裏切られ献身男は図らずも悪役貴族へと~わがまま令息に転生した男はもう他人の喰い物にならない~

こまの ととと

第1話 突き落とされた期待

 自分が善良な人間とは程遠い自覚はあった。


 それでも、そんな俺でも彼女というものが出来たのは中学に上がってからだ。


 その女は小学生の時に病気で目が見えなくなっていた。当然俺の顔もわからない。

 それでも俺達は惹かれあった。切っ掛けは……確か隣の席だったからだ。


 隣の席というだけで、世話をしろと教師に言われて。それで渋々アレコレと面倒を見るはめになった。

 最初は当然嫌だった。なんせ俺の時間が削れるからな。当時中一だった俺はなんで自分がと思ったもんだ。


 相手もそうだったんだろう。俺が嫌々面倒を見えているのがわかって、よくケンカをしたもんだ。

 だからか、そんな積み重ねでお互いの思ってる事をぶつけ合って。

 気づいたらカップルって奴になっていた。


 周りに隠していたにも関わらず、いつの間にか気づかれてはやし立てられて。

 鬱陶しいとか思いがらも、それでもそれほど悪い気はしてなかった。


 なんというか、祝福されてるような気がしてな。


 それから何の偶然か、それとも教師側の陰謀か。俺達は三年間同じクラスだった。

 世話をするって実績が重なったからか、その頃になるとそいつが何をして欲しいかってのを先に分かるようになっていた。ちょっとしたエスパーの気分で、これも悪くなかった。


 それと彼女の代わりにもアレコレ重い物を運んだりする為に体を鍛えた。

 俺が健康でいれば、その分好きな女の負担も減らせると思って健康にも気を付けたおかげか、この三年間で身長が伸びに伸びた。


 その分、目つきの悪い連中にも絡まれたが……全員返り討ちにしてやれるくらいにも頑丈な体が出来上がったわけだ。


 口の悪いダチも増える羽目になったが、気のいい連中ばかりだから問題は無い。



 三年の春だ。病気の治療法とやらが世に出て来たのは。


 当然お互い喜んだ、相手の家族も巻き込んで。

 その中で思いっきり抱きつかれたのが妙に照れくさかった。周りも二ヤついていたしな。


 ただ、まだ出来たばかりの治療には保険が効かなかった。とにかく金がかかる。


 相手の親父さんは一般サラリーマン。お袋さんだってただのパート。あいつの兄弟がバイトしたって実際に治療を受けられるのは何年も後なんだと。


 それは聞いて俺は――まず自分の親に土下座した。

 受験勉強よりも就職させてくれってな。


 怒られるかと思ったが、案外そうじゃなかった。俺の熱意ってのが伝わったからだかもしれない。

 親に迷惑かけることになっても、それでも好きな女の為に働きたかった。


 ただ、高校には行けと言われた。当然、勉強出来ないから上等な学校には入れないが、それでも進学はして欲しいと言われた。迷惑をかけている自覚があるからな、多少迷ったがバイトに切り替えることにした。


 それから放課後になるとバイト。夏休みだろうと冬休みだろうと。

 そうして受験シーズンになった。行けるのは県内でも下から数えた方がいい学校だが、俺にとってはそんなことはどうでもよかった。


 一緒の学校に行けない事だけは残念がられたが。それも仕方がねえ。元々の自頭も違うしな。


 相手の親御さんたちからは謝られたが、俺が決めた事だったから逆に申し訳ないぐらいだった。



 それからは進学してもバイト。学校に出て来れない日もあった。それにバイトの掛け持ちもしたが、別に苦しくはなかった。疲れているのは体だけ。俺以上に苦しんでいるあいつを想えばどうでもいいことだった。


 俺を含めてみんなが頑張ったからか、お互いが十七の頃に治療を受けられるくらい金が貯まった。


 俺はバイトの影響が祟って留年するはめになったが、その結果があいつの目を治す事ならなんともない。親もとやかくは言ってこなかった。



 そうして治療が開始されて数日の事。

 日本の病院に移った後、病室であいつの目の包帯が取れた時の事だ。


「大丈夫か? 俺が分かるか?」


「…………ん……え? あ、あなたが……そう、なの?」


 初めて俺の顔を見たからだろう、困惑した表情が目に焼き付いた。

 それも仕方がねえ、実質これが初対面なんだからな。



 だが、こっから本当の二人の門出だ。

 金は尽きたが、また貯めればいい。そうして映画見に行ったり、遊園地にでも行ったり。

 そうやってデートがしたいと強烈に思った。


 周りの家族も目が見えた事に感激して、やってきたナースに全員が怒られてたな。



 ――あの時、気づけばよかったんだろうか。あいつがずっと嬉しそうな顔をして無かった意味ってのを。



 それから次の面会の時、あいつに今は合わせる顔がないと拒絶された。

 また目が見え始めたばっかりだから、リハビリが必要なんだろうと思って俺も素直に引き下がった。



 そっからだ、何もかもがおかしくなったのは。

 何度行っても合わせて貰えず、電話にもまともに出て貰えなくなった。



 親御さんに会う機会があった時、ずっと暗い顔をしていた。

 まさか再発したのか? そう思って聞いてみたがそうじゃないらしい。

 だが理由は教えて貰えなかった。とにかく今は会えない。


 なんせ親御さんから直々にそう言われた以上、しばらくは連絡もしなかった。

 落ち着いたら電話がかかってくるだろうと思って、我慢した。



 ある日のこと、デートの資金集めの為のバイト――といっても掛け持ちは止めたが――の帰りの事だ。

 夜の街がピカピカ光る時間帯、カップル共が他人の目も気にせずイチャついている中を一人で歩いている時――俺は目を疑った。



 あいつが、俺の彼女が知らない男と笑いながら歩いてやがったからだ。



 当然駆け出し、問い詰める。

 夜とは言え人通りがある。周りから視線を感じたがどうでもよかった。


「お、お前……俺と会えないって」


「……ここじゃ目立つし、その話は別の日でいいでしょ? ほら、彼にも迷惑だから」


「そんな事どうでもいいだろうが!! おいこりゃどういう意味だ? ……俺はお前の何だ? その男がただのダチってなら別にそれでも構わねぇ。口出しする権利はねぇからな。でもよ、俺とは会えねえつって他の野郎と会うなら一言くらいは筋通すべきだろうが」


 俺達の間で困惑する男。この状況が理解出来無いようだ。

 って事は、こいつは俺の事を知らない。さっきまで一緒に笑っていた女に彼氏がいた事を知らないのか。


「ハッキリ言えよ。俺に会えない理由と、それでいて他の男に会える理由ってのはなんだ? こいつがダチなら騒ぎ立てた事は謝る。だから教えろ。一体どういう理由で……」



「……だってしょうがないじゃない」



「は?」


 うつむいたこいつから微かに聞こえてきた言葉の意味は分からない?

 何がしょうがないってんだ。



「だってさ、しょうがないじゃん! ――全然好みじゃなかったんだもん! その顔がさ!!」



「か、顔? お前何言って――」


「やっと目が見えるようになって、期待してたの! どんな見た目してるんだろうって。こんなに私に優しいならきっと優しい顔してるって! なのに――何でそんなに目つきがキツイの?! 背だって思った以上に高くて……怖いのよあなたが!!」


 何を言われてるのか、分かるのに時間が掛かった。


 目つき? 背? そんな理由で俺は避けられてたってのか?

 だったら俺がこいつと過ごした数年間は何だ? ずっと目が閉じたままでも俺は好きだった。やっと目が開いたこいつの瞳でさらに好きになった。


 俺達は分かりあえてなんか無かったのか……。


「そういう訳だから。大体こういう事されて迷惑だって分からない? 見てよ周りからも見られちゃって。……ありがとう、余計嫌になれた。もう私達に付きまとわないで」


「お、おい……」


「やめてよもう!! ――あっ」


 どうしても受け入れられなかった俺は、近づこうとした。

 だがそれを強く後ろに押されるという形で拒否された。


 あまり力の強くないこいつの力なんて、両手で押されても怯みもしないが、とてつもないショックのせいか簡単に後ろに倒れ始めた。



 その時だ。


 歩道から解き飛ばされたのと同時に、ヘッドライトの光が俺の顔を覆い始めたのは……。



 キキィィインッ!!



 それがブレーキを利かせたタイヤの音だと理解したのは体が宙から落ちた後だった。


 頭から血が流れていく感覚が段々と無くなって行って、最後に分かったのは野次馬の騒ぎ声とスマホのシャッター音。


 好きな女が抱きしめてくれたりなんて――そんな最後は迎えられ無かったようだ。


 ………………


 …………


 ……。






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