第5話『捨てる神あれば』
「おい、どうなっているんだ。この世界の人間はすでに俺の存在を知っているのか。こいつを見られただけでバレて、大歓迎を受けたぞ」
ポケットからスマートウィッチを出して見せながら、ライラに問う。一方ライラは、俺が頭から被っている食事に視線を向けていた。
「……本当に歓迎を受けたのですか。リンチの間違いではありませんか」
「……これは、お前が作った鎧の仕様のせいだ」
ライラの顔を半目で睨みつつ、俺は続ける。
「もしかして、この世界に来てるやつって俺以外にもいるのか?」
「ええ。言っていませんでしたか」
ライラはこともなげに答えた。
「異界からの来訪者は、貴方を入れて全部で十人。貴方はその最後の一人なのです。つまり、すでに九人の先客がこの世界に来ているというわけです」
その九人がこの世界でどんな徳の高い事をしたのかは分からないが、そいつらの存在が、村人達の来訪者への尊敬へと繋がっているわけだ。
「……で、これからどうするんだ?泊まるとこも無しに……」
俺はぼやく。暗闇の中、大型トラックの光が不釣り合いにギラギラと輝いている。正直言って、この中で寝ればそれで良いかなとも思っていた俺に、ライラがジトッとした視線を向ける。
「貴方には、良いお宿が用意されているのでは無いのですか?『来訪者様』」
「おい、その呼び方やめろ。……なんか、嫌なんだよ。『来訪者様』として居る時は変身状態でいなくちゃいけないし。それに、あの助けた女の子や村の連中、俺に対して全肯定な感じが気持ち悪いっつーかなんていうか」
とはいえ、この悩みはある種贅沢なものなのかもしれない。
その時、暗闇から二人に向かって勇ましい声が問いかける。
「なんなの、この怪しげな光は。貴方達、何者?魔王軍の配下?」
そう言って暗闇から現れたのは、淡い緑色の長髪を高い位置でポニーテールにまとめた、鋭いつり目の少女であった。少し大きめの男物の服を見に纏い、ボーイッシュな風貌をしている。顔と服だけ見ると中性的美少年と言ったところだが、体型ですぐに女性と分かった。
彼女は腰にさした剣に手をかけ、不審げに俺達とその横のトラックを睨みつけていた。俺は慌てて弁明をする。
「いや、俺たちは怪しい者では……」
などと言いつつも、そんな自分自身の言葉の説得力の無さに嫌になる。一方隣に立つライラ平然としたもので、少女の問いに嘘で答えた。
「知らないのですか?これは最先端の馬車です。王都では今大流行のスタイルなのです。これを知らないとは、相当な田舎者ですね」
無感情に言いつつ、口元は少しだけ、馬鹿にする様に笑う。少女は顔を赤くして腕を組み、威勢よく言い放った。
「……し、知ってる。知っているわ。私は博識だから」
言いながらうんうんと頷きつつ、こちらへそっと近づいてきた。
「貴方達、見ない顔ね。旅の者?こんな時間に何をしているの?」
「宿を探しているのですが、どこも断られてしまうのです」
ライラが不満げに言う。俺はギラギラと輝くトラックを見上げつつ、「そりゃそうだろ」と呟いた。そんな俺達に対し、少女は言う。
「……今日は、どうも『来訪者』とやらが村に来ているらしい。それで村の連中は浮かれていて、貴方達に構っている余裕が無いんでしょうね」
少女は顔を顰めた。どうも彼女は来訪者と、それに浮かれる村人達が気に入らない様子だ。彼女は俺達に対し提案する。
「どう?私の家なら貴方達二人くらいならば泊めることができるけど」
「本当ですか」
ライラが無表情で身を乗り出した。俺は驚いて尋ねる。
「良いのか、こんな夜遅くにいきなり……?」
「構わないわ。私は祖父との二人暮らし。家には使っていない部屋もある。場所は十分。困っている人には手を差し伸べる。それが我が家の家訓。……それに」
少女はニッと不敵に笑って続けた。
「貴方達がもし賊であったとしても、私は強い。返り討ちにしてあげるわ」
それから彼女は家に案内すると言って俺達を連れて歩き出した。一向の後ろを、アクロ助の運転するトラックもゆっくりと着いてくる。その道中、互いに名を名乗った。少女は『カザミ・エトワール』と言うらしい。
「ノヴァにライラね、よろしく。……ところでノヴァ、頭から被っているそれはどうしたの?」
カザミは俺の頭にべチャリとついた豪華な食事を見て言う。先程から気になっていたらしい。
何と説明したものか返答に困っているうちに、ライラが答えてしまった。
「彼の趣味です。汚いものをかけられたり、酷い目に遭うのが好きなのです」
「おい‼︎」
「なっ……!」
カザミは、センスオブワンダーといった感じの表情になった。つまり、未知の物に触れた事による不思議な感動を感じているのだ。
「素晴らしいわ!やはり世界は広いのね。私の知らない常識が、この村の外には溢れているのね……」
「感動するな!せめてドン引け!……あんた、この村の外に出た事は無いのか?」
「あるわよ。周りの森までなら」
なぜか勝ち誇ったような表情でカザミは答えた。つまり、文字通り村から出たことはあるが、他の街に行ったりそこに滞在したりしたことは無いらしい。とんだ箱入り……もとい、村入り娘だ。
「……ところで貴方達はどういう関係性なの?男と女の二人組で旅をしているなんて」
若干頬を染めつつ、興味深げにカザミが問う。厳密には二人組では無く、使い魔のアクロ助もいるわけだが、ずっと運転席から降りて来ないためカザミはその存在を知らない。
またライラが余計なことを言い出す前に、俺はとりあえず適当な設定を言っておくことにした。
「俺達は、きょうだ……」
「カレカノです」
俺の言葉を遮って、ライラがまた『余計なこと』を口走った。だが、その言葉の意味が分からなかったらしく、カザミは首を傾げる。
「『かれかの』って?」
「つまりアベックです」
訂正しようとする俺を抑えつつ、ライラは言い換えた。何故だか『アベック』は通じたらしく、カザミは顔を赤らめた。
「そ、そう……それはよろしいことね」
「おい!どういうつもりだ⁉」
俺は小声でライラに怒鳴る。ライラは無表情かつ無感情に言った。
「男女ペアを分かりやすく説明しようとしたら、そうなります。でしょう?」
「ほかにも設定の考えようはあるだろ兄妹とか!」
「とんでもない」
ライラは自身の顔と体を右手で指し、左手で俺の顔を指した。
「この私のような、色気と可愛げを併せ持ったハイブリッド美少女と、貴方のような三歩進んだら忘れてしまいそうな凡庸な顔面の男性が、兄妹だなんておこがましいですし、不自然です。逆に怪しまれかねません」
俺は込み上げる苛立ちを抑えて目を瞑り、額に指を当てた。
「……あんた、感情あるよな?」
「この私に感情はありません」
もはやお馴染みとなったやり取りを、カザミは首を傾げて見ていた。
やがて、村外れにある家にたどり着いた。大きいが年季の入った屋敷であり、正直言って綺麗とは言い難い。人家が多く店なども並ぶ中心部からは少し離れており、すぐ横に真っ暗な森が面していた。
家の扉を開けて、カザミは中へ入って行った。
「お爺様。今、帰りました」
それから一人、家の奥へ行って祖父に事情を説明しているらしい。やがて入り口から顔を出すと、こちらに手招きをした。俺達は家の中に入って行った。
「お邪魔します」
「何の邪魔をするの?」
癖で言った俺に、カザミが不思議そうに問う。
「いや、そういうことでは……。挨拶みたいなものだよ」
俺は適当に笑って誤魔化した。こういうちょっとした事で、ここが異界なのだと実感する。とりあえず俺は身体の汚れを落とすべく、家の庭にあると言う井戸へと案内してもらうのであった。
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