第087話 魔法使い


「先輩……」


 俺は嫌な予感がしたのでシャルの前に立つ。


「ナイト様、かっこいい」


 ジョアン先輩がパチパチと拍手をした。


「これはあなたがやったんですね?」


 横たわっている先生を指差す。


「はい、そうです。先生を操っていたのも私ですし、この前の熊も私。アンディを事故に見せかけて殺そうと思ったんだけど、あなたに邪魔されちゃった」


 先輩が笑顔で認めた。


「ジョアン……」


 アンディ先輩が悲しそうな顔で立ち上がる。


「先輩、なんでこんなことを?」

「理由はさっき説明したじゃない?」

「スパイ?」

「ええ、そうよ。私は別の町の人間なの。というよりも別の町のトップに買収された感じかな?」


 買収……


「先生はあなたに騙されていた?」

「それは違うわよ。先生も立派なスパイ。でも、先生ってこんな感じで研究成果を盗むことに集中しちゃって本業を疎かにし始めたの。しかも、アンディに勘付かれるし、もうダメってことで処分」


 それで殺したのか。


「ジョアン……なんで君が?」


 アンディ先輩がジョアン先輩に聞くと、ジョアン先輩の笑みが消えた。


「なんで? あなたがそれを聞く? 暗部なんかになっちゃったあなたが?」

「それは僕なりに町を良くしようと……」

「ふーん……まあいいわ。あなたって昔から真面目だものね。そのくせ私より魔力も高いし、才能もある」


 確かにアンディ先輩の方が魔力は高いが……


「君だって才能はあるじゃないか」

「そんなものないわよ。別に嫉妬してるわけじゃないわよ? そんなものはとうの昔に捨てた。それにそんなものはどうとでもなるもの」

「強化剤を作ったのは君か」

「そりゃそうでしょ。先生は物作りの専門家だけど、ああいう薬を作るのは私の領分よ」


 錬金術……


「ジョアン……」

「アンディ、長い付き合いだから忠告してあげるけど、あなたはそのくだらない優しさをどうにかしなさいよ。あなた、私が怪しいってわかってたでしょ」


 確かにアンディ先輩は木曜日の別れ際にジョアン先輩のことを気にしていた。


「それは……」

「普通に考えたらわかるでしょ。スパイの弟子、封印を解く大事な護符を一生徒が持っていた、地下に詳しすぎる……怪しすぎ」


 そうなんだ……


「ジョアン、僕は……」

「ハァ……私はあなたのことが好きよ。子供の頃からいつも一緒に魔法を学んできた。その思い出はかけがえのない宝物だわ。でも、それと同時にあなたのそういう優しいところが大嫌いだったわ。子供の頃から魔法の禁忌を犯し、中身が腐ってしまった私には眩しすぎる」

「…………ジョアン、君を逮捕する」


 アンディ先輩がジョアン先輩をまっすぐ見て、告げる。


「バーカ。遅いわよ。とっくの前に逃げてます。この身体は泥人形のゴーレムよ」


 ジョアン先輩がそう言って手を上げると、手がどろどろだった。


「くっ!」


 アンディ先輩が悔しそうに拳を握った。


「バカねー……あなたにだったら別に捕まっても良かったのに……まあいいわ。あなたってそういう人だもの。さて、ツカサ君」


 ジョアン先輩が俺を見る。


「何ですか?」

「一緒に来ない?」

「いや、行かないですって」

「ほら、先生が言っていたことは気にしないで。あなたの有用性は別にあるから」


 有用性……


「戦い?」

「違うわよ。あなたの才能が欲しいのよ」


 あー……あれか。


「すみません。泥人形はちょっと……」


 無理無理。


「ふーん……あくまでもいばらの道に進むわけね」


 ジョアン先輩がそう言って、シャルを見た。


「何か?」


 シャルが睨みながら聞く。


「いーえ。まあ、頑張ってちょうだい。最悪な戯曲にならないことを祈っているわ」


 戯曲……

 前もそう言ってたな。


「何よ、それ?」

「さあ? ふふっ、シャルリーヌ・イヴェールさん……あなたは絶対にロクな道に進まないわね」

「ケンカ売ってる?」

「忠告よ。あなたは禁忌を犯しそうだもの。それを伝えたくてあなたをここに呼んだの」


 扉を新品にする道具と言ったのはシャルを呼ぶためか。


「あなたと一緒にしないでくれる?」

「ふふっ、まあいいでしょう。では、この辺で……アンディ、クラスメイトに謝っておいてちょうだい。それと一緒に遊べて楽しかったともね。さようなら」


 ジョアン先輩がそう言うと、身体が崩れ落ち、泥の塊になってしまった。

 俺達はそれをじーっと見続ける。


「ツカサ君、シャルリーヌさん。こんなに事に巻き込んでしまってすまない」


 長い沈黙が続いていると、アンディ先輩が謝罪してきた。


「いえ……」

「私が勝手に来たことですから……」


 アンディ先輩になんて声をかければいいかわからない。

 幼馴染だし、ショックだろう。


「後のことはこっちに任せてくれ。暗部の仲間や校長先生に知らせないといけないし、君達は帰っていい」

「先輩、一人で大丈夫です?」

「もちろんだよ。もしかしたら後で校長先生には呼び出されるかもしれないけど、その時は素直に話してくれ。でも、今日あったことや僕のことは友達にも家族にも話さないで」


 言わない方がいいわな。


「わかりました。じゃあ、後はお願いします。シャル、帰ろう」

「そうね」


 俺達はアンディ先輩を部屋に残して、部屋を出ると、地下を出た。

 そして、校舎を出ると、寮に帰るために丘を登っていく。


「シャル、暗部とか他の町のことを知ってた?」

「ええ、知ってるわ。もちろん、話だけだけどね」


 シャルは知っていたか。


「なんか複雑なんだな」

「そうね……それは私もそう思うわ」


 俺達が並んで歩いていると、男子寮と女子寮の分岐点までやってきたので立ち止まる。


「禁忌を犯しそうって言われてたな」

「そんなわけないでしょ。そんなことをする必要もないし、私はイヴェールの跡取りよ? ないない」


 まあ、やるメリットはないか。


「それもそうだな。じゃあ、ここで。今日はありがとう。助かったわ」

「結局、掃除はできなかったわね」


 あ、ホントだ。

 バイト代が……


「こればっかりは仕方がないな。熊代で我慢する」

「そうね。そうしなさい」

「じゃあ、また週末な」

「ええ。日曜に錬金術の神秘を見せてあげるわ」


 楽しそうだし、嬉しそうだなー……


「楽しみにしとく」

「ええ。じゃあ、また」

「ん」


 俺達はこの場で別れると、それぞれの寮に戻っていく。

 俺は丘を登り終えると、寮に入る前に街並みを見渡した。


「魔法使いって色々あるんだなー……」


 皆、何かしらの想いがある。

 ジョアン先輩の理由がいまいちわからなかったが、禁忌まで犯していた。

 一体、何を思えばそういうことになるんだろうか?

 俺にはわからない。


「帰ろ……」


 踵を返し、寮に入ると、2階の自室に戻る。

 そして、我が家の自室に戻ったのだが、ベッドにはトウコがいた。


「何してんだ?」

「あ、お兄ちゃん! うえーん、今日も熊がいなかったよぅ」


 トウコが起き上がり、俺の身体を揺すってくる。


「お前は悩みがなさそうだな……」

「失礼な! 最近は毎日牛乳を飲んでるよ!」


 うん、悩みなし。


「トウコ、熊が売れたけど、ちょっと状態が悪いらしく安かったわ。だからお前は2万な」

「2万も!? お兄ちゃん、すごーい! よっしゃ! 来週も熊狩りだ! もし、狩れたらお兄ちゃんに1万あげるからね!」


 こいつ、マジで人生を楽しんでるわ。

 でも、魔法使いだか何だか知らないが、こういう生き方が正解な気がする。





――――――――――――


ここまでが第2章となります。


これまでブックマークや評価をして頂き、ありがとうございます。

第3章もよろしくお願いいたします。

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