子は変わらずだが、体の方はマシになったってところか。で、そうがどうした? ――お袋」


 無駄に長いテーブルで飯を食ってるのは俺と今の母親――この屋敷の主人だ。

 一日の大半を執務室で過ごしてるから顔を合わせるのは大体飯時で、正直俺もどう接したらいいか悩んでる相手でもある。


 今までの記憶を失くしたと知った時、俺の事を冷たい顔で見ていたと思っていたんだが……果たしてどう思ってるのかはわからない。

 確かなのは俺の態度や言葉遣いをあまり指摘しない事と、俺に外出禁止を言い渡した事。

 お互いに口数の多い方じゃないし、少し違うが住まわせて貰ってる身で好き勝手振る舞う気もないから大人しく言う事を聞いて来た。


 今テーブルについてるのは俺達だけだが、元々ここの家族は五人いるらしい。

 他三人がどこにいるか聞けば……。


『遠く離れた街。けれど、今の貴方が気にする事じゃないわ』


『ふぅん……』


 それがどこかわからないが、少なくとも今は会えないって事だろう。


 俺達の会話は二、三言で終わるような味気ないものだ。

 今回もそんなもんだろうと思ったんだが……。


「そう――そろそろ、外へと出て見てもいいかも知れないわね」


「外?」


「ええ。領地内の、それも近くの程度になら行ってみてもいいかと考えてる。野蛮な輩は掃除したし、そのくらいならいいでしょう」


 輩ねぇ……。外出禁止にしてたのはそういう理由もあったって事か。

 あの小屋の事を思い出す、俺が片づけた二人組。どうやらあの手の連中を一掃するのに力を入れていたみたいだな。

 コセルア達が朝以外バタバタしてたのもそれが理由か。


「いつまでも屋敷に居ては貴方も退屈でしょう。気分転換も……大事でしょうからね」


「そうだな……世話ァ掛ける」


「……別に」


 それ以上は二人でただ飯を食べるだけ。ここから会話を繋げるのは俺には難しく感じる。

 ただ、もしかしたらお袋には後ろめたさがあるのもかもしれない。


 前世の母親や仲良くしてくれたおばさん、二人の事を思い出した。性格は違うが。



 そんな事もあって、いよいよ町へ。馬車に揺られる事数十分。


「ふわぁ……ようやく到着ですね坊ちゃま!」


 馬車から降りた俺達。その活気がライベルを楽しませているのが目に見えてわかる。

 馬車を止めに行く従者を見送り、改めて町へと足を踏み入れる。


 町の規模は村より少し大きいくらいだろうか? 人通りも多く、道も舗装されてる。

 行きかう人々の活気の見える町なんだからきっといい所なんだろう。この規模もお袋の管理してる内の一つでしかないってんだから驚きだ。


 人通りの多いところがあんまり得意でもない俺だが、今回ばかりはこの時点で楽しんでるのは、やっぱり鬱憤がたまってたからだろう。

 いくらデカい屋敷とはいえ、二ヶ月も同じ場所に居て退屈じゃないとは言えねえ。口に出したことはないがな。


「ここには来たことがあるんだろ? そんなに興奮する事かよ」


 始めてきた俺ならまだしも。ライベルは今日の為にめかし込んで楽しむ気満々だった。


「だって、こんなにいろんなものがあるんですよ? 見てるだけで飽きる事がありませんよ! 屋敷の中だとファッションのトレンドも把握出来ませんし、流行りのスイーツがいつの間にか出来るって事もあるんですよ? 訪れる度に新しい発見があるんです。これが楽しくない訳ないじゃないですか!」


「……ま、そんな喜ぶんならいいけどよ」


 当然、ここに来るのに俺一人だけって訳には行かないようだ。

 だからこうしてライベルを連れて来たんだが、しかしこうしてはしゃぐ姿を見るとどっちが面倒見てるかわかんなくなってくるな。


「迷子になるなよ。お前はあっちこっち見に行って勝手にいなくなりそうだしな」


「さ、流石にそんなことしませんよぉ。今日は一日お坊ちゃまの傍から離れませんから。そうですよねコセルア卿?」


 そして当然、ここに来たのは俺達だけでもない。この辺りの取り締まりを強化したって言っても、貴族が外を歩くのに護衛がつかない訳がないからだ。


「私はそのつもりだが、君の場合は目を離すといなくなりそうだしな」


「こ、コセルア卿まで……! ぼくってそんなに落ち着きないように見えますか?」


「そうだな……、俺の手鏡でも貸そうか?」


「ひ、ひどぃ……二人して」


 これ以上やるといじけそうだな。

 しかし、コセルアがノっかってくるとは思わなかったな。我ながら大した発見だ。


 今俺たち三人は見元がバレないように地味な恰好をしている。俺のは普段着だが。

 元とクローゼットの中に入っていた悪趣味な服は、部屋の装飾やらアクセサリーを含めてほとんど売っ払って金に変えた。


 必要な分だけ手元においたら、後は侍従長を通して屋敷で働いている奴らの臨時ボーナスにしてもらったのも一ヶ月以上は前の話だ。

 鉄面皮って表現の似合う侍従長ですら軽く驚かせちまったが、あれが切っ掛けで本格的に俺の評判がガラっと変わったようだ。


 それまで俺を見てビビっていた連中が別の意味でビビってしばらく、自分達から気楽に挨拶してくれるようになった。キッチンに顔を出すと一緒にクッキーを食べてくれる、みたいな。

 他にもあるが、それはいい。


 それで売った服の代わりに近くの村でライベルに派手じゃない服を頼んで買ってきてもらった平民向けのファッション。ただライベルの見立てのおかげか、地味すぎるって事も無い。あいつはそれでも残念がってたな、確か流行が遅れてるとかなんとか。


 他二人も今は私服だ。こう見るとコセルアのこのボーイッシュファッションが新鮮だな。

 元々女子としてはイケメンの見た目のせいか、レザージャケットにスラックス、ショートブーツが似合ってる。きっと町を歩けば黄色い声援がうっする聞こえて来る事だろう……野郎からの。


 ライベルはいつもの藍色のスーツ姿から一転、白いショートブレザーにベージュのハイウエストロングキュロット、紺のキャスケット帽を被って……こうして見ると本当に男かと思うが、多分こっちじゃこれが男らしいオシャレなんだろう。


 灰色のジャケットに黒いシャツにデニムのボトムスの俺が一番地味だろう。お忍びの貴族としてはある意味正解か?


「さあさ! 今日はぼくが町を案内してみせますからね。坊ちゃまの新しいお洋服だって見て回りたいし、身に着けてくれるアクセサリーだって探してみせますよ~」


「はいはい、じゃあ侍従としてのカッコイイとこっての見せてくれよ」


「……はいっ!」


 その言葉に気分を良くしたのか、ライベルは満面の笑みを浮かべたと思えば、鼻歌を歌いながら先頭を歩き始めた。


「まったく、これじゃ弟の御守だな」


「ですが坊ちゃま、僭越ながらにあまり困った顔をしておられるようには見えませんね」


「ん? そうか、そうだな……。これはこれで楽しいかもな」


 実際悪い気はしてないんだから問題にもしてない。今日は一日、いい気晴らしが出来そうだ。



 ……って思ってたんだけどなァ。



「へへ、随分と可愛い顔してるのがいるじゃないか」


「ひっ!? な、なんですかあなた?!」

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