第101話 ミシェル、アウトー


 クラウスの工房をあとにした俺達は商業区のレストランで昼食を食べることにした。

 もちろん、俺のおごりだ。


「なんか雰囲気的に高そうだったな」

「確かにそんな感じがしたね」


 フランクとセドリックが頷き合う。


「マジでトライデントを買おうかな……」

「買ってどうするんだ?」

「俺の味気ない部屋に飾る」

「味気ないというか何もないんだろ」


 そうとも言うね。


「え? ツカサ、部屋に何もないの?」


 セドリックが聞いてくる。


「ないな。日本に部屋があるし」

「いや、それでも何か置かない? 本棚……読まないか。机……勉強しないか」


 悲しいけど、そうだね。


「置くもんないんだよ」

「でも、家具ぐらいは揃えなよ。誰かが来るかもしれないよ?」

「お前らくらいしか来ねーよ」


 来たことないけどね。


「トライデントよりまずはそっちを整えたら? 別に高いものじゃないでしょ」


 うーん、クマ代はトウコに2万やったけど、まだ10万残っている。

 それにお小遣いがまだ残っているから結構あるんだよな。

 家具くらいは揃えてもいいか。


「買いに行くかなー」

「そうしなよ。午後から暇だし、付き合ってあげる」


 セドリックが?

 このぼんぼんが?


「店はフランクに聞くわ」

「えー、僕の方が知ってるよ?」

「お前が選ぶ店は椅子が10万以上しそうだわ」

「もっと高いよ?」


 アホか!


「んな金ねーよ」

「俺が案内してやるよ。行くか……」


 俺達は昼食を食べ終えると、家具や雑貨が売っている店に行き、適当な机や椅子なんかを購入していった。

 その後も町を見て回り、遊んでいくと、夕方になったので寮に戻った。

 そして、寮の部屋に入ると、すぐにはゲートをくぐらずに今日買ったものを床に出す。


「手伝ってもらえばよかった……」


 フランクとセドリックは夕食を食べに1階の食堂に行ってしまった。


「トウコでも呼ぶ……?」


 声を出さなければ大丈夫だとは思うが、あいつが黙っていられるだろうか?


「うーん……ん?」


 悩んでいると、窓の方から小さな音が聞こえてきた。

 何だろうと思って、窓に近づくと、またしても音が聞こえてくる。

 というか、窓に何かが当たった。


「んー?」


 窓を開けると、茜色に染まった町並みが見える。


「……おーい」


 下からわずかに声が聞こえたので見下ろしてみると、そこにはミシェルさんがいた。


「何してんですか?」


 ここ、男子寮だよ?


「……ちょっと離れてー」


 ミシェルさんにそう言われたので窓から離れると、急に窓の縁に手と足をかけた状態のミシェルさんが現れた。


「え? 飛んだ?」


 いつの間に?

 急に現れたように見えたぞ。


「転移魔法よ」


 あー、シャルやイルメラが使ってたやつか。


「何してんですか? 女子禁制ですよ」

「まあまあ。あら? 家具を買ったの?」


 ミシェルさんが部屋の真ん中に積まれた家具類を見る。


「この部屋に何もないって言ったら買った方が良いって言われたんで」

「まあ、確かに殺風景を通り越して空き家にしか見えないわね」


 実際、何もないし、住んでもいないんだから空き家と変わらん気がする。


「手伝ってくださいよー」

「いいわよ」


 言ってみるもんだな!


 俺達は手分けをして、荷物を解き、設置していく。


「今日も護衛してたんですか?」

「そうよ。気付かなかったでしょ?」


 まったくわからんかった。


「魔力も感じませんでしたね」

「そういうのが得意なのよ。しかし、君はすごいね。あんなでっかいワニを仕留めるんだから」


 当然、そこも見ていたわけだ。


「あれくらいなら勝てますよ」

「一番、恐ろしいと思ったのは反応速度ね。ワニが川から飛び出してきて即座に飛び上がった。猫かと思ったわ」


 猫かな?


「そっちの才能より魔法の才能が欲しかったですけどね」

「ふーん……」


 ミシェルさんが目を細めて見てくる。


「ちなみに、何か怪しい奴はいました?」

「特には……あなた達が川で会ったあの生徒達くらいかしら?」


 ロナルドとユキか。


「あれは別に怪しくないでしょ」

「一応、生徒も怪しむようにしてるのよ。ジョアンのことがあるしね」


 まあ、確かに……


「あの2人に怪しい点はありました?」

「いや、特になかったわね。あそこにいたのも偶然でしょうし」


 だと思う。

 何故ならあいつらの方が先にあそこに行ってるからだ。


「他には?」

「町では特になかったわね。あなた達が昼食を食べた時に帰ったからその後は知らないけど」


 途中で帰ったのか。


「それで良いんです?」

「人の多い商業区だしね。それにツカサ君だって四六時中見張られているのは嫌でしょ。男子には男子の付き合いがあるだろうし」


 まあ、確かに嫌だな。


「今のクロエっぽかったですよ」

「どこが?」

「男子には男子の付き合いってところ」

「え? なんで?」


 答えづらっ!

 ぽかんとすんな!


「いえ、良いです。ミシェルさんの時も魔法大会ってありました?」

「気になるなー……魔法大会はあったわよ」

「優勝しました?」

「まさか。優勝はクロエ。3年間ずっとクロエ。六連覇ね」


 すごっ。


「そんなにですか……」

「圧倒的よ。まあ、あと私達の期は戦闘に特化した人が少なかったからね」


 そういうのもあるとはいえ、六連覇はすごいわ。


「ちなみに、エリク君は?」

「あの人は最初から最後まで一度たりとも出なかったわね」


 情けない。


「出ろよ」

「あまり争いを好まない人だからね。というか、ラ・フォルジュはほとんどの人がそうよ。あなた達兄妹がおかしいだけ」


 長瀬の血かねー?


「ですか……こんなもんかな?」


 家具の設置が終わったので部屋を見渡してみる。

 一応、勉強机やテーブルは置いた。


「いいんじゃない?」

「手伝ってもらってありがとうございます」

「いえいえ。じゃあ、私も帰ろうかなー」


 ミシェルさんが窓の方に行く。


「そういやどこから来るんですか? 日本でアパートを借りたとは聞きましたけど」

「校長先生に部屋を用意してもらった。私、明日から学校の補助教員として働くことになったのよ」

「え? 先生?」

「まあ、そんな感じ。わからないことがあったら聞いてもいいわよ」


 教師もできるのか。

 すごいな、この人。


「先生が男子寮に侵入したの?」


 アウトでは?


「明日からよ……」


 ミシェル先生はそう言って窓から飛び降り、消えてしまった。

 正直、先生というより泥棒に見えた。

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