ゲーム召喚された弟を助ける姉は課金と苦労が絶えない

金のゆでたまご

プロローグ

「さて、女神アドミス。洗いざらい喋ってもらおうか」

「洗いざらいだなんて、まるでワタシが罪人みたいではないですか」

「こっちからしたら似たようなモノよ。違うっていうなら納得のいく説明をして。そういう約束でしょ」

「わかりました。何からお話しましょうか?」

「ゲーム召喚とか、デスゲームとか、女神の代行者とか、異世界投映とか、侵略者のこととか、いろいろあるじゃない」

「では、ゲーム召喚のことから話しましょう」


 これから語るのは夏休みに起こった怪事件。電子の女神アドミスに、ゲームの世界に召喚された弟を助けるために、私こと大原日奈子が奮闘した苦労の六週間についてだ。


 ********************


 二〇五三年七月十九日


 十九歳の夏休み、私は三ヶ月ぶりの実家に向かっている。隣の県とはいえ少々距離のある大学に合格したので、無理を言って一人暮らしをさせてもらったからだ。


 むろん、築三年以内のオートロック付き1LDKなどという贅沢な部屋ではなく、築十五年の1DK。風呂とトイレが別なことや三階建ての二階の隅部屋ということだけでも悪い条件ではないのに、コンロはふた口でウォークインクローゼット付きだ。


 コンビニやスーパーがちょっと遠いことなど問題じゃない。閑静な田園沿いなこともあって、この時期は蛙の合唱が耳に心地良く、秋には虫たちの合奏が聴けるだろう。


 そんな素敵なところに四年間住まうには必須の条件がある。自炊すること、酒と煙草はしないこと、友達の溜まり場にしないことだ。この条件を厳守することで、家賃と食費と光熱費を合わせて八万円で手を打ってもらった。


 自転車で二十分の通学も苦ではないし、自宅からの定期代を考えれば妥当な金額だろう。残ったお金でスマホ代はギリギリ払えるが、交際費は自分で稼ぐしかない。


 勉強を疎かにしないという条件を追加して、私は週に二回のバイトを入れた。バイトはアプリを使うので都合の良い日に入れられる。シフト制で働きたくない私にとって、とても助かるシステムだ。


 東京の少し田舎に向かう下り電車に揺られているとジーンズのポケットでスマホが揺れた。


 ◆この夏は実家に帰ってきます?


 メッセージの相手は二歳下の幼馴染の絵美ちゃんだ。


 ◆今、実家に帰る電車だよ。もうすぐ着く

 ◆ホントですか? 夏休みの課題を終わらせたら隼人と映画に行こうって話になっているんですけど、日奈子さんもどうかと思って

 ◆お母さんに顔を見せるだけだからすぐ戻るんだけど、予定を決めてくれたらまた帰ってくるよ

 ◆たぶん八月上旬頃になると思います

 ◆OK、私はかまわないけど、隼人とふたりでなくていいの?

 ◆むしろ、あたしは日奈子さんとふたりがいいくらいです

 ◆隼人には愛想が尽きちゃった?

 ◆そういうわけじゃないですよ。身体に良い美味しい空気って感じですかね

 ◆よくわからんねw ともかく課題頑張って!』

 ◆はーい


 緩やかに減速する窓からは、馴染みのあるお店が流れてくる。電車はホームに滑り込み、私の乗った車両は階段の前に止まった。


 電車を下りてすぐに私の心臓が弾んだのは、三ヶ月ぶりの帰郷に心が踊ったから……ではない。部活を引退してから約一年ですっかり衰えた体力が、駆け上がった階段の負荷に負けたからだ。ちょっと太ったし。


 そんなことを実感しながら向かった改札は、見慣れているはずなのに少しだけ懐かしく感じた。その向こうにもちょっとだけ懐かしさを覚える少年が立っている。


 短髪の髪が精悍さを。立ち姿と服装が品性の良さを。一般人にしてはできの良い風貌の少年は弄っていたスマホから視線を上げると、改札を通過する私に気づいて手を上げた。


「姉ちゃん、こっち」

「お迎えご苦労」


 帰省した私を出迎えたのは弟の隼人だ。


 車にも乗れない高校生の弟がわざわざ迎えにきてくれたけど、姉弟でハグをするような関係でもない。ここでおこなわれたのは、なんの変哲もない三ヶ月ぶりの姉弟の再会だ。


「背が伸びたんじゃない?」

「わかる? 春から三センチ伸びた」


 高校二年の弟は、四ヶ月ほどの短い時間で百六十九センチの私を追い越して、百七十センチの大台に踏み込んでいた。


 そんな隼人の成長に感涙することはないけれど、姉を迎えに出向いた弟を蔑ろにするほど冷めてもいない。


「その成長を祝してコーヒーの一杯でもおごってやろう」

「気前いいね。せっかくだからおごられちゃおうかな」


 荷物を乗せて自転車を押す弟を、カフェに誘って感謝を伝えるくらい姉弟の関係は良好だ。きっと漫画やゲームという同じ趣味を一緒に楽しんできたからだろう。


「ラージでいい?」

「うん」


 カウンター席で待つ隼人がスマホでチェックしているのは、今話題の【フロンティア】というオンラインゲームの攻略サイトだ。


「攻略記事見てるんだ。もう始めたの?」

「いや、夏休みまで禁止って言われたから今日からの予定」

「いいなぁ。私は向こうに帰ってからだ」


 大学生は時間がある。そういう人はいるだろうけど私は違う。将来のことを考えればこの四年間は大切に使わなければならない。だから、ゲームはフロンティアひとつに絞った。


「キャラメイクの自由度が高いけど、自分を丸ごと取り込めるから見た目はそれでいいかな」

「こだわると時間食うしね。あんたはけっこうイケメンだから、そのまんまでいいよ」

「だろ? 俺もそう思ってさ」

「謙虚さがないね」

「姉ちゃんはどうするんだよ」

「私もわりと可愛いから」

「謙虚さねぇな」


 フロンティアは六月末に発売されたばかりのVRMMORPG。このゲームをプレイするには最新型のVRヘッドセットが必要だ。顔を覆うマスク型で、その名を【ドリームマスク】という。


 創作でよくあるフルダイブ型なんて凄い物は百年以上先の夢物語だけど、これはハーフダイブ型なんて言われている。


 素人の私には難し過ぎて詳しくはわからないけど、睡眠麻痺とかって金縛り現象を利用して身体だけ寝た状態にするのだとか。視覚情報を脳に送るのは難しいようだけど、脳波によってアバターを操作することができるらしい。


 その他、このゲームの凄い点は、不自然さを感じないアバターの動きだ。描画のリアリティはダイブレベル1からダイブレベル3とプレイヤーの年齢に合わせて三段階に分けられており、レベル3ともなると実写としか思えない。噂ではリミッター解除されたダイブレベル4が存在し、ホラー映画を思わせるほどグロテスクなうえに痛みを伴うようになるとか。ホントか?


 そのリアリティは色々な面でこれまでのゲームを三つは跳び越えている。いや四つかも。


 舞台はおなじみ中世ヨーロッパ風。ファンタジーによくある冒険者になって依頼をこなすことがメインみたいだけど、冒険などせずに飲食店の経営や田畑を耕す農夫になってスローライフを送ることもできる。プレイヤーを助けるための職人になったり、警察のような組織を作ったり、ただ世界を歩く探検家になることも可能だ。


 もちろんメインとなるストーリーは用意されているし、他にも重要な要素がある。それは、ときおり出現する魔界に通ずると言われるダンジョンの攻略だ。世界のあちこちに出現するゲートを放置しておくとダンジョンブレイクによって魔物や魔族が溢れ出してしまう。魔物や魔族は人々を襲うので、これを阻止しないと世界が滅びてしまうらしい。そうなると最悪の場合サービス終了になるのだとか。そんなことあるの?


 ともかく、何をするかを自分で決められる自由度の高さが魅力のゲームだ。反面、プレイヤー同士のマナー以上にフロンティアという世界で生きるうえでのモラルが重視され、現実と同じ常識を超えた行為をしてはいけないというルールが定められている。これを破った場合には相応の理由がない限り、数万から数百万の罰金や罰則があるのだとか。財産権がどうのって問題らしいけど、これはコンピューターゲームにおいて初めてのこと。なので、プレイするにあたって同意が必要なのだ。


 そんな凄いゲームによって、私たち姉弟は波乱万丈な夏休みを送ることになってしまう。

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