第14話

 森を進む俺たちは、映画に登場する探検家のようだ。

 顔は土埃に覆われ、髪は汗でべたつき、手足は泥にまみれている。


 隊列の最後尾には、才原優斗イケメン出水涼音令嬢石亀永江委員長儀保裕之悪友、そして俺がいる。

 何気ない儀保裕之悪友の一言が事の始まりだ。


「これだけ長く風呂に入らなかったのは高熱を出して以来だな」

「あ~、たしかにそうかも。俺たちきっと臭いぜ」

「そうか? 匂わないぞ?」


 彼は腕を鼻に近づけ、クンクンと嗅いでいる。


「動物は外敵から身を守るため、新しい香りを感じ取ることができるように、同じ匂いには順応するんだよ。タバコや化粧の匂いがキツイ人いるだろ。本人は気づいてないんだよ」

「へぇ~っ」


 心なしか、出水涼音令嬢石亀永江委員長が俺たちから離れて歩き始めた気がする。






「風呂に入りたいだろ!」


 昼食を食べたあと、ひと息ついているクラスメイトの前で石亀永江委員長が吠えた。


 隷属の首輪から解放され、以前のように独裁者的な貫禄が戻っている。

 あまり変化がないという意見も聞くが。


 おどおどしながら地学部の千坂隆久モヤシが説明する。


「村は川の近くに造る予定なんです。ボクの見立てではあと二日で到着しますから、それまで――」

「ガマンできないだろ、なあ女子諸君!」


 しかし、彼が話を終える前に彼女は言葉を遮った。

 扇動する気満々である。


「そ、そうね」

「入れるのなら入りたいわ」


 女子たちがまんまとその気になる。


「さあ! お風呂が作れる人、名乗り出なさい」


 森は静まり返っている。


「いないのっ?!」


 彼女の体から湧き出る謎の圧が強い。


千坂ちさか君よぉ~、後からバレると委員長うるさいと思うけどね」


 二見朱里歴女がひとり言のように千坂隆久モヤシに語りかけた。

 その声を彼女は聞き逃さない。

 ギロリと彼を睨む。

 つい先ほど彼女の気迫に負けた彼が、こんどは視線で攻撃される。

 かわいそうに。


「だから、あと二日待って――」

「待てないと言っている」


 こうなると彼女は折れない。

 千坂隆久モヤシは大きな溜息ためいきをついた。


「大きな桶なら作れるよ。けど水はどうするの? 飲み水だってギリギリなんだ」

「そこは抜かりない。そうだろ三門みかど

「えっ?」


 美術部の三門志寿みかどしずが驚いている。


 とてもおとなしい性格で、目立つ行動はしない女子だ。

 彼女は美術コンクールで受賞したことがある。

 その絵は、大人びた女性が情熱的に歌う様子がダイナミックに描かれていた。

 性格とかけ離れた絵に驚いたのを覚えている。

 噂で聞いたのだが、将来は【漫画家】になりたいらしい。


「あなたは水を操れるのよね」

「そうです」

「桶に水をためなさい」

「はい」


 快諾するわけでもなく、拒むわけでもない。

 ぬるっと石亀永江委員長の要望をのむ。

 それが三門志寿漫画家の処世術だ。

 波風立てず、流れに身を任せて生きている。

 ある意味うらやましい性格だ。


「水使いですとっ? 超高圧で水を噴射して敵を切り刻んだり、水圧で押しつぶしたりするのでござるな?」

「できませんよ」と、彼女は無表情で答えた。

「ショック!!!」


 出淵旭アニオタがうるさい。


「さあ、千坂ちさか君、桶を作りなさい」

「水浴びをするつもりなの?」

「どうしてよ。ここは森。燃やせる木がいっぱいあるじゃない」

「桶が燃えちゃうよ! それに生木を燃やすと煙とか酷いんだよ」

「そうなの?」


 石亀永江委員長はどう見てもインドア派。

 キャンプの知識なんてないだろう。


「しょうがないねっ。女子が困っているなら俺様の出番だろっ」


 潘英樹ばんひできが髪の毛をサラリとなびかせた。

 彼はバスケット部の補欠。

 ちょっと残念な三枚目と呼ばれている。

 ブサイクではないが、才原優斗イケメンと比べると数段落ちる。

 ポーズや言動が独特で、ある意味、痛いヤツ。

 たまに――うぇいうぇい――と鳴く珍獣だ。


「良案でもあるのか?」

「俺様の加護は炎使い。どこにでも火をつけることができるのさっ、もちろんキミのハートにもねっ」


 ウインクが気持ち悪い。

 たぶんコイツは、女子にモテていると勘違いしている。


 まるで虫でも見るような目を石亀永江委員長は彼にむけた。


「そんな力があるのなら魔物の討伐を手伝ってくれてもいいだろ」と、才原優斗イケメンがもっともなツッコミを入れた。


 だがそれは無理だ。

 ばんはオマエが嫌いなんだよ。イケメンだからな。


「俺様が男のお願いを聞くわけないだろ」


 ほら。すがすがしいほどのクズだろ。

 だからオマエはモテないんだよ。


「ああそうかよ」


 才原優斗イケメンが不機嫌そうだ。

 こんな所で言い争っても時間の無駄だと判断したのだろう。

 無理強いせず引き下がれるところがモテ男の秘訣だな。




 千坂隆久モヤシは嫌々ながら桶を作り始める。

 加護は工芸なので家具とか作れるようだ。


 彼は近くに生えている立派な木に触れた。

 すると一瞬で切り株になり、木は消えてしまう。

 他の加護と同じように材料を簡単に加工できるらしい。


儀保ぎぼ君、鉄が欲しいんだけど」

「おうっ、あるぜ」


 儀保裕之悪友が地面に向けて手をかざす。

 すると鉄のインゴットが空中から落下し、ガギン、ガギンと甲高い音を出した。


「ありがとう」


 千坂隆久モヤシが触れると鉄のインゴットが消えた。


「それじゃ出すね」


 彼が手をかざしたところへ大きな桶が出現した。

 五人くらいならいっしょに入れそうだな。


「いいぞ千坂ちさか君、理想的だ」


 石亀永江委員長は満足そうにうなづく。


「水、入れるね」


 三門志寿漫画家が手をかざすと空中から水が湧き出る。

 蛇口をひねるように、最初はチョロチョロ、次第にザーッと、最後にはド~っと滝のようだ。


「圧倒的じゃないか!」


 石亀永江委員長が子供みたいに喜ぶ。


「次は俺様に任せなっ」


 潘英樹ばんひできは、いちいち言葉がクドい。

 それにポーズもなんか変。

 ヤツの体は不自然にねじれ、顔は上を向き、両手は空中に突き出され、指は奇妙なかたちに曲がっている。

 まるで抽象画から飛び出してきたような気持ち悪さをアピールしていた。

 おそらく本人的にはカッコ良いと思っているのかもしれない。


 そんな変なポーズで炎の出現位置を指さした。

 すると、まるで鬼火のように、炎が空中をふわふわと飛ぶ。


 炎は桶の上まで移動すると、水面スレスレで静止した。

 湯気が静かに立ち昇り、水面は微細な気泡で覆われていく。


 石亀永江委員長が手をお湯につける。


「いい湯じゃないか!!」


 女子たちが歓喜の声をあげた。


「お風呂回キター!」


 出淵旭アニオタも歓喜の声をあげた。






 木々のあいだに大きなシーツがロープで吊るされた。

 それは自然のカーテンとも言える存在で、その奥に広がる楽園を巧妙に隠している。

 シーツの向こう側では、女子たちが着替えていた。

 彼女たちの笑い声が木々のあいだを行き交い、その場には生命力に満ちた雰囲気が漂っている。


 女子たちは交代で入るらしい。

 半数の女子がシーツの前に立ち、男子がのぞかないように監視している。

 男子は動くのを禁止され、地面に座らされていた。


 俺には姿を消すスキルがある。

 しかし女子の監視が厳しく消えるタイミングがない。

 それにバレたら確実に死刑だ。

 のぞくタイミングはこれから増えるはず。

 今は耐えるべきだろう。




 日の光が差し込むと、シーツに美しい影を映し出した。

 それはまるでスクリーンのようで、見ている人の心を捉えて離さない魅力がある。

 映画のひとコマのような光景に、見ていた男子たち、つまり俺も息を呑んだ。

 腕で股間を隠し、モゾモゾしているヤツもいる。

 わかるぞその気持ち。




「生き返るぅ~っ」

「お風呂は毎日入りたいよね~」

「髪なんて泥だらけよ」


 何気ない会話がつづいていた。


「委員長ありがとう」

「クラスのために必要だと思っただけよ」

才原さいばら君は頼りになるけど、やっぱり女子の気持ちは女子じゃないとわからないよね~」


 おいおい才原優斗イケメンが寂しそうな表情になってるぞ。


「わたしが倒れているあいだ、彼が委員長代理を務めてくれたと聞いた。才原さいばら君、感謝する!」

「えっ、聞こえてる?」

「あたりまえだろう、シーツ一枚だぞ」


 女子たちは急に静かになった。




 俺は期待してたんだ。漫画的なアレを。

 お互いの体を触ったり、胸のサイズを教えあったり、キャッキャウフフする会話を。

 しかし何もおきなかった。

 石亀永江委員長が聞こえているのを暴露したため、無言の入浴になってしまった。

 あ~つまらない……。



 ――あれは?


 空中を小さな種火が飛んでいる。

 目を凝らしてみないと発見できないくらいだ。


 ふわり、ふわりと飛んでいる。

 その種火は、枝にシーツを固定しているロープに近づく。


 ばんの目が血走っている。

 神経を集中しているのだろう。


 ――あの火! ヤツが動かしているのか!


 女子に告げ口すれば英雄になれる。

 だが男子からは裏切り者あつかいだ。

 しかし、黙っていれば共犯。


 俺の頭のなかでは天使と悪魔が戦っている。

 拳で殴り合うほどの熾烈しれつな戦いがつづいていた。

 がんばれ悪魔、負けるな悪魔!


 気がつくと種火がロープを焦がしていた。


 ロープが切れ、シーツが落下する。

 心のカメラが連続撮影モードに切り替わり、落下するシーツがコマ送りのように動く。

 シーツの奥に広がる楽園を見逃さないよう、一枚一枚記憶に焼きつける。

 風呂桶から顔を出している女子たちと目があった。


「キャーーーーーッ!!」


 見張りをしていた女子が慌ててシーツをもち上げる。

 残念なことに、男子たちは座らされていたので女子の顔しか見えなかった。


「ねえ見て、ロープが焦げてる。それに焦げ臭い」


 見張りの女子がキッっと潘英樹ばんひできを睨んだ。


ばん君、あなたの仕業でしょ!!」

「お、俺じゃない! 俺はなにもやってない!!」

「じゃあどうしてロープが焦げてるのよっ!!」

「そんなの偶然だろ」


 必死に弁解しているが、オマエが犯人だろ。


瀧田たきた君、うそ、見抜けたわよね」


 ばんはすがるような目で瀧田賢インテリメガネを見ている。


「故障したうそ発見器ほど役に立たないものはない。すまんなばん、俺がうそを言うなんてあってはならないんだよ」

「俺は犯人じゃない、そうだよな! な!!」

偽りだフォルス


 女子たちから数えきれないほどの蹴りが炸裂さくれつする。

 しばらくするとボロ雑巾のような潘英樹覗き魔が地面に転がったのだ。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 潘英樹覗き魔を除くクラス全員が風呂に入りさっぽりした。

 着替えたので服もキレイだ。


 みんな地面に座り、その前には石亀永江委員長が立ち、その横に潘英樹覗き魔が正座させられている。


 彼の顔には、いくつもの青あざができている。

 顔は腫れ、唇は切れ、見るも無残な仕打ちを受けていた。


「第一回、クラス会議を始める」


 曲がったことが大嫌いな石亀永江委員長から怒りのオーラが漂う。

 これからアイツがどうなるんだろうと見ているほうがハラハラする。


「村を造り、共同生活を始めるわけだが、まずはルールを制定すべきだ。基本は日本国憲法に準ずるべきだが、司法を行使する裁判所および警察がないため、しかるべき刑罰を与えることがむずかしい状況」


 石亀永江委員長潘英樹覗き魔を指さした。


「彼のしでかしたことは犯罪。しかし、私刑リンチもまた犯罪だ」

「えっ?!」


 女子たちが驚いている。

 石亀永江委員長の発言は間違いではない。

 私刑リンチは法律で禁止されているのだ。


「警察が逮捕し、裁判所で裁きを決定するのが正しい手順。しかし、警察および裁判所がないため今回の私刑リンチは特例とすべきだろう」


 女子たちはホッと安堵の息をもらした。


「今後のため警察官および裁判官を任命すべきと考える。わたしの案について、賛成の人、挙手を」


 全員が挙手した。


「はい、可決した。人数が少ないから最高裁だけで良いだろう。本来なら内閣が任命するが存在しないので選挙によって決定する。立候補者、いないか?」


 クラスの視線が瀧田賢インテリメガネに集まる。


「まぁ、そうでしょうね。瀧田たきた君、どうですか?」

「他に立候補者がいないのであれば引き受けよう」

「決を取る必要もありませんね。では裁判官、後はお願いします」


 石亀永江委員長が女子たちの横に座ると、代わりに瀧田賢インテリメガネが前に立つ。

 彼はメガネの中央を中指で押して位置を整えた。

 ちょっと頬を染めている。

 アイツは人前が苦手で、あがるのだ。


「裁判官に任命された瀧田たきただ。うそのないクリーンな村にするため尽力しよう。今後の裁判は裁判員制度が良いと思う。ランダムに選んだ裁判員によって刑罰の重さを決定するんだ」


 才原優斗イケメンが挙手した。


「裁判員に選ばれたとしても、俺は法律を知らない。正しい刑罰なんて決められないぞ」

「それは俺も同じだ。だからこそ複数の裁判員によって最良を模索すればいいんじゃないか?」

「……そうだな。完璧ではなく最良か、わかった」


「まずは、女子たちの私刑リンチについて特例措置を適用し無罪として良いか裁判します。被告人は女子たちなので裁判員は男子たちとします。無罪としても良いと考える人、挙手を」


 男子全員が挙手した。


「はい。無罪が確定しました。今後、私的な暴力は有罪になりますので注意してください」


 全員がうなずいた。


「では次に、ばんの刑罰について。すでに私刑リンチがおこなわれ、相応の罰が与えられたのではないだろうか。よって閉廷しても構わないと考えるが、みんなの意見はどうだろう」


 クラスメイトは近くの人と顔を見合わせ、無言でうなづいている。


「被害者である女子の意見が重要だ、ばんを許してやってくれないか」


 出水涼音令嬢が挙手した。


「わたくしの肌が見られたのなら極刑でも軽いのですが、幸いにも被害にはあいませんでした。ですから、今後二度とのぞきはしないと宣誓することで許すというのはいかがかしら?」

「賛成!」


 女子たちは出水涼音令嬢の意見に不服はないようだ。

 彼女が女子たちの実質的なトップなのでこの流れは既定路線だ。


「さあ、ばん、宣誓しろ」

「もう二度とのぞきはしません、許してください」


 潘英樹覗き魔は土下座をした。


「これにて閉廷!」


 まるでおままごとのような裁判だが、大人のいない世界で共同生活するなら必要なことなのだろう。

 姿を消してのぞかなくて良かった……。

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