第054話 メイドは見た ★
勉強会が始まり、基礎学を中心としたテスト対策をしていく。
そして、昼食もご馳走してもらい、少しすると、シャルのテンションがあからさまに落ちてきていた。
「いい? これはね……」
シャルがぼーっとする。
「シャル?」
「え? あ、ごめん。何だっけ?」
ダメだこりゃ。
まあ、3時間ちょっとしか寝てないうえに勉強だからな。
昼食も食べたし、眠くもなる。
俺はもうダメだと思い、クロエを見る。
すると、クロエが無言で頷いた。
「お嬢様、少し休憩し、仮眠でも取られませんか?」
「仮眠? 別に大丈夫よ」
「いえいえ。15分程度でも仮眠をすると違います。パワーナップと呼ばれ、最近のビジネス界では推奨されていることです。スペインのシエスタみたいなものですね」
パワーナップ?
シエスタ?
「そうなの?」
「はい。有名な企業では取り入れているところもあるくらいです」
「そう……じゃあ、ちょっとだけ横になるわ。ツカサ、悪いけど、お茶でも飲んでて」
シャルは納得したようで立ち上がった。
「わかったー」
「悪いわね。クロエ、15分経ったら起こして」
「かしこまりました」
クロエが頷くと、シャルはリビングから出ていった。
「15分で起こすん?」
シャルがいなくなったのでクロエに確認する。
「まさか。パワーナップは確かに有名ですし、効果的らしいのですが、お嬢様はそれ以前です。夕方まで寝てもらいます」
「まあ、それがいいね。よし、俺もやーすも」
シャルがいなくなり、やる気が消失したので勉強道具をしまう。
「お茶とお菓子を用意しましょう。あ、私はこれからキッチンに行きますが、くれぐれも2階の一番奥にあるお嬢様の寝室に行ってはいけませんよ? もっとも鍵はありませんがね」
「行かないっての」
「そうですか……」
なんで不満そうな顔をしてんだ、この人?
その後、クロエが用意してくれたお茶とお菓子を食べながらゆっくりする。
そして、4時くらいになると、天井からどんどんという足音が聞こえてきた。
「あ、起きた」
「お嬢様はわかりやすいですね」
ホントにね。
天井から聞こえる足音はすぐに階段へと変わり、リビングの扉が勢いよく開かれる。
そこには運動着を着たままでちょっとだけ乱れたポニーテールのシャルがいた。
「なんで起こさないの!?」
「だってなー……」
「寝るべきです。美容にも悪いですよ」
美容はよくわからないが、体に悪いのは確かだ。
「そりゃそうだけど……」
「お嬢様、努力は素晴らしいことですが、ご自愛ください。それと昨日もですが、その前日も夜遅くまで起きていらしたでしょう? 本当に体を壊しますよ?」
不健康だなー。
俺は9時には寝てるというのに。
「そうね……ツカサ、勉強は?」
「今日はもう大丈夫。後は家に帰って復習を……明日やるよ」
家では無理だな。
「まあ、あなたが家でやるとは思わないわね……わかったわ。勉強の続きは明日にしましょう。ファミレスね」
「お願い」
シャル様様だな。
「じゃあ、もう夕方だし、武術の訓練でもしましょうか」
「そうだなー」
俺達は庭に出ると、いつもの訓練をすることにした。
◆◇◆
私は2人の武術の訓練をニコニコしながら見ている。
今、お嬢様はツカサ様が前に出した手を掴もうとしたのだが、逆のもう一方の腕を取られ、投げられた。
お嬢様……弱いな……
どう見ても誘いだったのに簡単に引っかかっている。
というか、前に出された腕しか見ていなかった。
運動神経があまり良くない子だとは思っていたが、ここまでか……
動きは悪いし、それ以前に反応が非常に鈍い。
うーん……
「おかしいわねー? あとちょっとな気がするんだけど……」
お嬢様は膝を抱えながら首を傾げた。
いや、その根拠は何だろう?
とてもではないが、お嬢様がツカサ様を投げる姿が想像できない。
「シャル、投げよう投げようと前のめりになるな。そういうのは見切られやすい。トウコがそうだったろ」
私もこの前の決闘を見ていたが、トウコ様はものすごい前のめりで攻撃型の人だった。
「別に私はトウコさんの動きを見切ってたわけじゃないわよ。あなたと同じ動きだったから先読みできただけ」
「まあ、普通は最初でそれに気付き、動きを変えるもんだが、あいつ、バカだからなー。勉強はできるんだけど、性格がまっすぐすぎるんだよ」
ツカサ様は暗にお嬢様もそうだと言っている。
「というか、あなたが強すぎるんじゃないの?」
これは私もそう思う。
決闘でマチアスさんと戦っているのを見た時も思ったが、強い。
何がすごいって防御が完璧だ。
どんな世界でも攻撃より防御が優れている方が強い傾向にあるものだが、ツカサ様はそれが突出している。
お嬢様の動きもマチアスさんの魔法も完璧に見切っている。
私ならこの人と戦う場合はどうするか……
当然ながらまず思いつくのは近づかないこと。
接近戦型の魔法使いで防御に優れている……しかも、これほどまでの魔力を持つ強化型魔法使いの一撃をもらったらそれだけで終わってしまうのだから当然だろう。
だから近づいてはいけないのだが、距離を取って、ツカサ様に魔法が当たるのか……
それでいて、簡単に距離を潰すダッシュ力もある……
大きい魔法を放ってその間に接近される光景に脳裏に浮かぶ。
「シャル、別にそこまで接近戦に強くならんでも良いが、近づかれたらどうにかする方法は持っておいた方が良いぞ。シャルはあれだけの火力の魔法を使えるから基本はそれだけでいいんだろうが、理想はどっちもできる魔法使いだからな。戦いがいつもあんな広いところとは限らないし」
それはそう。
「まあ、そうね……どっちもできるってトウコさんみたいな?」
「あいつはダメ。基本にあるのが子供の頃からやっている武術なんだ。だからその後に覚えた魔法を武術に組み込むという発想もないし、体に染みついているからいきなりはそう動けない。あいつが武術を仕掛けている時に魔法を使ってこないって教えただろ」
あー……だからか。
やけにちぐはぐな戦い方だなとは思っていた。
お嬢様を舐め、余裕をかましているのかと思ったが、そういう理由があったのだ。
「トウコさんは天才だけど、魔法使いとしてはまだ1、2年だからか……」
「それ以前に武術も魔法も圧倒的だから必要なかったんだろうよ。もっとも、もう対処しているだろうけどな……あいつ、負けず嫌いだし」
お嬢様に負けたからか……
「やっぱりもうトウコさんと戦うのはやめた方が良さそうね。ケンカを売られても、のらりくらり躱すしかないわ」
情けないと思わないでもないが、戦って勝つだけが強さではない。
逃げるのも強さだ。
「あいつがケンカを売ってくることはないぞ。性格の悪い挑発はしてくると思うが、勝負は仕掛けないと思う。俺達の武術は長瀬の家のものだけど、そういうのを禁止しているからな」
「へー……あなたも?」
お嬢様がそう聞くと、ツカサ様が明後日の方向を向いた。
「ダメじゃん……」
「男子は戦わないといけない時もあるんだよ。あと、俺の唯一の長所だぞ。自慢したいじゃん」
「そうね。すごい、すごい……さて、もう一本やるわよ」
お嬢様は呆れたように言い、立ち上がる。
そして、対峙したのだが、今度はフェイントに引っかかり、またもや簡単に投げられてしまった。
お嬢様、本当に弱いな……
なんかその辺の小学生男子にも負けそうだ……
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