最強魔王でも金が無ければ追放される世知辛い世の中
ハソユア
第一章・魔王とお金
第一章 第一話
魔が、人に勝利しつつある世界があった。
世界を支配するべく約定を結んだ魔王たちは、数多の勇者や聖者を討ち破った。
魔の勢力の優勢は明らかとなり、新たに名乗った者を含めて何十体もの魔王が世界を闊歩する世界。
その世界において、大魔王と称される魔王がいる。
険阻な山に城を構え祭祀を執り行う、古の歴史を受け継ぎし大魔王。
「んぬぬぬぬぬぬぬ……」
数多の魔を従えるはずの大魔王は、しかし。ただの紙に負けていた。
大魔王アデライーダ。先代から魔王の座を受け継いでから、百年にも満たぬ若手――あくまで魔王の尺度で言えば――である彼女は、魔王城の巨大な貴賓室にて紙束を睨みつけていた。
外見だけで言えば、その姿は黒く着飾った人間の少女と大して変わらない。一見すると、どこぞの令嬢が学業の課題に困っているようにも見えなくもない。
「あり得ない……この城を貸しても、たったこれだけ……!?」
「えぇ、私の見積もりではそうなりますな。
借金を返済するためには、賃貸料だけでは全くの不足。
ですから私は最初に言ったのですよ。売り渡しなさい、とね」
だがアデライーダは大魔王であって、学業に勤しむ令嬢ではない。
彼女の目の前にそびえ立つ巨大な異形が、それを証明している。
黄金竜――またの名を黄金の魔王ヴィヤチェスラフは、魔王城の査定を慇懃無礼に告げた。
ヴィヤチェスラフは、強きドラゴンの一頭である。
ドラゴンという種族の習性に違わず財宝を愛する彼は、財を増やす手段として人間社会を学び、契約こそが財を得る近道と考えた。
結果として彼が編み出した契約呪詛は、単なる借金で他の魔王を縛るほどの効力を誇る。
たとえ、大魔王と称されるアデライーダであっても。
「この城が何なのか分かってるの!?
魔王城の中でも一番古い城で、私たちが人間と争うための中心となる城じゃない。
それを売るなんて、バチあたりな真似できるわけないでしょう!」
「中心となる城、ですか。
中心であった、のほうが正しいと思いますが」
アデライーダの言葉にヴィヤチェスラフは眼鏡を掛け直すと、大きな溜め息を吐いた。仮にもヴィヤチェスラフは竜、その溜め息は部屋を揺らしたが、大魔王は微動にしない。
返礼とばかりにアデライーダが睨み返すと、その視線だけで貴賓室の壁に亀裂が入る。しかし、黄金竜は鼻で笑った。
「おやおや、いけません。城の査定がますます下がってしまいます」
「この…………」
「それとも、魔王はお互いに手を出せない、という決まり事すら忘れてしまいましたかな?」
「先にブレスを吹き掛けてきたのはそっちでしょう!」
「私はただ、溜め息をついただけですよ?
大魔王様の愚かさに、ねぇ」
「っ…………!」
黄金竜の言葉に、アデライーダは唇を噛むことしかできない。
かつて魔王たちは人間と戦うために、魔王同士で戦いが成立しないための呪詛を作り上げていた。内紛を防ぐために、魔王の間での直接的な攻撃は無力化される呪詛。魔王の座を受け継いだ者にも、新たに魔王となった者にも適応されるほど厳重に組まれたものだ。この呪詛は世界すべてが魔王たちの領土となるまで続く。
今はあくまで魔の勢力は人間に対して優勢であって、まだ勝利していない。故に、呪詛は今も機能している。
もっともアデライーダに限って言えば、これとはまた別の呪詛も影響しているのだが。
「じゃあ、聞くけど。中心であった、とはどういう意味」
「言った通りの意味ですよ。もはや、時代遅れの城に価値などありません。
この城は魔山の頂点にある。
我々の眷属であるワイバーンですら、登ってくるには苦労するほど険しい魔山の……ね。
そして、城内の作りは迷宮さながら。案内があっても迷う者がいたと聞きます」
「城として堅牢なことの、何が悪いって言うの?」
「もはや人間がこの城に攻めてくることがないというのに、堅牢性など役に立ちますか?
ただ交通網が整備されてないだけですなぁ」
だから配下も逃げ出すのです、と結ぶ黄金竜の言葉に、アデライーダは怒りがぶり返したが、かろうじて耐えた。
「この城は、最も古くから魔神やご先祖様を奉ってきた場所の一つよ!」
「それもよろしくありません。祭祀のためにどれだけの費用と時間を掛けているのです?
忙しいときには5日で3つの祭祀が重なる始末だ。
領地の管理もまともにできずにこんな無駄を繰り返すだけでは、私への借金が積み重なるのも当然」
「人間との戦に備えて祭祀は必要でしょう!
魔神を敬わなければ力を貸してくれなくなるし、英霊を弔わなければ戦死を誇りに思う者は減るわ!」
「だから、古いのですよ。
もはや人間とは戦う必要などないのです。今の情勢であれば、いくらでも支配できますからな。
ましてや古き世の伝説のごとく、人間の英雄や勇者が魔王の城に乗り込んでくることなど起こりません」
「…………っ!!!」
ふるふると震えるアデライーダが取り落とした紙束を、黄金竜はそっと拾い上げる。
巨大かつ鋭利な爪による動作にも関わらず、紙束は千切れず、折れず。むしろアデライーダが握りしめていた時に作った皺のほうが大きい。
「こんな城の賃貸料で、私への借金を返す?
とんだ笑い種だ。
この城の価値など、せいぜい貴女が提示した額から九割引がいいところ。
売り払ってやっと、今までの利子を支払って頂ける計算ですな」
教え諭すように告げる黄金竜だったが、実際のところこの魔王城の価値はそこまで低くはない。未だに残る歴史的な財宝や武具は、今の時代においても高い価値があるのだ。黄金竜は平然とした顔で法外な借金を吹っ掛けている。
そして、こんなふざけた商談を成立させる異能を黄金竜は持っていた。
「くっ……だいたい、なんで利子だけで借金が倍になってるのよ!」
「複利の利子とは、そういうものですので」
「ふざっ…………!?」
売り払ってもなお借金を返せないどころか利子分だけ、と告げられ、また怒りが心頭に発したアデライーダは敵意を剥き出しにして……何の前触れもなく転んだ。
思わず足を見れば、怪しく光る文字が浮かび上がっている。
「借金の支払い期日は過ぎている。催促は過去に実行済み。後は、我が契約呪詛にてこの城を貰い受けます。
さっそくですが、大魔王様には退去して頂きましょう」
「きゃっ!?」
黄金竜の指が出口を指し示した途端、アデライーダの体が起き上がるとそのまま出口へと足を向けた。
ぐぎぎぎ、と自分の体を止めようと力む彼女だったが、意志に反して歩が進んでいく。
「魔王はお互いに争ってはならない」という呪詛とはまた別に、黄金竜が編み出した呪詛がアデライーダを縛っている。ただでさえ魔王として黄金竜に危害を加えられないというのに、借金がある限り黄金竜に逆らうことすらもできないのだ。
「こ、このっ……覚えておきなさいよ!」
「ええ、覚えておきますとも。まだまだ借金は残っておりますからねぇ」
捨て台詞を残して部屋から立ち去っていく……もとい、城から立ち去ることを強制された大魔王に、黄金竜は悠々と言葉を返すと、そのままアデライーダが座っていたソファーに腰を下ろす。
ドラゴンが座り込むには小さかったはずのそれは、魔力によって拡張し黄金竜が座ることができるほどのサイズとなった。まるで、新たな主を迎え入れるように。
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