第051話 メイドさん


「寝てないんですか?」

「敬語も不要です。はい、寝てません」

「寝ようよ」

「仕事がありますので」


 俺、将来、メイドにはなれんな。

 どっちみち、無理だけど。


「まあ、わかった。じゃあ、俺は帰るからシャルが起きたら気にしてないって言っておいて」

「お待ちを」


 帰ろうと思って立ち上がると、クロエが袖を掴んできた。


「え? 何?」

「実はお嬢様は毎週土曜を楽しみにしておられます」

「そうなん?」


 俺も楽しみだけど。


「はい。お嬢様はご友人が皆無ですから」


 いや、そうなのかもしれないけど、はっきり言うなよ。


「まあ、楽しみならいいですけど、たまには休みでもいいんじゃないの?」

「ダメです。継続は力なり。そして何より、お嬢様のルーティーンを崩してはいけません」

「それはシャルの親父に言えよ」

「言えるわけないでしょう?」


 言えんわな……


「うーん、じゃあ、起きたらやろうよって伝えて。昼からでもいいし」

「そうですね。それを伝えてください。こちらになります」


 クロエが手を公園の出口にかかげ、促してくる。


「何が?」

「朝食をご馳走しましょう。どうぞ、どうぞ」

「シャルの家に来いってこと?」

「そうですね。そこでお待ちになるのがよろしいかと……」


 へー……


「シャルの家に行っていいもんなん?」

「問題ありません」


 いつも送っていくって言ってるのに断られるから家を知られたくないのかと思っていた。


「一度、家に帰ってもいい? スマホを取りに戻りたい」

「そうですね。ついでに勉強道具も用意しましょう。テスト前なんですよね?」

「そうだね……もう一回確認だけど、いいの?」


 シャルに許可を取ってなくね?


「大丈夫です」

「メイドさんが言うならじゃあ……」


 家の人が言うならいいだろう。


 俺達は公園を出ると、自宅に向かう。

 そして、家に帰ってくると、クロエを玄関に通した。


「ちょっと待っててね」

「かしこまりました」


 クロエを残し、リビングに向かう。

 リビングでは母さんがテレビを見ていた。


「母さーん、シャルの家に行ってくるから朝ご飯いらない」

「はいはい……家?」


 母さんが驚いた顔で見てくる。


「うん。シャルが昨夜、遅かったみたいで寝てるらしい。だからメイドさんが家で待ってろってさ」

「はぁ……? まあ、よくわかりませんが、迷惑にならないようにね」

「わかってるよ」


 リビングを出ると、2階に上がっていく。

 すると、ちょうどトウコが眠そうな顔をしながら部屋から出てきた。


「ん? 早いな」

「まあねー……ノエルに援軍を頼まれたの」


 ノエル……援軍……

 ユイカか。


「お前、裏切るん?」


 奴は敵だぞ。


「お兄ちゃんにだけは言われたくないね」


 事実だからそれを言われると辛いね。

 

「まあいいや。下にメイドさんがいるぞ」

「は? 何を言ってるの? バカになった? あ、元からか」


 トウコがケラケラ笑いながら階段を降りていったので部屋に入り、準備をする。

 すると、どんどんという階段を駆け上がってくる音がし、トウコが部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん! 玄関にメイドさんがいるぅー!」

「どうした? バカになったか?」

「本当にいるんだよー」


 さっき言っただろ。

 お前もバカやんけ。


「シャルのところのメイドだってさ」

「お嬢様だ!」

「シャルリーヌお嬢様って言ってたぞ」

「すげー!」


 ホントな。


「そういうわけでメイドさんにシャルの家に連れていってもらうわ」

「ついに女子の家に行くまでになったか……」

「夜遅くなったから寝てんだと」

「寝てる!? 何しに行くの!? えっち!」


 こいつ、たまに思春期を爆発させるな……

 兄妹だからやめてほしいわ。


「朝食をご馳走してやるから待ってろってさ」

「絶対にフレンチトーストと見たね」


 どうかねー?


「さあなー。じゃあ、いってくるわ」

「いってらーい」


 準備ができたので階段を降り、玄関に向かった。


「お待たせしました」

「いえいえ。では、参りましょうか」


 俺達は玄関を出ると、公園の方向に歩いていく。

 時刻はすでに7時を回っているため、土曜とはいえ、人がチラホラおり、すれ違った。

 当たり前だが、皆がメイドさんを二度見している。


「変な噂が立ちそうだな……着替えてきてほしかったわ」

「申し訳ありません。以後、気を付けます」


 ホントかな……


 俺達はそのまま歩いていき、公園を通り過ぎる。

 そして、閑静な住宅街にやってくると、とある洋風の建物の前までやってきた。


「こちらがシャルリーヌお嬢様のお宅になります」


 シャルリーヌお嬢様のお宅か……


「ご家族は?」

「パリですね」


 シャルは一人でここに住んでいるわけか。


「1人で住むにしては大きくない?」


 ウチより大きいぞ。


「私も住み込みです」


 どっちみち、2人じゃん。


「ふーん……」

「どうぞ、どうぞ」


 そう勧められて門をくぐり、家に入る。

 家の中はそこまで豪華という感じではないが、内装も洋風に揃えられており、いい感じだ。


「靴を脱ぐの?」


 普通に玄関があり、靴が並べられている。


「日本ですし」

「へー……クロエってフランス人じゃないの?」

「フランスですが?」

「そっかー」


 まあいいや。

 俺もこっちの方が馴染みがあるのは確かだし。


「どうぞ、どうぞ」


 そう言われたので靴を脱ぎ、家に上がる。

 そして、リビングに通されると、席についた。


「おしゃれだなー」


 ウチも綺麗な方だと思うが、雰囲気が違う。


「ありがとうございます。では、朝食を用意してきます。階段を昇られて、一番奥の部屋がお嬢様の寝室であり、鍵もかかっていませんが、入ってはいけませんよ?」

「へー……わかったー」


 寝室ってことは他にも部屋があるのだろう。

 すごいな。


「…………大変、素直で素晴らしいことだと思います」


 素晴らしいかねー?

 大抵、母さんが俺を褒める時に使う言葉だが、バカを言い換えているだけな気がしているんだよなー。

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