第16話 2人は俺の家族! パルからのお礼のご奉仕。


「……」


 パルはジェシカさんの発言に、一瞬不愉快そうな視線を寄せる。

しかし聡明な彼女もまたジェシカさん自体に、悪気がないのがわかっているのか、きつく口を閉ざす。

 

 俺だってジェシカさんが意地悪でパルとピルのことを"奴隷"言ったのではないとわかっている。


 タルトン人にとってシフォン人はどんなに美しく、どんなに大事に扱われていようとも、所詮は奴隷だ。

"名誉タルトン人"の資格を取らない限り、この国においては人ではなく、物なのだ。

そしてその認識は、国中に広まっている。


 特にジェシカさんのように、生まれた時からシフォン人が奴隷であった世代ではそうした傾向が強い。だから彼女の、今のような反応は極ありふれた、一般的な表現に他ならない。


「……違います」


 しかし俺はあえてタルトン人のシフォン人に対する常識を否定する。


「え? お、御曹司とかじゃないの?」


 多分、俺の異様に低い声音に驚いたのだろう。

ジェシカさんは顔を引きつらせつつ、声を震わせている。


「そこも違いますけど、もっと大きな訂正をしたく思います」


「て、訂正……?」


「この2人は……パルとピルは俺の奴隷ではありません! この2人は人であり……俺の"家族"です!」


ーー家族。咄嗟に出たのがその言葉だった。

この言葉以外に、パルとピルとの関係を言い表すのに適切な言葉が浮かばなかったが正しい。


「か、家族? あなた、本気で……?」


「本気も何も、俺は2人に出会ってからずっとその気持ちでいます! そしてこれからもずっと!」


 俺はもう一度、きっぱりとそう言い切る。

するとジェシカさんは一息つくと、背筋を伸ばして起立する。

そしてパルとピルへ向けて、深々と頭を下げた。


「先ほどはご家族だったとはつゆ知らず、失礼な物言いをしてしまい大変申し訳ございませんでした。平に謝罪いたします」


 シフォン人にさえ、こうして自らの非礼を詫び、ちゃんと頭を下げることができる。

 少し破天荒なところはあるけれど、ジェシカさんは人としても、騎士としても素晴らしい人だと思えた瞬間だった。きっとこの方ならば、信頼できると感じる。


「ご挨拶が遅れましたが私はフルツ騎士団第三師団28番隊副隊長のジェシカ・フランソワーズであります。トーガ君……ご亭主には先日、この命を救っていただいた恩があり、親しくさせております」


「あ、あの、えっと……」


そしてやっぱりパルはいきなり頭を下げられて驚いていると。

ピルはどこ吹く風でガツガツ食事を楽しんでいるが……


「ほら、ジェシカさんもご挨拶してくれたんだから」


 俺はリアクションに困っているパルへ、助け舟を出す。


「お、お座りくださいジェシカ様……? もうお気持ちは伝わりましたから……」


「ありがとうございます。あと、私に"様"付けはいりませんよ、奥方様」


「お、奥方!? あ、あの、えっとぉ……!」


 パルはちらちらとこちらへ視線を寄せてくる。

話の流れから、そうした方が良いと思い、俺は首を縦に振って見せた。


「私は……えっと、パルと申します……あの、その……ト、トーガ様の……家族、ですっ……!」


 パルは雪のように白い肌を真っ赤に染めながら、辿々し口調で自己紹介をした。

 別にここまで来たのなら“奥さん”と名乗っても良いのに……と思いつつも、そういう奥ゆかしいところが、実にパルらしいと思う。


「こ、こらピルもちゃんとご挨拶なさい!」


 恥ずかしいのかパルは急にピルへ話を振るも、


「ふがふが?」


 ピルはこれまでの話などまるで気にせず、お肉料理に夢中なご様子だ。

この子、いろんな意味でたくましいと思う。


「あーんもう……すみませんジェシカさん。この子は私の妹でピルと言います」


「パルさんとピルさんですね。承知しました。今後とも何かをご縁はあると思いますので、どうぞよろしくお願いします!」


ジェシカさんの握手に、パルはおっかなびっくりな様子で応じるのだった。



⚫︎⚫︎⚫︎



(しかし、ジェシカさんは俺のことをパルの亭主って……まぁ、家族と紹介すればそう反応するのも当然かもしれないが……)


 宿のベッドへ身を投げながら、俺はぼうっとそんなことを考えていた。

そんな中、突然入り口戸からノックが響き渡る。


「どちらさま?」


「あ、あの……パルですっ……まだ起きていらっしゃいますか……?」


 今夜は金に余裕があるので、パルとピルには別室で寛いでもらっていた。

たまには姉妹2人きりで、思い思いの時間を過ごしてほしいと思ったからだったのだが……


「どうかしたのか?」


 扉を開けるとやや神妙な面持ちのパルに出くわす。

とりあえず彼女を部屋へ入れて、ゆっくり話を聞くことにした。


「なにか話があるんだろ?」


「えっと……今日は本当にありがとうございました!」


「部屋のことなら気にしないで。たまには姉妹水入らずで……」


「そっちもですけど、もっと大きなお礼を……今日の、騎士団の食堂での……!」


 今日、俺はパルとピルのことを奴隷ではなく、家族として紹介した。

どうやらそのお礼を言うためにわざわざ出向いてくれたらしい。


「本当のことなんだから、お礼を言われるようなことじゃないって」


「うっ、うっ、ひっくっ……」


「お、おいおい! なんでそこで泣く!?」


 パルは「すみません」と謝りながら顔をあげる。

泣いてはいるが、表情はとても幸せそうだった。


「嬉し涙です……やはり良かったです。トーガ様に拾って……いえ、救っていただいて、こうしてお側に置いてもらえて……!」


「パル……」


「ジェシカさんは私のことを、トーガ様の奥方とおっしゃいましたが、そんなのまだまだ、おこがましいと思っています。だけど……!」


 パルは椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。

そして俺の股の間で膝をつく。


「あなたを想い、そして支える身として、これからも誠心誠意尽くします。あなたがなさること、したいことの全てを正と捉え、共に道を歩んで行くと改めてここに誓います!」


「ありがとう、パル……」


「そしてこれからすることは……そ、そのぉ……そうした決意の表れと言いますか……」


 パルの雪のように白く、ガラス細工のように細くてしなやかな指が、俺に触れてくる。その甘美で緩やかな刺激は、俺に熱っぽい息を吐かせる。


「このままじっとしていて大丈夫です。今宵は私がトーガ様を癒して差し上げます……」


 パルは上目遣いでこちらを見上げてきた。

その妙に妖艶に映るその様に、ごくりと息を呑む


「何をするつもりで……?」


「今回は私のここ、ではいかがかと思いまして……宜しいでしょうか?」


 パルは瑞々しく、ぷっくりとした血色の良い唇を指し、そう問いかけてくる。

 唇の間から覗く、真っ赤な舌先が、俺の興奮を加速させ、自然と首を縦に振らせるのだった。

 

●●●


「ふぅ……どこで覚えたんだ、こんなことを……?」


 必死に最後の一滴を飲み込むパルへ問いかける。


「国にいた頃、森の中でこういうことをしている夫婦をみたことがありまして……そのご夫婦、近所でも評判の仲良しだったので、好きな人ができたら私もここでしてあげたいなって、思ってて……だからこうして、ここで大好きなトーガ様を癒すことができて嬉しいです」


 パルは自分の唇へ触れつつ、満足そうにそういった。


 面と向かって"大好き"と言われ、頬が熱をもった。

パルも俺と同じく顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしている。


 俺とパルはもうすでに深い絆で結ばれている。

そう思えて仕方がない。


「よしじゃあ、今度は俺からだな」


「えっ!? よ、よろしいのですか……?」


「もちろん! というか、これだけじゃ収まりがつかないし、不公平だろ?」


「もうトーガ様ったら……でも嬉しいです。でしたら今夜もよろしくお願いします……」


 俺はパルの肩を抱き、ベッドへ向かってゆく。


ーーその時俺は気がついていなかった。

薄く開かれた扉から、丸い瞳が俺とパルの様子をじっとみつめていたことに……


「はぁ……はぁ……お姉ちゃん、良いなぁ……とーがさまと……」

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